軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑話 高貴なる中年の武官

「よぉクレイン様ァ、ちっと来てほしいんだが」

「グレアム? 何かあったのか」

新領地の統治が始まり、入れ替わりで武官を派遣していたある日のこと。

休暇に戻ってきたはずのグレアムはクレインの執務室を訪れて、眠そうな目を 擦(こす) っていた。

「あれじゃあ、おちおち寝てもいられねぇんだ。何とかしてくれや」

「何とかって……」

安眠を妨害する何かがあり、それを取り除いてほしいという話だ。

最近覚えた敬語が崩れているのは、寝起きだからだろうか。

しかし武官宿舎の問題に、どうして領主が駆り出されるのか。

クレインにも色々と疑問はあったが、幸いにして急ぎの仕事は無い。

「分かった、何があったのかは聞かせてくれ」

「……まあ、一言で言えば客か」

「来客?」

武官宿舎を訪ねる者は多い。出入りの商人、武官と付き合っている一般人や家族など、人の行き来が盛んなため、来客それ自体はさほど珍しくなかった。

だが、グレアムが困る来客とは一体何か。

嫌な予感がしたクレインは誰かにパスしようとしたが、間の悪いことに側近は全員出払っている。

「面倒な客なら外交部に頼もうか?」

「いや、多分ダメだ。直接来てくれ」

「……はぁ、分かったよ」

どうにも大事らしい。午前から重たそうな話題が飛び込んできたが、クレインとしては気掛かりなところもある。

何せグレアムが自分から執務室にやってくるなど、100回にも届こうかという人生で初のことだ。

「明日は雨が降るかもな」

「そうか? いい天気だぞ。……くそっ、目が覚めちまう」

――天変地異の前触れで無ければいいのだが。

本来の歴史を見て一通りの天災を把握しているのに、そんな不安が 過(よ) ぎる。

報せを持ってきた人間からして変化球なので、クレインは大いに警戒していた。

「ふぬぅぉぉおおお」

「ぐぬぬぬ、駄々をこねるな、この!」

武官宿舎の1階、待合室にもなっているロビーへ来てみれば、どことなく高貴そうな中年の武官が柱にしがみついていた。

そして顔に見覚えは無いが、上等な衣服を着た老人がそれを引き剥がそうと、顔を真っ赤にして引っ張っている。

「来客ってバーナードの関係者か」

「おう。ああ、あとよ、バーナードは偽名で、本名はべルモンドらしい」

「ええ……」

せっかく顔と名前を憶えて回っていたのに、憶えてからすぐに偽名だと知らされたクレインは渋い顔をした。

それに、仕官の際に偽名を使っていた辺りからも不穏な気配がしている。

「帰らない! 私は絶対に帰らないぞ!」

「言っている場合か! わっぱのようなことを申すな!」

普段のダンディで高貴そうな雰囲気もどこへやら。

歳不相応に全力で柱にしがみ付く男を指して、クレインはグレアムに聞く。

「で、あれは何なんだ」

「バーナ……ああ、べルモンドの実家から、 奴(やっこ) さんを連れ戻しに来たらしい」

宿舎の入口で騒がれては、寝てもいられない。

しかもお家騒動絡みで下手に手を出せないというので、クレインが呼ばれたというわけだ。

「んじゃあ、あとは任せるぜ。大人しくさせてくれや」

「分かったよ。……あの、よろしいですか?」

グレアムの判断は間違いではなく、この問題を解決できるとすればクレインしかいない。

彼が渋々話しかけると、攻防を繰り広げている二人は同時に叫んだ。

「おお、クレイン様! この頑固者を叩き出していただけますかな!?」

「アースガルド子爵! お初にお目に掛かります! まずはこの分からず屋を、柱から引き剥がしていただきたく!」

どうやらべルモンドは高貴そうなのではなく、実際に高貴だったようだ。仕官先まで家臣が連れ戻しに来るならば、相当な名家の出身だろう。

それに家臣の老人は、どこかの当主と見紛うほど上等な服装をしている。

家臣でこれなら、べルモンドも確実に上流階級の人間だ。

クレインはそこに加えて、似た者主従という感想を抱いた。

「あの、取り敢えず落ち着きましょう。話を聞くから、バーナードも」

「む……主の、命とあらば」

「くっ、他所の領地で、これ以上暴れるわけには……」

両者、牽制し合いながらではあるが、どうにかロビーの奥にある応接室までは移動できた。

中央貴族出身の武官を捕まえて茶の用意をさせると、何とも言えない雰囲気での面談が始まる。

「まず、バーナード。こうなったら本名を名乗ってくれ」

「……致し方ございませぬな」

どことなく高貴そうな男が、居住まいを正して言うには。

