軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第九十四話 幻の白狼

「どうもー、山賊でーす」

「ひゃっはー! 積み荷を置いていきやがれぇ!」

戦斧を片手に先陣を切るグレアムの背後に、およそ200名の子分たちが続く。

対するヨトゥン伯爵家の輸送隊は、山賊たちの姿を見ても至極冷静だ。

「総員整列!」

「はっ!」

「後列切り離し、撤収せよ!」

部隊長はごく冷静に、一戦も交えることなく撤退の指示を出した。

輸送任務に当たっていたヨトゥン伯爵軍の面々は、荷物を行儀よく道端に並べると、二列に並んで整然と 敗走(・・) していく。

「野郎ども、いつも通りに砦まで運び込め」

「へーい」

「うぃーっす」

アースガルド領に向かうヨトゥン伯爵家の精鋭たちを見送ってから、山賊たちは本隊から切り離された荷物を回収にかかる。

クレインは情報が漏洩したら時を巻き戻す算段でいたが、今のところ内通を気取られる気配は無かった。

それはいいが、この不可解な作業が何十回と続けば、グレアムの胸中にも切ない感情しかない。

「どうしたんすか、アニキ」

「…… 怠(だり) ぃ」

せめて暴れられるならまだ気分は晴れたかもしれないが、怪我人を出すと後々問題になることは分かっており、お上品な略奪が余計なストレスになっていた。

しかしこのやり方の見栄えがどうであれ、正しい手段だということは分かっている。

だから彼も手下たちも、奇妙な受け渡し方をされる荷物をただ無心で運び続けていた。

「こんな茶番に何の意味があるんだか……」

計画自体は順調で、山賊の拠点だった場所は着々と補給基地になりつつあった。

出稼ぎと称して工兵隊を出張に出していたが、同じ大きさの簡易倉庫を淡々と増産するだけなので、予定よりもかなり早く完成する見込だ。

グレアムが拾った流民たちは建築の手伝いをしており、これが職業訓練にもなっている。

そのため作戦終了後に兵士を希望しない者は、職人として雇用できるようにもなった。

「いつまでこれやるのか、子爵サマに聞いてみたらどうっすか?」

「そろそろ視察に来るって話だから、それがいいかもな」

今は王国暦500年の12月を迎えて、年内最後の計画的略奪が行われたところだ。

大過なく作戦は進み、目標の達成も視野に入っている。

あとは主に管理の問題となるので、彼らの仕事は終わりつつあるのだ。

グレアムからすると先のことが気になり始めていた。

「でもまあ、いいんじゃないすかね。作業が終わりゃあ上等な酒が飲めるんだし」

「ヒャッホウ!」

「おお! 今回は何がくるかな?」

「はぁ……バカしかいねぇ」

大規模な仕事の成功時や季節の節目には、アースガルド家からのお祝いとして、高めの酒と豪華な食事が運ばれてくる。

秘密の厳守さえできれば、楽で待遇のいい仕事でしかないのだ。

この仕事が終わらないことを願っている者がいるくらいには、いいご身分と言える。

配下の脳天気ぶりに微妙な表情をしたグレアムだが、撤収作業中に上司から声がかかった。

「待てグレアム、追加で仕事だ」

「仕事?」

「ああ、数時間後にヘルメス商会の馬車が来る。今回のは本気で襲撃していいぞ」

「へぇ……」

ストレスが溜まっていたグレアムは、久方ぶりのまともな獲物と聞いて口の端を釣り上げた。

本来なら襲撃の役目は交代制だが、実際に刃を交えるとなれば総動員だ。

「予備人員も山から下ろし、全軍でいく」

「おう、分かった」

「グレアム隊とデイビス隊は、左右の草むらに隠れろ。本隊で迎え撃つ!」

指揮官の号令によって、山賊たちは即座に行動を開始した。

てきぱきと配置を完了させ、見晴らしの悪い地点に身を伏せて、待つこと十数分。

「我こそはハンネス盗賊団団長、白狼のハンネスだ! 積み荷を明け渡してもらおうか!」

本隊の最前列に立った ハンス(・・・) が堂々と道を塞ぐと、十数台に連なった馬車が動きを止めた。

雑な偽名を名乗る彼の前で、商隊の人間はすぐに身の振りを相談し始める。

