軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第百七話 誤認と是正

「そうした経緯で一度ヨトゥン伯爵家に寄り、使者に同行したというわけだ」

王都から脱出するまでの経緯と、南を経由してアースガルドに入るまでの動きは共有できた。最難関は脱出路を出てから衛星都市に逃れるまでの間だが、そこには何の障害もなかったのだ。

戦いらしい戦いは起きておらず、不確定要素も少ないのだ。時間を巻き戻しても容易に救出できると見て、クレインは冗談交じりに言った。

「なるほど、最初から最後まで先生に振り回されたわけだ」

「……乗らぬ理由が無いからな。この時期に使者を送ると知っていたのだから、渡りに船であったことは確かだ」

クレインとしても、使者の到着が遅れた事情は理解できた。予定に無かった王子の帯同が決まったのだから、自然なことではある。

しかしここで問題となるのは、対外的にはアレスとラグナ侯爵家が敵対関係であることだ。

「先生が北侯の力を使い倒しているから、その分がどうなるかな」

「と、言うと?」

「アレスの周囲は王家への忠義でまとまりそうだけど、侯爵家の方は違うからさ」

現状ではまだ敵対派閥なのだから、助けを求めたとなれば大失点だ。

この点を理由にして、同盟締結交渉の際に足元を見られる可能性は高い。

交渉が上首尾に終わり、敵対の過去を無かったことにして足並みを揃えた場合でも、実は無償で王子を援助していたとなれば、家中の取りまとめに問題が生じかねなかった。

クレインはそれらを勘案して、どこに譲歩案を設定すれば相手方は納得するかと思案したが、しかしアレスはこの点をそれほど気にしてはいない。

「向こうも手を組みたがっているのだから、多少の持ち出しは必要経費だろう。今回の援助は、関係改善のための贈り物とでも思っておけばよい」

「どうかな。そもそも今回はアレスが健在な分だけ、同盟までのハードルが上がったはずだけど」

ラグナ侯爵家からすると、長らく敵対してきたアレスを取り除き、完全な無所属となったアースガルド家と組む方が安心できるだろう。

クレインはそう考えたが、一方のアレスは全く別な考え方をしていた。

彼は呆れ混じりの態度で、自らの認識を淡々と告げる。

「私がクレインと共に東西と戦う方針だとは、奴らも既に知っているだろうが。それに同盟を組むことも、前々から視野に入っていたはずだ」

「え?」

さも当然のように言うアレスだが、これはクレインからすればおかしな話だ。

何せヘルメス商会の悪行を北に密告してからも、アレスは「真の敵は北侯であり、商会を擁護すべき」という指針を大々的に打ち出していた。

実際には王国暦500年4月の時点で変節しているが、表向きの発言や行動はどう見ても、依然として敵対したままでいたのだ。

そして誰が敵かも分からない状態で、アレスが周囲に実情を打ち明けるはずもない。

「どうして侯爵家が、心変わりのことを知っていると?」

「どうしても何も……」

口を開きかけたアレスは言葉を引っ込めて、少しばかり思案した。

そして思考の結論は、余計なことを言わない方がいいというものだ。

「少なくとも家中の上層部は、私との敵対が解けたという認識でいる。その前提で話を進めるぞ」

「……分かった、そうするよ」

引っかかる物言いではあるが、正気に戻ったアレスの指摘が丸きり的外れだったことはない。

彼が仔細を伏せるのであれば、政治的な絡みでもあるのだろうと深入りを避けつつ、主題はヨトゥン伯爵家に滞在して以降のことに移った。

「さて、伯爵とビクトールの交渉は現地で纏まったが、これより先はクレインの許可待ちだろう」

「俺の許可?」

アレスは伯爵邸での密談があったからこそ、ラグナ侯爵家の思惑を確信できた。

