軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第五十八話 欲張りな作戦

小貴族たちが動くことがあるなら、精々が脅しくらいで終わるだろうとビクトールは見ていた。

しかし備えておいて悪いことは無いとも、彼は考えている。

戦いを回避する交渉の筋道を考えたり、被害を少なく戦う方法を考えたりと、想定を増やすことが利益になる場面ではあったからだ。

「現実に軍事行動が起こった場合のことについてお聞きしたいです」

「まあ、まずはそこだよね」

戦争回避の交渉方法は相手の性格や領地の状況により異なるので、大まかには、防衛戦略を考えてから個別の対応検討に入る方が話は早い。

最優先は「仮想敵をどう撃退するか」という安全保障面だろう。

ビクトールはその理屈で思索を巡らせ始めた。

「いえ、それだけで構いません」

「軍事に関する策だけで?」

が、しかし。ここでクレインが待ったをかける。

実際はそんなことを考えても意味が無いからだ。

「ええ。本当に攻めてきたら、その時は裁判での勝ちが確定していますから」

それはそうだとビクトールも納得する。

仮に攻めてくれば法廷での勝利は揺るがないし、敵が攻めて来なければ何も起きない。

だから考えるのは撃退方法だけでいい。

そう納得した師に、弟子は続ける。

「それに真正面からぶつかれば、確実にこちらが勝ちます」

「そうだね。全体的に個人技能は高いし、ランドルフ君やピーター君までいるのだから、負けることは考えにくいかな」

しかし勝てる見込みが高いからと、他の対策を考える時間を減らすこと。

それは慢心だと諫めようとしたビクトールは――大した労無く勝てると踏んでいるなら――クレインは一体何を聞きに来たのかと、不思議そうな顔をした。

師の反応から薄々は察してもらえたと見て、クレインは本題の方に切り込んでいく。

「だから考えたいのは、 敵軍に(・・・) 被害を出さない方法なんです」

「なるほど、それはまたどうして?」

この問題についてはクレインも前々から方針を考えてきた。

そして課題は戦前の方で、戦後については大した対策が要らないという結論に落ち着いている。

「先生。彼らは裁判のやり方を知らないので、まともな自己弁護ができないんです」

裁判というのは最初に最高の要求を突き付けて、交渉で減額したり、ゼロにしたりと理論を戦わせる場だ。

相手方がまともな弁護をしなければ要求が全て通ってしまうし、過去ではそうなっていた。

力こそが全て。殴り合いで解決してきた者たちを相手にするのだから、裁判を開けば考えられ得る最高の要求が通るだろう。

この場合で最高の要求とは当然、全領地の譲渡と全財産の引き渡しとなる。

「自分のものになるかもしれない領地の力を、敢えて削ることはないか」

「そういうことです」

経営が上手くいかない領地が多いご時世でも、クレインは右肩上がりの収益を叩き出しているのだ。

王宮としては下手な法衣貴族に下賜するよりも、彼に治めさせた方が無難という見方はある。

それに被害者を救済するという観点でも、加増は十分にあり得る。

そうと分かれば話は早いし、クレインが最終的に目指すものを知った今では、ビクトールとしても先々のために必要な工程だと理解した。

「クレイン君の目標が南北と 誼(よしみ) を結ぶことだと言うのなら……。確かにもう少し大きくなる必要はあるね」

「ええ、今のアースガルド家では格落ちもいいところですから」

過去では地政学や情勢など、様々な要素が絡んで同盟が結ばれていた。

しかしアースガルド家の身代が小さいままであれば、対等な関係にはならなかったことは自明だ。

「なるほど、これはいい機会でもあるか」

あわよくば、領地の広さを倍近くにまで広げられる好機だ。

将来的に東との決戦を考えているのなら、戦力はいくら増えてもいい。

それに三領を中心とした同盟の話は前々からビクトールも聞いていたので、両家と格を合わせるためにはアースガルド家の勢力を、もう少し拡大する必要があるのも事実と解した。

