軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十九話 月下の謀将

「ええい、クソっ! 何故こうなった!!」

軍を置き去りにして数名の従者と共に落ち延び、敗走する男爵はひたすらに悪態を吐いていた。

彼はただ怒りのままに、自分の領地へ向けて馬を走らせている。

「おのれ、エメット! 次に会ったらただでは済まさんぞ!」

語られた内容が全て嘘だったのだから、流石の彼らも騙されたと気づいた。

しかし全ては後の祭りであり、大勢は既に決している。

連合軍は壊滅したので、すぐに再侵攻する余力など無い。

それに子爵軍は事前の予想を遥かに超えて精強だった。

油断なく進んでいたところで、勝てたかは怪しいとは男爵にも分かっている。

それでも未だに納得できずにいた。

「この私をコケにしおって、今に見ていろよ!」

争っていた他の7家と比べれば、男爵という地位が最も上だ。

それこそ自分が見えている世界で、一番偉い存在が彼ということになる。

そして男爵の中では、襲撃の計画は完璧だった。

子爵家を下してからは、いけ好かない周囲の家も潰し、覇権が取れるところまできていたのだ。

彼は本気でそう考えていただけに、あと一歩というところで瓦解した夢を諦めきれてはいない。

「今回はたまたまこうなっただけです!」

「ええ、男爵さえ無事なら巻き返せます!」

それは周囲の側近も同様で、彼らはまだ負けたとは思っていない。

生き残ったのは彼らくらいであり、小貴族家の当主は大半が亡くなっている見込みだからだ。

「他家の当主は全滅するでしょう。ここからは我らの時代ではありませんか!」

「そうです。子爵家はいずれ滅ぼせばいいのですよ」

頭を失い動揺しているであろう小勢力をまとめて飲み込めば、今度こそ子爵家に勝てると思っている。

おべっかや追従ではなく、これは側近たちが心の底から思っていることだ。

国の仲介で一時的に和解してやってもいいと思っているし、大した損害が出なかったであろう子爵家には、適当に詫びを入れておけば済むとも考えている。

「……そうだな、弱気はいかん。まだまだこれからだ」

近隣の当主が全て消えるなら、その中心であった自分たちに厳しい処罰を下すと地域が滅ぶ。

その影響が絶大だと考える彼らは、ほどほどの罰で終わる仲裁案が出されると楽観している部分があった。

「この場さえ乗り切ってしまえば、こちらのものです」

「次こそは目にモノを見せてやりましょう!」

子爵家がどんな手を使ったのかは分からないが、王国軍さえ敵に回らなければ勝てる。

混乱に乗じて周辺を平定すれば、子爵家と互角以上になると彼らは判断していた。

子爵領と8領地は山で分断されているので、そうそう手出しはできない。

言われてみれば未来はそう暗くないと、男爵は一転して上機嫌になる。

「うむうむ、頼もしいぞ。はっはっは!」

そして追手は撒いたようで、後方から追ってくる軍勢の姿は見えない。

逃げ切れたと確信し、大声で明るい未来のことを話す彼らの声は、暗い夜の山中に響いていた。

「まあ、世の中……。そう上手くいはいかないよ」

この時、男爵らが差し掛かっていた地点は――道の両側が急斜面の崖になっている狭い道だ。

事前の調査で、仕掛けるなら絶好のポイントと判断された場所でもある。

斜面の上方。山の頂よりも一段低い位置でその会話を拾ったビクトールは、人生の無常を儚むような顔をしながら、ゆっくりと右手を挙げた。

「 堰(せき) を切れ」

「はっ!」

ハンスから借り受けた工兵隊へ合図を送ると、彼らは一斉に斧を構え、縄を切った。

その縄が何かと言えば、大岩を乗せた木の台座を支えていたものだ。

支えを失った台座は一斉に傾き、背丈を超えるほどの岩と木材が、次々と斜面を転がっていく。

「えっ――ギャアッ!?」

「ぬわっ!?」

男爵家の一同は地響きのような振動を感じて――発生源を見上げた次の瞬間には、頭上から降りしきる岩の雨に飲み込まれた。

男爵の側近たちは短い悲鳴を上げながら、大半が一瞬で押し潰されていく。

先頭にいた男爵も馬から投げ出されて、背中から地面に叩きつけられた。

「な、何が起こった!?」

もんどりうった男爵が何とか坂の上を見上げてみれば。そこには月光に照らされたビクトールが、満月を背後に悠々と佇んでいた。

「ふむ。あれだけ降らせて即死しないとは、運だけはいいみたいだ」

「伏兵か……まさか!」

罠に掛けられたのだから、ここにきて男爵も察する。

アースガルド家は最初から全て計算の上で、万全の用意をしていたのだと。