彼は溜息を吐いてから、心底嫌そうな顔のまま、南の地で何があったかを明かす。

「あの大馬鹿者が侯爵家の代表となり、ヨトゥン伯爵家に同盟案が出された」

「えっ」

「……その様子では、やはり独断か」

目を丸くしたクレインだが、ここは彼の計画と大きく異なる部分だ。

本来であればアレス暗殺後の状況を調べるために、そして混乱の収拾を図るために、ヴィクター・フォン・アマデウス・ラグナは王都に乗り込んでいた。

そして同じく情報収集をしていたクレインと、偶然に出会って盟約の話になった。

これが過去における提携までの流れだ。

「うちが仲介に入って橋渡しをしたから、南北が手を結ぶことになったはずだけど」

「比べれば3ヵ月の前倒しになり、そして締結までの経緯が異なるな」

現状では伯爵家と侯爵家が一足飛びに結び付き、中間地点にあるアースガルド家にも話がくるという段取りになっている。

だがその使者に立ったのがビクトールとなれば、クレインにもこれまでの話に合点がいった。

「なるほど。侯爵家も敵対のスタンスを解いたのは、前もって先生に構想を話していたからか」

ビクトールがラグナ侯爵家を動かす過程で、救出作戦の目的や事情を話すならば、クレインやアレスの思惑には確実に焦点が当たる。

そして小貴族連合と戦う段階から既に、事情の大半はビクトールに伝達済みだったのだ。

「アレスの考えも大筋で伝えてあるから、それが侯爵家に届いたんだな」

「……まあ、流れがどうあれ、大体そのようなところだ。立派に情報漏洩だが咎めなくてよいのか?」

内情を包み隠さずに伝達した方が、ラグナ侯爵家からの協力は得やすい。

そして侯爵家側としても、判断材料が増えた分だけ戦略の見通しが立てやすくなるのだから、これは雇用先にも地元にも顔が立つ選択だ。

内密の話が漏れたとなれば信用問題だが、今回に限ってはその点も気にならなかった。

「脱出の手助けを頼んだ時点では、アレスとラグナ侯爵家の関係は最低だったわけだ」

「うむ、それで?」

「そんな相手に全面協力を要請するとなれば……それはそうなるよ。それこそ必要経費だ」

説得に失敗すれば、「反抗的な王子には死んでもらった方が得」という考えに転びかねなかった。

そのためアレスを保護するには必要な措置だと、クレインはきっぱり割り切った。

「それに情報を取得されて、先手を取られたけどさ。これ、こちらからすると何も困らなくないか?」

「確実に成るのだから、望むところというわけか」

しかし二つの大家が主導する同盟のオマケという扱いになれば、アースガルド家の立場がどうなるかは不明瞭だ。

その点を気にしたアレスは、相変わらず不機嫌そうな顔でクレインに尋ねた。

「で、これからどうする」

「どうもこうも、当初の予定通りに進めるさ」

預かり知らないところで話が前進したものの、アースガルド領が経済圏の中心に位置することは変わりなく、間もなくアストリが輿入れしてくることも変わらない。

両家からの扱いや条件に変化は無いと判断して、クレインはさほど動じなかった。

「ならば良いが、よりにもよって奴に相談するとはな」

「結果として望む通りに場が動いたし、相談役には適任じゃないか?」

事前に敷いたレールを外れたことは、失策といえば失策だ。しかし街道の普請は順調に進んでおり、経済圏の形成は即座に行える。

条件面に変化がなければプラスになる面が多く、リークは作戦上で必要だったとも理解したため、クレインには独断専行を咎めるつもりはなかった。

この程度なら大したことはないと手振り付きで伝えたが、それでもアレスは、とにかく面白くなさそうな顔のままでいる。

「何も、あの大馬鹿者でなくとも構わなかっただろうに。何故、奴なのだ……」

「むしろ、どうしてそんなに嫌うのかが気になるな」

アレスは過去の経緯を全部ひっくるめて、ビクトールのことが嫌い、若しくは苦手なままでいる。