「我が名は、べルモンド・ルイス・フォン・ヴェルダンディと――」

「出戻りされますので、ヴェルダンディの前にレオナルドの文字を付け加えていただきたい」

べルモンド・ルイス・フォン・レオナルド・ヴェルダンディ。

長ったらしいそれが、彼の名だ。

貴族の名前は、言ってしまえば長いほど偉い。

子爵まではどこの家も 概(おおむ) ね三節だが、伯爵以上の家格になると増えていく傾向があった。

「ええい、当主にはならんと言っておるだろうが!」

「まだ言うか!」

「まあまあ、落ち着いて」

下位貴族が見栄で長い名前にすることはあるし、高位貴族がシンプルな名前にすることもあるが、限度はある。

べルモンドの名前は五節で、順当に考えると侯爵家以上の人間だった。

「ヴェルダンディ公爵……いや、侯爵家か。聞いたことがありますね」

「父が先代の宰相を務めておりました」

つまりは謁見の間で、国王の横に控えているような家格だ。

身分で言うとベルモンドは、子爵家当主のクレインを跪かせられるほど偉い。

「それが何故、当家で武官を……」

呆れと困惑と、隠れた大問題への恐れ。色々な感情を 孕(はら) みつつ聞いてはみるが、仕官から今までの経緯はクレインも何となく覚えている。

べルモンドは早期から、自ら仕官に訪れており、最初はマリウスと同時期くらいに採用されていた。

頭脳労働ができる武官は貴重なので即採用し、その後は地味ながらも多方面で活躍している。

今の主な役割は練兵の教官役で、指揮は堅実かつ的確。

身分を明かさないまま平民として、叩き上げで大隊長にまで上り詰めた男だ。

しかしどう考えてもおかしい。

宰相を輩出するような名門侯爵家の人間であれば、地方で仕官などせずとも、中央でいくらでも要職に就けるはずだった。

では彼は、どうして全国的に無名な子爵家にまで来たのか。

「ここでなら、一軍の将となれましょう」

「……騎士団でも良かったのでは?」

「それでは作戦本部や後方指揮に回され、前線に出ることが叶いますまい」

話を要約すると、べルモンドは幼少の頃より戦士に憧れていた。

役目は騎士でも武官でも、衛兵でも何でもいい。

戦場でとにかく華々しく活躍し、歴史に名を残したいという願望を持っていた。

しかしそこは由緒正しい侯爵家の一員だ。割り当てられた役職を過不足なくこなして、36歳までは大人しくしていた。

しかし次代の宰相にどうかという話が持ち上がった時、彼は自分の人生に疑問を持つ。

このままでは文官として一生を終えてしまうが――それでいいのかと。

「良くない。どうにもよろしくなかった」

だから彼は 出奔(しゅっぽん) した。

壮大な家出の始まりだ。

若き日に憧れた騎士物語の、主人公のように。

武者修行と称して放浪の旅を続け、最後に辿り着いたのがアースガルド家だった。

大量採用で審査の目は緩い。

しかも自分の腕一本でのし上がれそうな気配がある。完全実力主義だ。

平民のフリをして潜り込める可能性が高く、平民でも才覚があれば将軍にすると聞きつけて、彼は迷うことなく駆け付けている。

クレインは素知らぬ顔で採用したので、いずれにしても上手くいっていた。

「で、今になって現当主が急逝。そして継承権一位を持っていると」

「そんなものは捨てたのですがな」

「捨てられるはずがないでしょう!? 二位のギュンター様はまだ12歳なのに!」

問題のヴェルダンディ侯爵家は、今、酷いことになっている。

継承権順に、正当な後継者を据えるべきという血統派。

5年以上も放浪していた男を、今さら呼び戻すのはいかがなものかという正当派。

先代の遺言通りに呼び戻せという旧主派。

当主が務まりそうな者が、現実的にべルモンドしかいないと主張する現実派。

家臣や親戚を含めて様々な派閥が入り乱れたが、結局のところ本人が戻らなければ話にならない。

調査の末にアースガルド家で武官をやっていると知り、追手が送られた。

これが現在の状況だ。

事情を知ったクレインからすれば、言うべきことは一つしかない。

「いや、実家に戻りましょうよ」

「な、なんと!?」

クレインの派閥は現実派だ。

ただし、このままアースガルド家に残留されると、王都の名門侯爵家と揉めるという――現実的な問題を見ている一人派閥である。

「大隊長まで出世して、このままおめおめと戻れますか! 悔いが残りますぞ!」

「いや、でも……お家問題では」

「もっと言ってやってください! 子爵!」

これはグレアムも逃げるはずだ。

クレインも可能であれば逃げ出したいが、そうは問屋が卸さない。

「私は将として名を挙げるのだ! 歴史に、名を……!」