「いやぁ、うちの弟子が、無傷で領地を手に入れたいと言うからね。回りくどいやり方ではあるけれど、君が敗走するところを待ち伏せさせてもらったよ」

男爵が敗走することを見越し。

部下を置き去りにして、一目散に逃げることまで見越し。

そこまで想定するならば、最初から戦場で勝ちを拾うことが前提になると分かるだけに。

彼は別動隊に兵を割いても勝てると、侮られていたことまで気づいてしまった。

「き、貴様ら、謀ったか!」

「謀るというほど、御大層なものでもないさ」

彼らは山中に潜み、敵が通過してから配置についていた。

これは周囲の地形を把握する際に、進軍する連合軍から見つからない位置を割り出してる。

「もう少し慎重に行軍していれば、この罠に気づいたかもしれないが……まあそこはエメット君の戦果でもあるか」

丹念に斥候を繰り出せば発見できたかもしれないが、普通は山の上を確認しながら進軍したりはしない。

それに調子に乗ってもらうために外交部を送り出し、散々 煽(おだ) てた後だ。

「君らの関係なら、あれは内輪揉めの口実にでもなったのだろうね」

「ぐっ……ぬぬ! この、卑怯者め!」

楽に勝てると思い込んだ男爵が慎重論を唱える者を 貶(けな) せば、そこからはプライドが邪魔をして誰も安全策を言い出せない。

そんな目論見は、男爵が図星を突かれたと思うほど的中していた。

ここまで計算ずくなのだから、子爵家は奇襲戦争を待ち望んでいたのだろう。

そう考えた彼は陰謀を仕掛けられたと思い、憤怒の表情を浮かべている。

しかし一方のビクトールは誤解だと、軽く手を振りながら飄々と弁解した。

「ああ、勘違いはしないでほしいな。これはあくまで保険だったのだから」

「保険だと?」

「つまりだね。君たちが攻めて来なければ、使う予定は無かったということだよ」

今回の策は敵軍から攻め込まれた際に、被害を少なくして倒すためのものだ。

敵がやって来なければ発動しない、受動的な作戦となる。

強盗紛いの挙兵をしなければ、殺すことも殺されることもなかった。

そう語りながら、ビクトールは彼らの行動を一笑に付す。

「君たちが自ら死にに来た――それだけのことだ」

地を這う男爵と、崖の上から見下すビクトール。

この構図は完全に、今回の戦いの勝敗を表していた。

プライドが高い男爵からすれば、この立ち位置ですら発狂しそうなほど受け入れがたいところではある。

それでもビクトールからすれば、全ては予定調和でしかない。

「言ってしまえば、欲をかいたのが間違いさ。クレイン君と一緒に商売でもやればよかったのに」

「ぐ、ぎぎ……!」

ビクトールは敗走する敵軍がこの道を通過する瞬間に、重要人物が差し掛かった段階で罠を発動させるために待ち構えていた。

木や落石で当主を圧し潰してしまい、立ち往生した後続の中から、重要人物だけを狙撃する作戦だ。

頭さえ潰してしまえば、包囲した敵軍に投降を促すことができる。

そうすれば無用な殺生は避けられるし、男爵のように戦場から逃げ帰った当主がいたとしても、確実に始末できる。

「……まあ、冥途の土産はこんなところか」

「な、何?」

一から十まで完璧に読み切られてカタに嵌められたのだから、この状況まで追い込まれれば、男爵は 俎板(まないた) の鯉でしかない。

ここからビクトールが何をするかと言えば、そんなことは決まり切っている。

彼は己がやるべきことを、淡々と告げた。

「後続が来る前に、首級だけは挙げておかないとね」

「ま、待て、殺すというのか。この私を!」

この作戦は、強制的に動員された兵士たちなら、上層部が消えればすぐに降参するだろうという予想の下で決行されているのだ。

だから討ち取ることは最初から既定路線ではあったし、この状況になればビクトールにも同情の余地が無い。

「我欲で戦いを起こしておきながら、身内だけ連れて逃げてきたんだ。その報いは受けるべきだよ」

「なっ……!? 何故、貧民が理由で、私が殺されねばならんのだ!」

せめて軍を撤収して民を連れ帰ったなら、ここで降伏勧告もしただろう。

だが彼は領民を捨てて逃げたし、生かすにはデメリットが多過ぎる。

「そんな話があるか! 貴族を守るためなら、死んで当然の連中だぞ!」

「……そうか。君はそう判断したか」

他で捕えた当主が2、3人いれば十分だ。

この男爵は必要無い。

だからビクトールも遠慮なく、抗議を聞くこともなく、一方的に別れの言葉を投げかける。

「そうそう、東西の道でも同じ作戦が発動しているんだ。だから君で最後になる」