気まずさも十分過ぎるほど残っているが、しかしその理由は何かとクレインが尋ねても、彼は顔を背けるだけだった。

「……そこは色々と事情があるだろうが、色々と」

「こっちはその 色々(・・) の中身を聞きたいんだが?」

「ええい、お前がものを知らぬのは分かった。無知を晒すな」

強引に話を打ち切ったアレスは、再び脱線した話を締め括りにいく。

彼は咳払いをしてから、この話し合いを終えた直後の予定についても触れた。

「そういうわけで、使者からは契約内容の話も出るはずだ。もし予想外の展開になったのなら、ここまで戻って私に相談しに来い」

「……それが無難か」

「ああ、これで脱出からここまでの経緯は語り終わった。特段の疑問がなければ、次はそちらの番だな」

ここでクレインが応接室の置時計を見ると、既に2時間ほど経過していた。

今からアースガルド領で起きた出来事を話せば、挨拶にしてはかなりの時間を取ったことになる。

「つまり死ぬしかないわけだ」

「それを携帯しているのなら、効果は実感しているのだろう?」

「ああ、助かってるよ」

痛くもない腹を探られるのは避けたい事態なので、クレインは自害の決行を確定させた。

そんな彼は胸元から取り出した薬入れの箱を、カラカラと鳴らしながら言う。

「ナイフで首を切り裂くよりは、格段に楽になった」

「致死量の数千倍らしいからな。どれだけ劣化しようとも、まず即死だろうよ」

自発的なやり直しを試みるならば、その決断は痛みを伴うものだった。

この点ではアレスが支給した毒薬により、ハードルがかなり下がったと言える。

「……しかし刃物で何度も自害して、よく心が折れなかったものだ」

「一時期はよく分からない使命感で動いていたけど、奴らへの怒りが原動力だったと知れたからな。折れるはずがないさ」

特に真相を知ってからは、クレインは自分の命をコストと考えていない。そして復讐の完遂と領地の平和を達成できるなら、何十年遠回りしようと構わないのだ。

死への苦痛はもちろんのこと。同じ半年、同じ1年を何度も過ごす退屈と、じれったさを耐え忍ぶだけで盤面を有利にできるのだから、自分の命を絶ってもメリットしかないと捉えている。

クレインは本心からそう思っていたが、片やアレスはただでさえ悪い目つきを、更に険しくして忠告した。

「最低限の倫理観は捨てるなよ。それを失えば、人として大事なものも失うぞ」

「ヘルメスに殴りかかった時なんかは、完全に理性を捨てていたからな……。大丈夫だとは思うけど、気を付けるよ」

何度もやり直しができるのだから、どこまで非道な手でも使い放題だ。しかしそれを前提に攻撃的で残忍な行動を取れば、日常生活からして支障が出るだろう。

アクリュースが術を再発動する可能性が薄れた今、よりタガが外れやすくなったとも言える。

本来のクレインが18歳だった頃と今を比べれば、まさに人が変わった状態なのだから、歯止めを意識しなければ性格すらも歪んでいきかねなかった。

「まあ、お前なら心配無用とは思うがな。……非情さを見せる度に配下の忠誠が薄れていくのは、私の姿を見て学んでもらえたはずだ」

「自分でそれを言うのか」

アレスから暗殺され続け、随分と不満を溜めていた時期があった。直接の被害者でなくとも、殺害を命じられたブリュンヒルデが苦痛を感じて、心を痛めていたという事情もある。

言っていることそのものは正しいが、自らの失敗を堂々と引き合いに出されては呆れるしかなかった。

「ああ、そう言えばアレス」

「何だ?」

「前々から気になっていたんだけど、ブリュンヒルデのことで一つ聞きたい」

クレインは自害を一旦踏み留まり、会話の流れで一つの懸念を解決しておくことにした。

それは、アレスと直に会うまでは棚上げと決めていた、自分の秘書と護衛についてのことだ。