軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第七十二話 戦いの意味

結構な深謀遠慮に基づいた作戦であり、この作戦の立案にかかった時間は数分だ。

これだけ頭が回る先生は、いざという時に頼れる存在であるということ。

武官たちに頭脳労働の大切さを知ってほしいこと。

クレインはそれくらいの狙いで壇上に立たせたが、ここより先があるなどとは彼も知らない。

多くの家臣たちと同じような反応をしたクレインに対して、ビクトールはごく楽し気な表情で告げた。

「実はこれ、戦いに関する部分はメインではなくて。本当は経済と外交のための作戦なんだ」

「確かに経済面は見ていましたが……外交?」

領民の被害が少ないまま編入できれば、大幅に復興速度を上げられるとクレインは見ている。

大量の人死にが出て、経済や農業の面で悪影響が出ることを避けて、領民から恨みを買わなくて済めば統治が楽になるだろうという目論見もあった。

だが、そもそもの話というか。

今回の作戦は、鶏を 割(さ) くに牛刀を用いるようなもので――少し大げさ過ぎた。

「彼らと戦うためだけなら、こんなに大掛かりな作戦は要らないじゃないか」

「ええ、それは……まあ」

確かにその通りだが、であればどうしてこんな立案をしたのか。

ビクトールが身も蓋もないことを言うので、クレインはひたすら困惑していた。

「いい機会だし、色々片付けようと思ったんだ。まずは経済と行政の効率化かな」

意図が分からないと首を傾げるクレインの前では、ビクトールが壁に地図を貼り付けていた。

子爵領と、北側の8領地が大まかに書かれたものだ。

「子爵領へ加わることになるであろう領地は、どこも圧政で疲弊している。餓死者が出るような状況だから復興は急務だ」

新参の家臣たちは不作の影響で雇止めをされたり、食い詰めたりした者が多い。

飢饉と不景気は全国的な問題なので、未対策の領地がどうなっているかの想像は 容易(たやす) かった。

「ここでまず問題になるのは、道だよ」

「道ですか?」

食料事情などについては誰もが知っているので、前置きは不要。

彼は指揮棒を使い、地図上にマークされた複数のポイントを指す。

「具体的には道幅だ。今まで往来が少なかった地域だから山道が整備されていなくてね。馬車が行き交えるほど広くない地点がいくつかある」

そのポイントは分かりやすい。

罠と伏兵を置くために最適とされた箇所は、極端に道が狭くなっている地点だ。

仕掛ける候補に挙がった場所では馬車1台しか通れず、鉢合わせになれば、どちらかが安全地帯まで退避しないと通行できない箇所もある。

「当面はアースガルド家からの持ち出しになるだろう。難所で渋滞ということも考えられるから、輸送体制を整えるには山道の整備が必要だ」

クレインが過去に行った救済策では、物資をどこに送り出すかが焦点となっていた。

あくまで行政として、民を犠牲にしない点を重視した政策を組んでいたのだ。

それに輸送を商会主体で行わせていたので、現場の輸送効率向上までは考慮しきれていない。

また、新規に山道を拓くという提案をしたところで通るはずが無いので、商会の人間も多少の不便は我慢して、報告を上げていなかった面がある。

「話は分かるけどよぉ。鉱山の方にも、もっと人手が欲しいんだよな……」

「そうですね。整備のために振る人員が足りません」

というよりも、既存の領地を開発するための人員ですら足りていないのだ。

人手を取られると聞いて、鉱山の長であるバルガス以下数名の文官が、不満そうな声を上げた。

アースガルド領は慢性的な人手不足なので、人手不足で自分の仕事が滞るのは誰でも嫌だろう。

が、それも今であれば事情は変わる。

「今の子爵家には、手持ち無沙汰な男手が沢山あるじゃないか」

「保護した難民たちですか?」

