軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第六十四話 地獄へようこそ(前編)

男爵領に集まった軍勢は、集合してから即座に南下を開始した。

集まるまでに3ヵ月の調整が必要になるという遅さだが、これは彼らの関係が最悪だからだ。

報告も連絡もバラバラだったので集合が遅くなったし、集まったら集まったで、今度は一刻も早く解散したいとばかりに――さっさと行軍を始めた。

「おい、偵察を出してから進むべきではないか?」

「何?」

しかし進軍を続けて道半ばまで来た時、男爵領から更に北へ行った領地を治める騎士爵が軍議を開き、斥候を出してから進もうという提案をした。

「地の利は向こうにあるのだから、慎重に動くべきだろう」

「ふむ、まあ一理あるか?」

連合軍は子爵軍を、2000から3000人の間と想定している。

味方の兵力は5000人を少し超えたくらいなので、野戦で二倍の兵力差があれば正面から打ち破れるはずだった。

それでもじきに子爵領へ入るのだから、斥候を出そうという意見は真っ当なものだ。

正しい意見ではあるが――男爵はそれを鼻で笑って流す。

「フン、敵は寡兵だというのに……臆したか」

「なんだと!?」

男爵は敵勢が1000人ばかりで、目当ては東西の領地と聞いている。

だから警戒するだけ無駄な労力だと取り合わないし、護衛に連れてきた側近たちも嘲るような笑みを浮かべて見ていた。

同席者たちとしても判断に迷うところではある。

しかし勝算が高いことは周知の事実なのだし、普段からいがみ合っている相手を扱き下ろす好機だと、男爵に便乗した。

「子爵程度の小物に怯えるとは、貴様など所詮その程度の器よ」

「そうかもしれんなぁ」

「なっ……! くそっ、どうなっても知らんぞ!」

一応は男爵が小貴族の中で最大の規模を持つので、中心的存在ではある。

しかし彼に逆らえないというよりは、侮られるのが嫌という理由で――怨敵に笑われるなど御免被るとばかりに――慎重策は全て取り下げられていった。

「臆病者め……堂々と進めばいいのだ」

「ええ、本当に気の小さい奴らです」

軽く揉めながらも行軍を再開して、子爵家内へ侵入したまでは順調だった。

狭い山道を出てからも敵影は見当たらず、妨害に遭うようなこともない。

しかし攻め込むなら、流石に布陣の最終確認が必要となるだろう。

山裾で再度の軍議が開かれていたところへ、後方からの伝令が駆け込んだ。

「アースガルド軍が西の街道より進軍して参りました!」

間を置かずに東の領地からも救援要請が飛んできたが、内容はエメットが語った通りのものなので男爵に動揺は無い。

「領地に兵を向けられただと!?」

「しまった、謀られたか!」

しかし子爵家が領地を攻撃しているという情報が入ったのだから、それぞれの当主は慌てふためいた。

「くく、大変そうだなぁ」

「ええ、本当に」

他の家の当主からしても他人事どころか、嫌いな相手が酷い目に遭っているという話だ。

事前に知っていた男爵家の人間以外も、誰もが「ざまあみろ」とでも言いたげな顔をしていた。

「他人事だと思って……!」

「やっていられるか! 防衛に戻るぞ!」

男爵の(・・・) 狙い通り、賠償金のおこぼれよりも本拠地の陥落を嫌い、ここで2家は脱落だ。

しかし依然として4000の兵は残っている。

それにアースガルド家は少ない兵を割ったのだから、もう大した敵は残っていないだろうというのが、残された者たちの共通見解となった。

「子爵は若造と聞いたが、兵法を知らないようだな」

「ああ。迎撃するなら山道を降りたばかりの、ここしかないというのに」

山道を越えて平野に入った連合軍は、脱落した者たちを憐み笑っている。

簡単に賠償金を取れる相手との戦いから離脱するなど、運が無いなと。

「そんな相手にやり込められるとは、哀れな者たちよ」

「まあよいではないか。時間を無駄にしたが、さっさと進むとしよう」

昼食を済ませてから出発したところ、小さな丘を一つ越えた辺りで、いよいよ子爵軍の姿が目撃された。

陣容を見たであろう連合軍の先頭がざわめき出し、釣られて男爵は笑う。

「くく、予想以上のみすぼらしさに驚いておるのか?」

「子爵軍など、どうでもよいわ」

「ああ、取り分の話が先だ」

楽観ムードの連合軍本陣では既に、戦いよりも戦後に関する交渉が主となっている。

そして男爵が調略して自主的に従う村は、この交渉とは別に傘下に加わる予定なのだ。

実際には他家よりも良い戦果が得られるだろうと思い、男爵と側近は笑顔だ。

そこへ先陣を務めるはずの将が駆け込み――大慌てで報告を上げる。

「子爵軍が見えました!」

「ほう、何人くらい集まったのだ。まさか逃散してゼロということはあるまい」

「それが……」

言い淀んだ男は周囲の当主たちを見渡すが、報告は正確にしなければいけない。

だから彼は息を吸い込んでから、意を決して言う。

「し、子爵軍ですが……およそ1万6000から、1万7000の大軍勢が待ち構えておりました!」

「うむうむ……。は?」

「何を言っているんだ貴様は! そんなことがあり得るか!」

予想の15倍を超える数だ。

どうしてそうなるのかと、最初は誤報が疑われた。

しかし次々と戻ってくる将たちは同じ報告を上げているし、そうこうしているうちに撤退した2家からの伝令を名乗る者たちが戻ってきた。

「子爵軍の増援が到着し、数は2000を超えています!」

「なっ、何だと!?」

東の騎士爵領の伝令だという男がそう伝え、数十分も経たないうちに西の準男爵領の伝令を名乗る男も本陣へ飛び込む。

「子爵軍が大軍でこちらへ来ました! 数は3000人ほど、至急援軍を!」

「ええい、どうなっている!」

援軍を出さなければ東西から攻め上がった敵が、連合軍の領地を順番に陥落させていくだろう。

しかしこの報告には、誰もが戸惑っていた。

「アースガルド家は総勢で2万を超える軍勢を興したことになるぞ」

「どこからそんな大軍を……」

「伝令は帰った奴らの腹いせに違いない! 我らを撤退させるための偽情報だ!」

領地持ちの伯爵家でも動員できるかどうかという数であり、零細子爵家が出せる数ではない。

男爵は少なくとも、東西の伝令は出鱈目な数を報告したと主張した。

「正面の軍はどうなのだ!」

「数え間違いだろう。儂が直々に確認してくれるわ!」

一体どうしてこうなるのか。

男爵以下の当主たちは急ぎ足で、子爵家の陣容を確認しに行った。

そして子爵軍の本隊を眺めてからすぐに、大軍が集まった理由を察する。

「お、王国旗、だと」

「あそこにいるのは、まさか近衛騎士では……」

おびただしい数の人が掲げる子爵家の青い旗と並び、待ち構えていた軍勢の一部には赤い旗が翻っている。

それは間違い無く、彼らが所属する王国の旗だ。

「つまりここにいる敵は、王国軍か!?」

「どうして国軍が奴らの側に付くのだ!」

子爵軍の内情を全く知らない男爵たちには、何が起きているか理解が追い付いていない。

眼前に広がる大部隊を前に、彼らは呆然と立ち尽くしていた。