作品タイトル不明
第百一話 戦争の副産物
王国暦502年1月18日。
東伯戦以後、アースガルド家の人間は総出で戦後処理を進めていた。
各所の仕事をマリウスが取りまとめて、クレインが流し読みで決裁していく。その作業は過去よりも、数段早いペースで行われている。
「思っていたよりも順調そうだな。人材を増やしておいて良かった」
過去は武官を総動員しても内政が回らなかったが、今回の人生では文官を大量に採用しているため、極端な負担を強いられる者は数少ない。
ハンスやトレックが忙しいのは相変わらずだが、この状況を見越して、献策大会で戦後処理用の人材を確保していたこともプラスに働いていた。
「市中の治安維持も、食糧の補給も滞りないみたいだ」
「そのようです」
得意分野を分担し合えば回る程度に収まっているため、過労死する人間は出ない。
内政の諸問題は軒並み解消されたと見て、クレインは裏方のことにも気を回した。
「そう言えば、捕虜の取り調べはどうだ?」
「口が堅いですね。自害を試みる者までいる始末で、難航しています」
「まあ、できる限りで頼むよ」
マリウスが責任者となり、東伯との戦いで捕縛した兵士を取り調べている。
しかし相手も統率が取れており、有益な情報は得られずにいた。
末端から得られた情報はあるが、ヘイムダルから聞き出した以上のものは無いのが現状だ。
「捕虜は開拓地送りにするつもりだから、そろそろ北部の手当をしないとな」
「クレイン様。身代金の交渉がまだです」
以前までの人生で苦労していた案件の中に、東伯戦で捕らえた捕虜をどうするのかという問題があった。
留め置くと言っても数が数なので、見張るだけでもコストがかかる。
しかもヴァナルガンド伯爵は戦争の後処理に全く付き合わず、王宮からの連絡すら無視していたのだ。
完全な没交渉となっており、過去のクレインは取り扱いに困っていた。
「交渉は多分してこない。さっさと労役に就かせよう」
「よろしいのですか?」
「放っておくと食料事情を悪化させるだけだから、食い扶持くらいは稼いでもらわないと」
以前にこの局面を迎えたのは、クレインがまだ真相を知らない頃だ。
東からの使者はいつになったら来るだろうと、やきもきしながら待っている間に、ただ無為な時間が流れていった。
捕虜の扱いは宙に浮いていたため、過去では特段触れることもなく、丁重に扱い続けて――経費が 嵩(かさ) んで終わりだったのだ。
「敵がこの状況も織り込み済みだとすれば、対応を遅らせるわけにはいかない」
しかし今回は、歩み寄る余地が無いと最初から分かっている。
そのため多少 拙速(せっそく) であろうとも、クレインはすぐに手を打つ考えでいた。
「脱走すれば内情が洩れるので、監視は必須。放置していても食料は消費され、資金と人員が取られ続ける……。なるほど、嫌な手ではあります」
「そうだろ?」
相手からの連絡を待っていても、状況は好転しないと知っているのだ。
だからこそ他の処理と共に、すぐさま片づけるというのが今回の選択だった。
「鉱山で働かせると故意に事故を起こされそうな気もするから、北西の沼地を干拓させようと思うんだ。それなら東に逃走するルートも無いからさ」
もっと人手が欲しい分野はあるが、重要でなくてかつ、激務と言えば開拓作業だ。
多大な労力が必要な地域の整備に割り当てることで、敵兵に負担を押し付けて余裕を無くすという狙いを込めていた。
「そうなれば、人員をどう振り分けるかが問題ですね」
「各村に分散させたいところではあるけど、村で反乱でも起こされたら面倒だしな。さてどうするか」
脱走を完全に防げるわけもないので、裏事情を知っている今でも、取り扱いに困るというのが正直な感想だ。
果たして何が最善策かと悩むクレインに向けて、マリウスは一つ提案をする。
「でしたら全く関係の無い領地へ、奴隷として販売するのはいかがですか?」
「手元から払うという意味ではいいけど、東の息がかかった人間が、どこに行ったのか分からなくなるのも怖い気がするな」
身近にいれば要らないコストがかかるが、他領に送り出しても、反乱勢力の人間を点在させる結果になる。
もっと言えば、講和も無しに兵士を売り払うのは結構な力業だ。
もちろんマリウスとて、この案が上策と思っているわけではなかった。
話の流れを整理した上で、彼は更に提言を重ねる。
「大勢抱えておくと足元が不安になり、所在が不明になるのも避けたい。そう考えれば、黙って送り返すのも一つの手ですね」
「折角捕まえたのに、それは勿体なくないか?」
