軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第八十五話 二度と経験したくないこと

この道を管理している領主には、事前に話を通してあった。

しかし統治がズボラで、山賊退治など熱心にはやっていない。

「か、会長、囲まれております」

「前言撤回じゃな。使いようが無い愚図も、やはりいる」

領主がアースガルド子爵なら、こんな輩は出てこなかっただろうな。

などと、益体も無いことを考えながらヘルメスが前に出た。

「ほっほ、通行料はいかほどですかな?」

付き人たちは山賊を相手にいきり立っているが、冗談ではない。

侮ったり馬鹿にしたりして、相手を逆上させても事態は好転しないのだ。

「通行料、ねぇ」

「相場は積み荷の2割ほどかと思いますがの」

この場をやり過ごせばそれで済むと考えて、ヘルメスはにこやかに対応した。

一方で山賊の頭目は、何の気無しに告げる。

「全員、構え」

「うーす」

「うぇーい」

「なっ、つ、通行料の交渉はどうした!」

何人かは反応が遅れていたが、構成員の大半は一斉に弓を構えた。

護衛契約の押し売りという名目で金品を巻き上げるのが常なので、この対応は商人の常識からしても、山賊の常識からしてもあり得ないものだ。

状況が呑み込めず、困惑するヘルメスに頭目は言う。

「通行料? 眠たいこと言ってんじゃねぇよ。全部置いていけ」

「……分かった、積み荷は残らず渡そう」

この山賊たちはアースガルド子爵家か、ラグナ侯爵家辺りの子飼いではないか。

意図して配置され、計画的に襲撃されたという可能性がヘルメスの頭を過ぎった。

しかし追手であれば、ここまで先回りしているのはおかしい。

広大な山脈の中でピンポイントに逃走ルートを絞れるはずがないし、山狩りができるほど大きな動きを見せたという報告も無い。

では強欲な大規模山賊団に、たまたま出くわしたのか。

それは楽観のし過ぎとも思える。

本当にただの山賊なら、明日以降もここを通らせる予定の馬車はどうするか。

何かしらの裏は無いのか。

あるならその要因は何か、命令者は誰か。

ヘルメスは多岐にわたる分析と対策を思い浮かべたが、当の頭目は溜め息を吐いていた。

「おいおい、寝ぼけたこと言ってんじゃねぇぞ。全部だっての」

「と、言うと?」

「まあ、これは相方の口癖なんだがなぁ」

ヘルメスは目まぐるしく頭を回したが、山賊たちは目標を定めていたので話の展開も早い。

まともに取り合う気の無かった頭目は、ごくあっさりと告げた。

「お宝のついでに――その首、ここに置いていけよ」

宣告と共に合図の斧を振り下ろすと、配下たちは一斉に矢を放つ。

護衛の人間は応戦しようとしたが、数が違った。

行く道を塞ぐ者、道の両脇に潜んでいた者、頭目と共に高所に陣取っている者。

合算すれば100人を超える襲撃者がいる。

「うわっ!?」

「そ、側面にもいるぞ!」

正面からでも勝ち目が無いというのに、完全に包囲された上での突発的な戦闘だ。

どこにも逃げ場の無かった護衛たちには、まともに応戦できなかった。

「ば、バカな!」

「なんだこの数は!?」

しかも奇襲の一斉射は兵士の中でも、よく弓に習熟した精鋭が行っている。

初手で大半の護衛が戦闘不能に陥り、勝負は一瞬で決まった。

「会長! ど、どうされます――ぐあっ!?」

「一人も逃がさねーよボケ」

留まれば討たれるが、山道の両脇にはずらりと、後方まで連なった大勢の山賊が見える。

しかし狙われているのは主に後続の馬車で、ヘルメスの周囲に降った矢は、今しがた御者が射られた一本のみだ。

前方に行くほど狙われにくくなると判断して、活路を求める商会の人間たちは山道の先に駆け始めた。

「道を塞いでいるのは大男が一人だけだぞ! 会長の道を拓け!」

「ええい、どけっ!」

