軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第四十二話 足元を見ていく

王国歴500年9月1日。

クレインは密告作戦をした直後にまで戻り、アイテール男爵へ手紙を出した。

「側近として出迎えることができるような、有望な若手を探しています。大きな仕事を任せたいので、男爵の代官補佐を子爵家で雇わせていただけないでしょうか」

突然こんな内容の郵便物が届けば、普通の貴族は無礼だと怒る。

しかしアイテールからの返答は「仕方ないなぁ」という内容だ。

現雇用主は生来の気前の良さからあっさりと承諾し、むしろ部下の栄転を祝っていた。

そしてアイテールを間に挟みつつ、メーティス男爵家ともやり取りを続けて。

クレインは再び王国歴500年11月まで戻ってきた。

「ここまで、長かったな……というより、密度が濃い交渉だった」

これから領地の大規模開発をするために、有為の人材が大量に欲しいこと。

メーティス男爵家の三男が優秀だと聞いたこと。

彼がアイテール男爵領で代官補佐をしていると知り、男爵から移籍の許可を得たこと。

そんな内容をつらつらと書き、可能であれば引き抜きたいと、メーティス男爵家にも正面からお願いをしてみたのだ。

仲介役であるアイテールに何か借りがあるのか、メーティス男爵も深くは追及して来ず。

本人が乗り気なこともあり、移籍は決まった。

「アイテール男爵からすればメーティス男爵家への貸しをウチに貸し替えってところか……商売上手と言えば商売上手だ」

取り立てて大きな産業の無いメーティス男爵家から、上り調子のアースガルド子爵家へ恩を移し替えた。

しかも男爵家同士は元から仲が良く、貸しの一つや二つ減ったところで問題は何も起こらない。

「今回の件で誰が一番得をしたかと言えば、間違いなくアイテール男爵だよな」

むしろ第一王子のアレス――次代の王の最有力候補――と親しいアースガルド子爵を紹介するという形で、恩が上乗せされたくらいだ。

マリウスが抜けても十分過ぎるほど領地を回せるので、アイテールに痛手は無い。

「北侯から紹介の頼みがあれば誰か別な人をと言い含めたけど。どう転ぶかな」

先日悩んでいた問題には、あっさりと結論が下されている。

つまり武官の採用を優先するか、侯爵家への遠慮を優先するかだ。

結果としてクレインは、ラグナ侯爵家からの悪印象をある程度我慢する方向で――マリウス他、武官たちの獲得に踏み切った。

「まあ怒ったらその時はその時だ。何も起きなければ何も問題は無いし、多分大丈夫だ」

ビクトールたちを引き抜いた時点でそれなりの失点ではある。

そこに上乗せが起きたくらいで何だと言うのだ。

致命的な確執が生まれるならば別として、多少の悪印象ならば侯爵家は我慢せざるを得ない。

何故なら侯爵家は今後、少なくとも二年ほどの間は西侯と争うからだ。

「大局的に見れば、北侯がウチに手を出せるわけがない……はず」

クレインはヨトゥン伯爵家と婚姻する予定で動いているので、このままいけばかなりの勢力を得ることになる。

西との小競り合いが戦争に発展したタイミングで、仲が良いわけではないが、悪いわけでもない中立勢力に喧嘩を売るなどあり得ない。

わざわざ敵に回すメリットが無い上に、旗色が不明なままにしておくには怖すぎるので、味方にするしかない。

クレインが西侯と手を組むつもりがないとしても、仮に西と南から二正面作戦を強いられれば、困るのはラグナ侯爵家の方だ。

つまりラグナ侯爵家が置かれた立場をよく考えた結果、クレインは足元を見ることができた。

これくらいなら我慢せざるを得ないだろうと。

「間もなく西侯との戦いが激化する上に、東の動静もよく知らないだろうからな。同盟を組まないという選択は、向こうには無いはずだ」

そう割り切って腹を決めたクレインは、あっさりと武官たちの再獲得に踏み切った。