北西と北東の2家については、子爵軍の別動隊から領地が襲撃されたことを知り、焦って引き返していた。

速度が優先の強行軍で、注意力は散漫になっているところだ。

領地を襲撃しているはずのアースガルド軍が、まさか途中の山で伏兵となり、準備万端で待ち伏せしているなどとは夢にも思っていない。

それに進軍経路を考えれば、往路で罠が発見されることはない。

だからビクトールは他地点でも、伏兵が確実に成功していると考えていた。

生かして捕えるにせよ、降伏を拒絶されて殺すにせよ、処理そのものは完了したと見ている。

「戦いはこれで終わりだよ」

別動隊に送った工兵以外の者は弓が上手い順に選抜してあるし、ハンスの補佐官であるオズマは武芸全般を修めている。

バルガスの補佐に付いたチャールズも弓の名手なので、最低でもこの2名が、止まっている的を外すことは考えにくい。

足を止めて、身分が高い者だけを狙撃する作戦は完遂を迎えようとしていた。

「馬鹿な、こんなはずは……。ええい、私は天下を取るんだ! 死んでたまるか!」

頭を打ち、怒りと混濁で意識を朦朧とさせながらも、男爵は何とか逃げようとしている。

しかし馬は岩に敷かれてしまったし、どこにも逃げ場は無い。

「やれやれ。困ったものだね」

這いながら逃げる男爵の様子を前にして、ビクトールからの評価は更に下がった。

というのも、最後まで見当違いなことを言っているからだ。

「小さな世界で延々と争い続けて、地域の覇権を天下と表現するか。……どうにも 器じゃない(・・・・・) よ、君は」

ビクトールからすれば、己の評価に能わずとも、素直に降伏するならまだ一考の余地はあった。

慎ましく暮らせる程度の財産を残して領地を没収。そして監視付きの人生というくらいで、手を打てるところではあったのだ。

しかしこの男爵を生かして帰せば、確実にまた良からぬことを企てる。

そして争いが、また続く。

「こんな愚物を 蔓延(のさば) らせるほど、荒れてしまったこの国だ。先は短いかもしれないけれど……まだ希望はある」

ビクトールからすれば小貴族たちは誰も、傲慢で短慮としか言いようがない。

能力に見合わずプライドが高く、気位が高い割りには責務を果たさない 似非(えせ) 貴族だ。

彼らのような害悪でしかない存在が全国的に増えている一方で、今回の戦いで活躍した子爵家の人間は――大半がまだ10年、20年と現役でいる若い世代だ。

特にその旗頭となるクレインは、まだ16歳。

指導者として30年は活躍が期待できる。

そんな未来を予想しながら、ビクトールは再度右手を挙げた。

「若者に未来を遺すため、君たちには消えてもらうよ。――悪く思わないでくれ」

呟きながら手を振り下ろせば、ダメ押しの矢が降り注ぐ。

まだ息があった側近ごと、この一斉射で全員が討ち取られていった。

「ここから先は大変だが、そこは成り行きを見ているだけか。……さて、彼らはどう動くかな?」

最後の瞬間、男爵は憎々しげにビクトールを見上げた。

満月を背にして逆光に位置しているため、表情はただの暗いシルエットにしか見えていないが、それでも一つだけ分かることがある。

ビクトールは既に男爵家の人間を見てもおらず、意識は東へ向けられていることだ。

「こ、こんな、はずが……」

戦いに勝利することが前提で作戦が組まれ、手加減するための策を打たれた上に、最初から最後まで相手にもされていなかった。

その事実がもう少し早く理解できていれば、降伏の道があったかもしれない。

しかし男爵が全てに気づいたのは、人生が終わる最期の瞬間だ。

後悔は先に立たず。

男爵家の歴史はこの時点で、事実上の終わりを告げる。

「まあ、いいさ。まずは後始末だ」

「手筈は整っています」

「結構。はは、マリウス君も優秀だねぇ」

ビクトールは男爵を始めとした重臣を軒並み討ち取り、遅れてやって来た敗残兵たちも順次降伏させていく。

逃げ帰って来た者たちを捕虜としてまとめた段階で、戦争は終了だ。

「戦場も落ち着いた頃だろうし……この分なら順調に計画を 始められそう(・・・・・・) かな」

ビクトールは、マリウスとブリュンヒルデにしか話していない作戦をいくつか組んでいた。

そしてクレインが、それに気づいた様子は無い。

「結果は そう(・・) なるしかないと思いますが、クレイン様にお伝えしないままでよろしいのでしょうか?」

「いいと思うよ。クレイン君は優秀な反面、どこか抜けているし。これも教育の一環ということで」

仕掛けたイタズラに弟子が驚く顔を想像しながら、彼も撤収を始めた。