クレインからすれば、苦労して捕らえたのだから何かの利益に繋げたい。最高効率の領地経営を心掛けてきたのだから、彼からすれば当たり前の思考だ。
しかしマリウスが見ているのは、また別な観点からの評価だった。
「貴族家出身の者と、隊長格だけを留め置けばよろしいかと。管理の手間とリスクを考えれば、身分が低い者を 損切り(・・・) するのも悪くはありません」
まだマイナスが大きくない時点で撤退する。
つまり彼の提案とは、大きな事件を起こす前に、価値が低い不穏分子を解放することだ。
「損切りか……なるほど」
ここでクレインがよくよく考えてみれば、確かに捕虜は利益を生む存在ではない。それでいて不利益を生む可能性は大きい厄介者だ。
身代金も取れない末端の兵士ならば、数を減らして労力を軽減するのも方策だった。
「無理にプラスを取ろうとするよりも、マイナスを防ぐことに主眼を置いた方が合理的か」
「手に余るようでしたら、それが確実です」
問題が起きる前に 放逐(ほうちく) してしまうのは、最も安全な方法となる。
つまり久方ぶりに、100点を目指さない方が良い結果になり得る場面だ。
クレインはリスク管理も念頭に置いて、処理に困るなら手放すという選択肢も視野に入れることにした。
「東の人間は異様に結束力が高いからな。懐柔策も無理となれば、それがいいかもしれない」
「いずれにせよ、情報を吸い上げてからですね」
話はまとまりそうになったが、提案を聞いたクレインには一つの策が生まれた。
すなわち 問題を(・・・) 起こした(・・・・) 人間だけを送り返すという手法だ。
「……いや、それなら、処分した方が早いか?」
クレインからすれば、失敗してもやり直しが利く。
何度でも、成功するまで、配置換えや作戦変更は可能だ。
捕虜を数ヵ月働かせて、脱走を図ったり反乱を企てたりする者を炙り出して、始末する。
一時的に管理の労力が増えるとしても、このプランは成立するのだ。
「最も簡単な道ですが、 風聞(ふうぶん) はよろしくありません。万が一外に知られることになれば、クレイン様の名誉に傷が付きます」
「俺の名誉よりも領地の方が大事だよ。必要なら、それで構わない」
呟きから大筋の考えを察したマリウスは、念のために諫めた。
しかしクレインは名誉を気にしない性格だ。
捕虜を虐殺したという 醜聞(しゅうぶん) と、間者から計画を台無しにされる可能性を比較するなら、悪評を被る結果になっても構わないと思っている。
「名誉で腹は膨れないし、名声で平和は維持できないからな」
評判が落ちる点に目を瞑り、後腐れなく処理してしまえというのは、一番手っ取り早い方法ではあった。
基本方針が何でもありと定まれば、今より成果が上がる方策も見つかりやすい。
「承知しました。その時がくれば、私にお任せください」
「マリウスなら外には洩らさないだろうし、完璧にやってくれるだろうからね。もちろん頼むよ」
マリウスが懸念しているのは、あくまでクレインが悪評に晒されることだけだ。
暗部の全てを引き受けると決めたのだから、汚れ仕事なら自分の管轄。そう考える彼からすれば、裏方仕事でも何ら 忌避(きひ) するところではなかった。
「敵の戦力を増やさない意味では、処刑の方がいいかもしれないけど……それは最後の手段ということで、当面は様子見にする」
国内的にも国際的にも、捕虜へ非道な扱いは避けるべきとされているが、彼らは巨大な敵を相手にしているので、四の五の言ってはいられない。
それでも一応の結論は、労働力として活用していく方向と決まった。
時期を考えれば、この作業は早急に行う必要がある。
「さて、まずは北部に護送しよう。そろそろ殿下の動向が知れるはずだから、不穏な奴らとの距離は空けておかないと」
「畏まりました。護送の手配と、受け入れの用意を進めます」
「ああ、頼む」
方針が決まると同時にマリウスは退室していったが、今までの歴史通りに事が進んでいるのであれば――それほどの時間を置かずに――ヨトゥン伯爵家からの使者が来る。
「報せがあっていい頃だけど、王都はどうなっただろう」
前回の道順ではそこでアレスの暗殺を知らされたが、救出作戦の成否はまだ分からない。
いくら思案したところで、結果待ちなのは変わらなかった。
「……まあ、今は待つしかないか」
王都を脱出したアレスは、アースガルド領まで避難してくる予定になっている。
脱出後の動きを考えれば、アレスの到着は使者よりも半月ほど早くなる見込みだが、王都方面からはまだ何の報告も上がっていなかった。