「ど、どうするか」

「2割も失っては、会長が指定した量に足りないかもしれません」

「護衛も十分だ、ここは……強硬突破するという手も」

積み荷の2割を奪い、護衛契約の押し売りを迫るのが山賊の常ではある。

しかしヘルメスの指示は絶対であり、無能と見られたらすぐに消されるのだ。

「まさか断る気か? このハンネス様の要求を」

「要求量が積み荷の1割……いや、5分程度であれば応じよう。どうだ?」

運搬量が多いため、商隊の責任者は素直に明け渡すか悩んだが、リスクと天秤にかけて交渉を試みた。

数が多いので商会側は安全策から始めたが、山賊の要求は彼らの常識を超えている。

「我々も冬支度が必要なのでな。積み荷は……残らず置いていけ!」

「なっ!?」

「者ども、やってしまえッ!!」

号令と共にグレアム率いる100名が、馬車後方の草むらから飛び出した。

街道を塞いでいるハンスの本隊と、前後から挟み撃ちの形になる。

「最前列は私たちが抑える。最後尾から襲え!」

「おう、ぶっ飛ばしてやんぜ!」

荷物を過積載にした馬車の先頭を抑えれば、立ち往生して終わりだ。

転回も難しいので逃げられる可能性は低い。

最後尾は放置しても構わないが、確実に、一つ残らず奪い取るために挟撃作戦が採られた。

「護衛が出てくるぞ! 別動隊、投石開始!」

「うぃーっす」

「うぇーい」

弓矢で訓練するにも限りがあるので、ハンスは弓技が苦手そうな者の育成を早々に諦めて、投石兵として鍛えていた。

道の両脇に潜んでいたデイビスらも攻撃を開始したが、身体能力はそれなりの者が多く、下手に武芸を習わせるよりもよほどの効果が出ている。

「向かってくる者は叩きのめせ! 抵抗する気が起きなくなるまで、徹底的にだ!」

「おうよ!」

商会側も荷馬車に手厚めの護衛をつけていたが、二段構えの奇襲かつ、護衛の10倍はいようかという襲撃者に襲われてしまえば何もできない。

ハンスは速攻で終わらせるべく、各部隊へ矢継ぎ早に指示を出していった。

「後方に3人逃げたぞ! 1人につき1小隊で囲め!」

「よっしゃ、カモだな」

「逃げ出そうとする奴も 悉(ことごと) く捕らえろ! 別動隊は包囲を崩すな!」

馬車から逃げようとする商人たちも逃さない。彼らは後々クレインに救出される予定であり、救出費用――身代金――を巻き上げるのに使えるからだ。

そしてこの近辺は最早、ハンスにとっては勝手知ったる土地だ。

逃走を試みるならどこに向かうか。どの地点に兵を伏せれば逃げ場が無くなるかなど完璧に把握している。

次々に現れる賊が蛇のように纏わりついて、数分で全員の捕縛に成功した。

「ふん、つまらん相手だったな」

「……ハンスさんも山賊が板についてきたな。本職でもやっていけるんじゃねぇ?」

あっさりと襲撃を終えたハンスは渋い顔をして、グレアムの軽口を軽く流す。

「バカなことを言うな。それから作戦中はハンネス団長と呼べ」

「へいへい、了解ですよハンネス団長」

無精ひげを生やし、多少人相の悪くなったハンスの姿は、誰がどう見ても山賊の親玉だ。

アースガルド領の名士だった男は、山賊たちを統制している間に多少荒っぽくなっていた。

「お前らもボヤボヤしていないで、捕まえた奴らをいつもの場所に連行しろ!」

山頂付近には山のような食糧を蓄えてあるため、捕まえた商人は中腹の脇道から逸れた地点に建てた牢屋に入れる予定だ。

牢屋の前で略奪成功を祝した宴会を行い、奪った物資が消える様を、これ見よがしに見せつけるつもりでもある。

「まあいい。年内の仕事はこれで終わりだ」

「冬はどうすんだろうな?」

「クレイン様のお考え次第だろう。ここで越冬は嫌だがな」

未だに釈然としないところはあるが、文句を言っても始まらない。

だから彼らは、黙々と荷車を搬入し始めた。

接収した馬車と荷駄は砦に運び込み込まれ、続々とずだ袋が倉庫に収納されていった。

「早速だけど、ハンス隊の長期任務は現時点で終了だ。作業は山城に残る人間に引き継いでくれ」