「そう。彼らに三食、日当付きの普請をさせればいい」

食っていけないほど困窮している人間を集めて、攻め込ませたのだ。

つまり保護した兵士たちは、そのまま帰しても餓死する可能性すらある。

「今すぐに送り返したところで、救助すべき難民が増えるだけさ」

「まあ、確かに」

それなら一塊になっている今のうちに、まとめて救済するのが最高効率というのがビクトールの判断だった。

「日雇い仕事を振り分けて、北部に繋がる道の整備に充てるんだ。日当を貯金させてから帰せばいい」

普請が終わった頃に貯金ができていれば――自力で社会復帰できる人間が増える。

ただ作物を配給して、子爵家からの持ち出しを増やすよりは利益になる計画だ。

「陣地には色々と持ち込んだけれど。あそこまで大量の日用品、当面は使わないよね?」

「確かに、使いませんね」

戦いの前に、日用品をこれでもかと発注してあったのだ。

残してきた陣地はそのまま、難民たちの生活拠点に流用できる。

「炊き出しのために雇った子爵領の人間を村に返して、難民の中から調理の人員を振ればさ。支援物資を陣地に配達するだけで済むじゃないか」

支援すべき拠点が本拠地のすぐ近くに、一か所に集約されていれば、輸送時間と商会の労力を減らすことができる。

道の凹凸が激しい山を通り、何度も北部と往復するのは人的資源の無駄でしかない。

面倒を見るなら、なるべく手が届く範囲に集めるべき。

それがビクトールの意見だが、この点では輸送以外にも利点がある。

救済予定地域の人口。その2割が近場に集中していれば、行政サービスの負担が大幅に軽減される点だ。

「近場で管理できた方が、統治は楽になるしさ。治安が不安定な地域に文官を派遣して、危険に晒すこともない」

「まあ、戦える文官の方が少ないですからね」

残党勢力の排除は終わっていないので、各地に分散させる文官が減れば、武官も護衛しやすくなる面がある。

いくら人を増やしても、仕事が少ないに越したことはないのだ。

過労という単語に敏感なクレインからすると、輸送コストの減少以上に、遠隔地を統治する負担の削減は魅力的だった。

「まあ、当面は天幕で雑魚寝をしてもらうことになるけれど、大工の見習いをさせて宿場を作るのもいいよね。それか住宅街でもいい」

「なるほど。工兵隊は実戦で運用できるレベルになったので、増員も検討しましょうか」

アースガルド領の本拠地近郊では、区画整理をしながら街づくりをしていた。

しかし移民の数が過去最大となって、やはり住宅事情は悪化し始めている。

この点では少なくとも、整地して受け皿を作れるとなれば損は無い。

「まあ、手助けが必要な出稼ぎ労働者という位置付けだよ。全額貯金させても詰まらないだろうし、日当は適度に使わせるといいんじゃないかな」

「嗜好品の販売とかですか?」

クレインも北方の領地から関所をまとめて撤廃して、領内での経済活動を活発化させる政策は過去に打っていた。

しかし旧来からのアースガルド領は大規模開発が続き好景気だったが、北部8領の不景気に足を引っ張られたところは否めない。

食い詰めた低所得者をまとめて公共工事に従事させ、購買力を持たせることができればその状況も少し変わる。

「うん。商材は何でもいいけれど、領内の経済はよく回りそうだよね」

「……ええ、どうにもトレックが好きそうな話です」

ただ金銭と食料を援助するよりも、働き口を用意して、消費者として自立を促す方が利益には繋がる。

問題は初期投資が莫大になる点だが、アースガルド家からするとそこは問題無い。

「で、去年の夏に あれだけ(・・・・) 借りたのだから、予算にはまだ余裕があるよね?」

「ええ、十二分に残っています」

ヘルメス商会から、引き出せる限界まで投資金を搾り取っていたからだ。

返すつもりのない借金を好き放題にしていたので、金庫は十分に潤っている。

「結構。資金さえ潤沢なら、まず成功するはずさ」