高所から狙われる危険はあるが、一見すると最も手薄な場所だ。

しかしヘルメスの馬車が止まった時点で、ここを突破しに来る可能性は十分に想定できていた。

道を塞ぐ副頭目は、口元を覆う布越しでも全く衰えない声量と共に、脱出口に群がる者たちに向けて朱槍を振るう。

「あのお方に仇為す狼藉者どもがッ! 神妙に死ねいッッ!!」

「ぬわぁぁああ!?」

破れかぶれで前に突っ込んだ者は、大男の槍で宙に跳ね上げられた。

道の端から端まで槍が届くため、突破を試みた者から順に跳ね返されて、致命傷を負わされていくだけだった。

「ふむ、突破は無理……か。撤退もかのう」

前後左右のどこにも逃げ場は残されておらず、ジャン・ヘルメスにとってはまさに絶体絶命の窮地と言えるだろう。

それでも。周囲の人間がバタバタと倒れて行っても、ヘルメスは至極冷静だった。

「まあ、待て。見逃してくれるなら、相応の礼をするぞ」

「……礼?」

まず、襲撃者たちがどこかの組織に属した人間であることは、半ば確定した。

ただの野盗にしては統率が取れ過ぎているし、練度も不相応に高いからだ。

何者かが彼らを意図的に配置したとすれば、話は早い。

「ああ。ここにある分だけではない。貴様らがどこの手の者かは知らんが、一生かけても稼げないだけの金を支払おう」

自分を殺せば大問題になるので、最後の一線は超えないように命令されているはずだ。

つまりヘルメスは、これは脅しの 範疇(はんちゅう) だという判断をした。

それに相手はみすぼらしい恰好をした者ばかり。

盗賊の恰好が扮装だとしても、金の臭いがする人間はいない。

「任務を全うしても、褒賞は金貨の数枚がいいところ。どうだ……儂に鞍替えせんか」

貯金の最高額は金貨が数枚か、十数枚か。

ヘルメスにとってすれば、この山賊が仮に追手であろうと、貧乏人の買収は容易に見えていた。

「景気のいい話だが、約束を守るつもりは無いんだろ?」

「そんなことは無いぞ。商人は信用を失ったらおしまいだからの」

事実として、支払える財力はある。

だが、払われるかどうか分からない報酬に釣られる人間はいないし、それ以前の問題もあった。

「この詐欺師が! 俺はお前の口車に乗って破産したんだぞ!」

ここにいる人間の半数近くが、ヘルメスから破滅させられたか、不利益を被ったことがある人間だ。

恨みが先にきているのだから、買収できるはずがなかった。

一人の男の叫びを皮切りに、方々から怒号が飛び交う。

「お前のせいで……娘と妻は!」

「返せ! 俺たちから奪った家族も、金も、名誉も何もかもだ!」

方々からの罵声に、ヘルメスは虚を突かれた気分になった。

というのも恨み節を言っている人間の顔に――誰一人として――見覚えが無かったからだ。

「覚えてるかヘルメス。俺はレガード商会の、エリック・レガードだ」

「おお、もちろんだとも」

この修羅場でも、ヘルメスは笑顔を崩していなかった。

しかし相手に個人的な事情があるならば、譲る姿勢も重要だと頭を切り替える。

好々爺のような表情を少し歪めて、心の底から申し訳なさそうな顔をして、彼は謝罪の言葉を口にした。

「あの節は本当に済まないことを……」

「エリックは偽名だ。俺に何をしたか、綺麗さっぱり忘れているみたいだな」

これには流石のヘルメスも二の句を継げなかった。

素直に忘れたとは言えないし、さりとて名前は一向に思い浮かばない。

この場にいる誰一人だ。

既に終わった人物の名前を律義に記憶しておくほど、彼は暇ではなかった。

「マジかよこのジジイ……ここまで殺して胸が痛まねぇ相手も、珍しいな」

「ま、まあ待て、早まるな」

ヘルメスがこの状況を見て、ただ一つ分かることは、集まった人間は怨恨で行動している者が多いことだ。

現場の人間を買収できないならば、次の手は自ずと決まる。