物資を回収した数日後に、輸送隊を連れたクレインが山城へ到着した。

ハンスに出迎えられたクレインは、すぐさま撤退の指示を出した。

「主力は一緒に引き揚げるから、用意を頼む」

「承知しました」

偽装盗賊団員に対しては偽装討伐隊を送り、ほぼ全員を偽装打ち首にして回収する予定だ。

奪った物資と共に構成員まで消え去る、幻のハンネス盗賊団は来年の秋まで活動させるが、ここまでくれば続きは流れ作業だった。

翌年の小貴族戦で戦功を稼がせるべく、グレアム隊の主要人員もこのタイミングで仕官させる予定で進めている。

「順番が逆になったけど、何か問題は?」

「いつも通りです。報告書はこちらに」

「分かった。じゃあここからは、いつも通り適当にやってくれ」

細かい礼儀作法は求めるだけ無駄だと知っているし、クレインも求めていない。

しかしこの場面だけを切り取っても、グレアムの統率能力は高かった。

「早い者勝ちだが、羽目を外し過ぎたらぶっ殺す。以上だ」

「へーい」

「うぇーい」

打ち上げ物資を積んだ荷車に山賊が群がっていくものの、きっちり班には分けられている。

無秩序のように見えても喧嘩は起きず、最低限の規律だけは守らせていた。

「で、クレイン様よォ、ちょっと付き合ってくれねぇかな」

「俺はあまり飲めないぞ?」

「いいさ。聞きてぇことがあるだけだ」

いつ来るかと山賊たちがソワソワしていた中で、グレアムだけが湿気た顔だ。

彼はクレインを呼び止めてから、適当な酒瓶を選んで対面に座った。

「そろそろ聞かせてくれよ、これが一体何なのか」

「最初に言った通り、極秘任務ってやつなんだけど」

クレインが明確な返答を避けると、グレアムは頭が痛そうに首を振る。

「ここに何人残すか決めるのに必要なんだよ。いつまで続くか分からねぇ、何が目的かも分からねぇってんじゃ、士気ってやつの維持は多分難しいんだわ」

「そこまで状況が悪いのか?」

二人は建築資材を椅子にして、倉庫の建築現場近くで酒盛りを始めた。

グレアムは手酌で注いだ酒を呷ってから、真面目な顔で続ける。

「いや、不便な暮らしで我慢の限界って奴は先に移住させるがよ。俺とハンスさんが抜けるんなら色々と手を打っとくべきだ」

小貴族対策と銘打っているのだから、半年もすればこの作業がどう役立ったのかは名目を付けられる。

周囲への説明はその辺りで片づけられるとしても、グレアムは勘が鋭いというか、勘だけで生きているような男だ。

変に隠し事をすれば不信感になるかもしれないと、クレインは少し考えた。

「口は堅い方か?」

「ここまでデカい計画をコソコソやろうってんだから、必要無けりゃあ言わねぇよ。話していいものと悪いものの区別くらいはつくっての」

クレインが過去と照らしても、グレアムから機密情報が漏れたことは無い。

重要な任務を与えることが多かった分、秘密を守れるという実績はあった。

「まあ、そっちで名目を整えてくれんなら、その通りに説明するが」

「そうだな……グレアムには話してもいいか。これは戦いのための備えなんだ」

逡巡はしたが、今後の東伯戦でも主力を担う存在だ。

裏事情についてもこの場で知らせておいた方が、何かとスムーズだろうと判断された。

「戦いって、ヨトゥンとか?」

「違う。ヴァナルガンド伯爵家だ」

「は?」

グレアムとて四大伯爵の名前くらいは知っている。

ヴァナルガンド伯爵と言えば王国最強の騎馬隊を率いる東方の雄だ。

そこと戦う用意をしていると聞かされて、彼は呆れた顔をしていた。

「どうして、んな大物と喧嘩になんだよ」

「向こうが一方的に攻めてきそうだから、喧嘩も何も無いんだけどな……」

愚痴を零しながら、クレインは話せるだけのことを話す。

東伯、東侯が中心となり国家転覆級の反乱を起こそうとしていること。

前準備としてアースガルド領が狙われそうなこと。

本格的な戦いとなればヨトゥン伯爵家やラグナ侯爵家と手を組み戦う予定なこと。

ブリュンヒルデやマリウス、トレックといった裏方組に話した内容と全く、同じことを伝えていった。