確かに政策が大幅に改良されているが――ここで話が終わっては、他人事のまま終わってしまう。

上層部の打ち出した内政案が、効率化したというだけの話だ。

「とは言え今挙げた仕事だけで、こんなに人は使わない。割り振りは考えるべきだ」

家臣全員を当事者として巻き込むために。

ビクトールは今回の作戦で株を上げたばかりの、バルガスの目を見ながら言う。

「さて、どうしたい?」

最終的な捕虜は4000人近くになっているので、街道整備には過剰な人員だ。

街づくりや煮炊きなどの仕事に就けても、まだ余るだろう。

目線を送られたバルガスはすぐに、ビクトールが言いたいことを察した。

「先生さんよ、それなら鉱山に回してくだせぇ。実入りはいいから、生活再建なんてすぐですぜ?」

三方向への街道整備で各200人を使い、その他の作業で1000人使うとしても2000人を超える人が余っているのだ。

余剰人員。久しく聞かなかったこの言葉に、まずは合図を送られたバルガスが飛びつく。

「あの……耕作放棄地の再開墾計画にも、200人ほどいただけませんか?」

「ま、待て、計算ができる者は内勤に振ってくれ!」

そこで、ここぞとばかりに、人手不足の分野を統括する文官たちから提案が入った。

「大森林に新しい製材所を作りたかったんです。30人ください」

「こちらが優先だ! それに鉱山はもう、十分に厚遇されているだろう!」

「なんだと!? やるかこの野郎!」

養わなければいけない難民という観点ではただの重荷だが、出稼ぎ労働者というなら話は変わる。

アースガルド領は相変わらず、どこも人手不足なのだ。

全国的な不景気のため人の流入は続いているが、一括で大量に採用できる機会などそうそう無い。

いつの間にか、どの部署に何人欲しいかの陳情会へと変わりかけていた。

「なるほど、有効活用する術はありそう――」

「クレイン様! 何卒!」

「……ああ、うん。あとで聞くよ」

今さら北部の建て直しをメインにしたいと言っても、ブーイングが飛びかねない勢いだ。

それに、今となってはあまり効率的とは言い難い作戦でもある。

部署ごとの争いに発展しかけて苦笑するクレインだが、色々とメリットがあるのは分かった。

「あの地域はどうにも急開拓が難しそうだからさ。生産性が高い地域の発展と再建に的を絞って、子爵領中央部の人手不足解消から始めた方が早いと思うんだ」

つまり過去のクレインは、北部領民の生活環境が絶望的に悪いところを見て、地域の立て直しに主眼を置いた政策を考えていた。

一方のビクトールは生活が再建しやすいエリアに、出稼ぎ労働者として、まとめて移住させようとしている。

北部よりも中央部の方が労働者の需要が高いので、人手不足解消に繋げた方が短期間で効果が上がるという目論見だ。

「なるほど、いいと思います。振り分けの素案はありますか?」

「まあ、細かいことは各部署と商会で話し合ってからになるかな。とりあえず、これが内政面での話だ」

帰りたい人間だけは返すと決めたが、生活が安泰になるなら戻りたがらない者が多いだろう。

見方を変えれば、大量の移民が獲得できる好機だ。

地元への残留を望む人間には別途支援をすればいい話なので、クレインもやって損は無いと見た。

――ここが一区切りと見て、ビクトールは更に続ける。

「次に外交分野だね。せっかくだから同盟の話を出してもいいかな?」

「え? ええ、構いません」

南北の大貴族と経済、軍事の両面で協定を結ぶこと。

その計画はまだ側近にしか聞かせていないもので、間者を警戒して表沙汰にもしてこなかった。

だが、過去のクレインは流れで同盟を組んでいたので、子爵家の方針をいつ明かすかまでは決めていない。

漠然と、家臣には事後承諾でもいいかと思っていたところだが――ここで明かすからには何か意図があるのだろう。

そう判断して、クレインは発言を許可した。