「お前たちはラグナ侯爵家の差し金か? それともアースガルド子爵家か? ……分かった。今までのことは全て謝ろう。まずは、雇い主のところに行こうではないか」

彼ら自身ではなく、もっと上の立場にいる人間と交渉するしかない。

それがヘルメスの次善策だ。

「引き抜きを断るというのなら、無理に勧めるつもりは無い。……出世を考えよ。儂を殺すよりも、生け捕りの方が評価は高かろう」

周囲に味方は一人もいない。

だから交渉の筋道も無く、彼らに命令を下した者と話をつけて和解するしかない。

それは奇しくも在りし日のドミニク・サーガが、ヘルメスに助けを求めた時の光景に似ていた。

だがそこは国内屈指の商人であるジャン・ヘルメスだ。

黒幕と直接の交渉に漕ぎ着ければ、まだ生き残る目はあったかもしれない。

それでもこの提案を受けた、山賊の頭目は冷静に言う。

「悪いな。俺たちはどこの軍隊でもねぇ、 ただの(・・・) 山賊だ」

ヘルメスがアースガルド家の人間に殺されたと知られたら、不都合がある。

だから領地へ連れ帰ることなどしないし、最後の瞬間まで所属は明かさない。これは決定事項だ。

「殺してやる!」

そして彼らが話し合っているうちに、しびれを切らした者がいた。

ヘルメスを目掛けて、握り拳よりやや小さいくらいの石が飛ぶ。

「くそっ、俺にも権利があるんだ!」

「ぐおっ!?」

肩口に衝撃が走り、尻餅をついたヘルメスのもとに、続々と攻撃が開始された。

よほど当たり所が悪くでもない限り、多少の怪我をするだけで容易には死なない攻撃だ。

「や、やめろ! 何をする!」

「うるさい!」

話は終わりだと、後方で控えていた没落商家の人間が一斉に投石を始める。

その様を見た頭目は、呆れたように言った。

「ま、こういうわけだ。今さら止まらねぇよ」

この襲撃に際して、頭目と副頭目が主人から受けた命令はいくつかある。

基本的には主が立てた方針に基づき、現場の判断で動くが――この老人の最期についてだけは明確に指定されていた。

「年貢の納め時か。それとも因果応報ってやつか」

「貴様にはそれがお似合いだッ!」

彼らに命令を下した人物は、極めて数奇な人生を送っている。

常人の数倍は人生経験が豊富だ。

そして彼の長い人生の中でも、二度と経験したくないと思える死に様がいくつかあり、その中から選ばれた相応しい処刑方法とは――

「石ころをぶつけられて死ねいッッ!!」

ジャン・ヘルメスに恨みを持つ者たちで周囲を取り囲ませて、皆で揃って石を投げつけることだった。

クレインは既に 目標(・・) を達していたので、あまり残虐には見えないが、より一層 惨(みじ) めに見える処刑方法で、恨みを晴らさせてやることを主眼に置いている。

「こ、こんなところで、死ぬものか。馬を……」

交渉の余地無しと見たヘルメスは素早く馬車に駆け寄り、馬の繋ぎを外した。

弓隊の攻撃は一時的にでも止んだので、死ぬ思いをすれば逃走の目があるという判断だ。

動きを察知した弓兵たちが再び矢を番えるが――それよりも早く動いた男がいる。

槍を手放した副頭目は道端の石を拾い、ヘルメスに向けて大きく振りかぶった。

「往生せいやぁぁあああああッッ!!!」

「ぐおあっ!?」

他と比べ物にならないほどの剛速球が飛ぶが、それは一応、この一投で死なないように下半身を狙っていた。

大きめの石で右膝を打ち砕かれたヘルメスは、衝撃で再び地面を転がる。

頸木(くびき) から解き放たれた馬が駆け去っていく姿を見たヘルメスは、呆気に取られた顔をしてからすぐに、山賊たちを憎々しげに睨みつけた。

「ぐっ、お、おのれ……」

「まあゆっくりしていけって」

訓練された男たちは護衛を排除したきり動いていないが、素人同然の人間は誰も彼もがやる気に満ちている。

「よーしお前ら、じゃんじゃん投げろ」

頭目は意地が悪そうに笑うと、配下たちに再び投石の号令を下した。