「何を言うかこの道楽者が! さっさと戻らんかい!」

「あの……」

べルモンドは断固として辞めないと主張したし、家臣の老人は摑みかからんばかりの勢いで詰め寄った。

「ええい、 梃子(てこ) でも動かんぞ!」

「ええい、子どもでもあるまいに!」

「す、少し落ち着いて」

とにかく一旦家に帰り、継承権が上手く破棄できれば続投。

その結論を出すまでに、1時間ほどの時が必要になった。

大隊長の適性がある者は少ない。貴重な指揮官が減ることになれば痛手だが、その場合は名門侯爵家の当主と面識ができる。

再び出奔してくることになるか、当主の座を強烈に拒めば――戻ってきてくれる代わりに――名門侯爵家と微妙な関係になる。

どちらに転んでも一長一短だ。

好材料と見るか悪材料と見るかは気持ち次第だが、クレインも先手を打つべく動き始めた。

「なあ、ブリュンヒルデ。バーナードの……いや、べルモンドのことなんだけど」

中央貴族絡みの問題であれば、アレスに何とかしてもらおう。

どういう結果になってもいいように、取り為しの用意はしておこう。

そう思ったクレインは連絡のためにブリュンヒルデを呼んだが、彼女はいつも通りに微笑んでいた。

「ヴェルダンディ侯爵家のことでしたら、殿下もご承知です。クレイン様のお考えの通りに進めてよろしいかと」

「えっ」

名前を伝えただけで、家名まで出てくる。

つまり彼女はべルモンドの正体を知っていたし、アレスまで知っていると言う。

「……ちなみに、いつ気づいた?」

「実技試験の際です。私が担当いたしましたので」

彼女が正体を知ったのは、採用のタイミングだ。

護衛たちの反応を見る限りでは、マリウス辺りも知っていたと見える。

「マリウスはいつだ?」

「クレイン様との面接の直前です。仕官者の誘導をしている際に気づきました」

彼女らはクレインがベルモンドの正体を知った上で、何かの作戦を立てているものと思っていた。

片やクレインは、バーナードという 平民の(・・・) 武官は優秀だなあというくらいで、全く裏側に気づいていなかった。

所作が綺麗なので、精々が没落貴族の末裔くらいで思っていたのだ。

「……なるほどね?」

クレインに貴族らしい社交能力など無く、中央にいる高位貴族との接点など無きに等しい――のだが、周囲からはそう見られていない。

全てご存じの上だろう。と認識されていた。

策士ぶりを披露し過ぎたがゆえの墓穴だ。

不幸なすれ違いではあったが、今さら言っても仕方がない。

「今後は身元の照会もきちんとしないと……。いや、今いる武官も文官も、一度面談をしておくべきだろうな」

まだ無名だった頃のアースガルド家に、間者が送られる可能性は低かった。しかし今後はどんな手が打たれるか分からないのだから、採用にも警戒が必要となる。

裏切られたらやり直せばいいという方針ではあったが、問題を未然に防げるならそれが一番だ。

「身分を隠して遊びに来ている変人は、流石にもういないよな? でも、基本方針から考え直さないと」

今となっては無理に有能ぶることは無いのだが、これを計算通りと強がればいいのか、それとも想定していなかったから助けてほしいと言うべきか。

クレインの中で結論は、なかなか出なかった。

そして答えが出せないまま1ヵ月ほど過ごした後、親族に跡目を継がせ、自身は後見人の侯爵代理として、必要な時に仕事をするという条件でべルモンドは戻ってきた。

「西もそうだが、東に大戦の気配がある」

ベルモンドはベルモンドで独自の情報網を持っているため、東西の動静が怪しいことは先刻承知の上だ。

彼は激戦の中でも、子爵領が東方面の最前線になると知っている。

国王などは万が一の際に、アースガルド 伯爵家(・・・) を新たなる東伯に据える計画まで、現実的に採用する予定だとも知っている。

いずれにしてもアースガルド領が歴史の中心になることは確実なので、彼は意地で戻ってきた。

「まさに、名を挙げるに今以上の時は無し。この戦乱を治め、男を上げて見せようぞ!」

動乱で手柄を挙げたい。最前線で指揮を執り活躍したい。

あわよくば詩人に歌い継いでほしい。

そんな願いと共に彼は戻ってきたのだ。

「風雲急を告げる乱世へ、いざ征かん! はーっはっはっは!」

バリトンの利いた声で高笑いをする彼のモチベーションが、一体どこにあるのか。

それを知ったクレインは、今度こそ簡単に名前を覚えられた。というのも、明確なイメージができたからだ。

子爵軍大隊長、べルモンド・ルイス・フォン・レオナルド・ヴェルダンディ。

彼に対するクレインの個人的な認識だが、最終的には知的なランドルフという位置づけになった。