そしてそもそもの話だが、クレインから攻める意思が無く、相手が攻めて来るとすれば無理な名目を掲げてくる。

だから和解は考えるだけ無駄であり、勝利に必要なことだけ考えればいいというのも自然な話だ。

「仮に攻めて来なければ、防衛策はいざという時の保険にすればいい。……うん、筋は通るね」

これらはビクトールにも納得のいく流れだが、しかし。

彼にとっての問題は、この前提から、どんな話が出てくるかである。

嫌な予感がすると困った顔をするビクトールに対して、クレインは本日一番となる満面の笑みを浮かべていた。

「さて、そこで先生へお聞きしたい方策なんですが」

「……なんだろう。どうにも、聞きたくない気がする」

心情がどうあれ、ビクトールから諸々の理解が得られたと見たクレインは聞きたかったことを。

見方によっては無茶と言える要望を、遠慮なく師に叩きつける。

「互いの兵士を大きく減らすことなく、領土を損なうこともなく。合法的に彼らの領土をうちに編入できるやり方で、かつ敵対する家の当主を一度に全員、後腐れなく討ち取れる策――教えてください」

今回の歴史であれば兵数はアースガルド側が勝っているが、そう大きな差ではない。

敵と違うところは指揮系統が統一されている点と、将や武具の質くらいだ。

「味方と同数程度の敵を、損害を与えずに撃退して。それでいて敵の当主だけは確実に始末しろと?」

「その通りです」

クレインは笑顔のまま頷いたが、すぐに追加の要望まで付け加える。

「裁判のことを考えると、何人か生け捕りにできた方がより良いですね。ついでに言えば現当主の側近まで一網打尽にしたいです」

つまりは自分と同程度の力を持つ相手に対して、どこからも文句を言われない綺麗なやり方で、手加減をしたまま完全勝利できるアイデアが求められているのだ。

そうと察したビクトールは、本日一番の呆れ顔をした。

こうなればもう、彼はもう苦笑いを浮かべるしかない。

「はは……。それはまた、欲張るねぇ」

「必要なことですから」

弟子の要求は無茶だが、相手は何を考えているか分からない不逞の輩だ。

そこに力を持たせておくくらいであれば、クレインの領地が増えた方が喜ばしい結果になるだろう。

何より自分は相談役として雇われているのだと、ビクトールは思い返す。

「うーん。まあ、ここは働きどころかな」

建築にあれこれ口を出した理想の隠れ家を支給されているのだし、趣味に使う道具まで無料で用意されている以上、対価は払うべきだろう。

最初に手紙攻勢をした以外では何も仕事をしておらず、働かないくせに重役待遇へ収まっていると一部の新任が愚痴をこぼしていることも知っている。

そう考えたビクトールは、真面目にやる場面だと判断して頷いた。

「分かった。承ろう」

「助かります。報酬は別途で用意しますが、金銭でいいですか?」

しかし今までの給料分の働きをと考えたビクトールだが、クレインからは今回の相談料として追加報酬があると言う。

「なんだか悪い気もするけれど。それならお金より、焼き物の窯を優先で建ててもらおうかな」

「承知しました。バルガスに伝えておきますね」

「うん、楽しみにしておこう」

遠慮せず 強請(ねだ) るところはちゃっかりしているものの、何にせよ相談役は前向きになった。

細かい地形の把握は必要になるが、実を言うと――ビクトールからすれば――この条件を満たすのはそう難しくない。

事実としてクレインと話している最中に、もう大まかな作戦を思いついている。

「さて、それでは始めるとしようか」

ビクトールはそう区切ると、手を叩いて立ち上がった。

彼は戸棚から白紙の紙を引っ張り出して、机の上に広げてからすぐに、手慣れた様子で地図を書き込んでいく。

ビクトールもここ半年ほどは領内をぶらぶらしており、周辺の地形は把握できていた。

だから少なくとも、アースガルド領内に関しては正確なものだ。

「各領主の関係性まで知れたらより確実ではあるけれど。まあ、まずは概要だけ聞いてもらおうかな」

「ええ、期待しています」

実際にいつ、どこで何を仕掛けるかは敵の情報に加えて、現地の視察まで終わらせた段階で判断することになる。

しかし大筋を説明するだけなら机上で済む話だと、彼はすぐに用意を整えた。

「いいだろう。望み通りに、完全勝利を狙ってみようじゃないか」

そう宣言したビクトールは、簡易な地図をさらりと書き終えてから。

頭の中で8割がた完成しつつある策を、クレインに提案し始めた。