むしろ大変だったのは、洒落た言葉遣いで延々と遠回りな内容を伝えるための、手紙を書く工程である。

「……もっと直接、端的に伝えてはダメかな?」

「風流から相手の教養を推し量る方は多いので。ここは季節のお話を」

ブリュンヒルデから何度も指導が入り、挙句には筆跡の練習まで入る有様で。

今回の作戦で最も長かった作業は、手紙の練習だ。

「なあ。俺の字、そんなに汚くはないだろ?」

「字の上手い下手で、交渉の結果が変わることもございます。クレイン様の字は癖があるので、この機会に修正しましょう」

普段のご機嫌伺いではなく、多少無茶を言うお願いのための文章である。

些細なミスも許されない。

鬼の秘書に徹底した矯正を受けて、合格点が出るまでに十通の手紙を書いてからがスタートラインだった。

「……まさかやり直しのおかげで、字まで上手くなるとは思わなかったよ」

しかしいくら旧友の息子が頼んできたからと、有望な若手を易々とヘッドハントさせてくれるものだろうか。

そう心配したクレインだが、友人の子息を紹介できるだけの信用は先に確保されていた。

届いた返信には「ビクトール先生が動くくらいだから、将来性があるのだろう」と書かれており、それが決め手だったそうだ。

アイテールから見ても、クレインの――というよりもビクトールの――社会的信用は高かった。

「やっぱり先生を、味方に加えておいてよかったな」

仕事はいくらでもあり、マリウスには部門を一つ統括してほしいと伝えてある。

外様が増えたので、信頼できそうな家に仲介を頼み、側近を揃えたいという大義名分付きでだ。

当主のクレインが直々に、無理を言って出迎えようとしているのだから。これは代官補佐よりも確実に栄達できる環境と言っていい。

最終的にはそう時間を置かず、関係者全員からの承諾が得られた。

このように、勤務先への移籍交渉は特に問題も起きず終わっている。

そして実家への連絡も、これまた拍子抜けするほど上手くいった。

更に言えばメーティス男爵本人までが子爵領へ興味を持ち、新しい交流の道が少しだけ開けている。

遠回りした分、少しだけ人脈が増えた結果に落ち着いていた。

「しかし これ(・・) を見ると、最速で連絡していなかったら間に合わなかったな。……動きが早過ぎるんだよ、北侯は」

そんな話がついた三日後には、ラグナ侯爵家からアイテールへ人材紹介の相談があったというのだ。

連絡を受けたマリウスがアースガルド領へ旅立った後でもなければ、子爵家からの提案を白紙撤回して侯爵家へ鞍替えする案件だろう。

アイテールから追加でやってきた世間話の手紙に戦慄しながらも、どうにか人材は勝ち取れた。

「そろそろ、か」

マリウスはもうじき到着する。それを再認識して窓の外を見ていれば、仕官者の選抜を終えたブリュンヒルデが入室してきた。

「お疲れ様。見どころがありそうな奴はいたか?」

「何名かはおりました」

自発的に仕官してこない層で、ピーターが手紙を送った者については全員の仕官が決まっている。

現時点で集まらなかった人材がどこに消えたのかは諜報部に調べさせ、続く戦いで不都合が出るなら再獲得。それが今後の方針だ。

武官の数が変わらなければ、文官の数が増加した分だけ強くなっている。

バランスを考えればここが最高なので、あとは見どころがある若手を鍛えて補充するしかない。

ここに関してもそう割り切り、方針をそのように定めていた。

「それは何より。残りの執務は任せるよ」

「……なるほど、来客の予定が一件ございますね」

「ああ。直接話したいから、あとは頼む」

選抜試験で選ばれる者は前回までと同じ顔触れだ。

招聘した分だけが増えていく状況ではあるが、この様子ならば東伯戦の時に集まる武官の数は過去と同程度になるだろう。

そう考えたクレインは前向きな気持ちで、出迎えの用意を始めた。