軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第二十三話 失うものなど何も無い

「ヘルメス商会は東伯を援助するために、南伯へ圧力をかけている。俺の見立てでは一年と経たずに縁が切れるだろうな」

王国歴501年の秋になればヘルメス商会が南伯への攻勢を強め、502年の1月を越えれば完全に手が切れるだろう。

順当に行けばそんな未来が訪れると、クレインは今までの経験から分かっている。

だから自信満々で告げれば、サーガもその言葉の意図をすぐに察した。

「それまでの間は大人しく過ごし、その後に人生をやり直せと」

「話が早くて助かる」

南伯の領地から出た横帆船は、任務が終われば当然南へ戻る。

そのまま一年ほどヨトゥン伯爵領に潜伏し、近隣からヘルメス商会の人間が消えた辺りで、名前でも変えてやり直せばいい。

アースガルド家、ラグナ侯爵家との同盟を結ぶ未来ならば、ヘルメス商会は伯爵領から全撤退することになる。

多少の密偵は残るだろうが、南エリアの担当が東の商会長を知っている可能性は低い。

彼の今後については然程の心配もいらなかった。

「だから今やることは、財産の持ち出しだ。海に近い支店の財産は土産に貰っていけ」

東伯の領地南側には海がある。

船の往来など珍しくもないし、現時点で南伯と敵対しているわけでないどころか、東伯としてはむしろ味方に引き込みたいと思っている時期だ。

事を荒立てるのは悪手なので、南伯所有の船なら無検査で入港できるだろう。

密輸をするのに、これほど適した船も無かった。

「行きは南伯の船にも交易品を積む予定で動いているが、帰りに積むのはサーガ商会の財産だ」

「隠れ蓑には最適ですな」

ヘルメス商会から奪われる前に、商会の保有する財産を引き上げる。

運べない品は安値、又は捨て値で売り捌いてしまい、売り上げは持ち出すか従業員への賞与に充てる。

後に残るは運営不可能になった空の店舗と、売れそうにない商品が詰まった倉庫だ。

利権も格安でどこかの商会に売り払い、要らない利権を高値で掴み、搾りかすとなったゴミの山を築き上げること。

そうして施設や従業員まで含めて、残らず不良債権化させてやるのが今回の目的だ。

しかし敵も間者対策は入念にしているので、検査のされにくい船に乗り、海上から仕掛けに行くというのは一つのポイントだ。

「ヘルメス商会には、びた一文儲けさせるな……ということでよろしいですか?」

「そこだけじゃない。東伯を支援するような商会は全部だ」

今はアースガルド領への巨額投資を決定した直後であり、サーガ商会へ価格競争を仕掛けて資金を消費したヘルメス商会へ、更なる出費を強いることができる作戦だ。

商会全体の現金を減らせば工作費も減るだろうという目論見もあり、もちろん損をさせるところまでいければいいが、最低でも利益は出させないことが目標となる。

「東伯やヘルメスの 計画(・・) に賛同していない商会も、まだ残っているよな?」

「もちろんです。明確に反対した勢力はほぼ粛清済みで、中立の私もこのザマですが……。何も知らされていない方が多数派ですから」

「それなら敵味方を見分けるのは簡単そうだ」

東伯へ積極的に協力しておらず、まだ潰されていない商会はいくつか残っている。

そこに安値で品物を卸し、中立勢力の延命を図ることも妨害の一環だ。

これは過去にヘルメス商会の支店長を脅して、安値で買い取った在庫で大儲けしたスルーズ商会の話と似ている。

サーガから捨て値で仕入れた商品を転売すれば、中立商会は定価で売るだけで大儲けとなるだろう。

「東側は身内で経済を回しているのだから、そうそう商会を潰せるわけがない。派手な手はそう何度も使えないと思うんだが……どうだろう?」

「ええ、その通りです。これ以上のテコ入れは経済に影響が出ます」

この作戦に成功すれば、東にいる中小の商会を支援することにもなる。

結果としては東での体制作りを遅延できるだろう。

サーガ商会から捨て値で売却された商品を転売して、元気になった中立商会を潰すのにまた安値攻勢でも仕掛けるなら、それも負担となってくる。

作戦がどこまで成功するかは未知数だが、サーガが東に戻るだけで、東側にとっては大打撃となる公算が高かった。

「極論を言えば東方異民族に物資を融通したいところだけど、できそうか?」

「国境には厳戒態勢が敷かれておりますので、それは難しいかと……」

「そうか、残念だ」

東伯や東候と敵対する国外勢力を援助してもいいかと思ったクレインだが、そこまで行けば外患誘致で死罪が待っている。

しかも監視の目が厳しいと言うので、そこは諦めることになった。

何にせよ、多少でもヘルメス商会の躍進が遅れればそれでいい。

東伯、東侯が援助している以上時間の問題ではあるが、覇権を握る時期を遅らせるだけで一定の妨害にはなる。

東側勢力の計画全体に乱れが生じ、決戦時に満足な支援が行えるかが怪しくなってくる見込みだ。

「そうだ。うちで面倒を見るから、懇意の商会も今のうちに逃がすといい。危険が無い範囲で」

「部下を経由して試してみます。恐らく……二つか、三つは動くはずです」

反乱へ協力的な勢力以外は没落すると、目に見えていた。

危険を冒したくない中立の商会も、真綿で首を締めるように苦境へ追い込まれているのだ。

サーガからすれば、懇意なところは説得で動くと思っている。

「それは重畳。作戦はこんなところかな」

中立商会に脱出を勧めて、東の手を少なくしてしまう作戦も副次的に付いてきた。

クレインが想定していた以上の成果が上がりそうでもある。

まさかサーガを生かして東に返すだけで、ここまで計画が前進するとは思わなかったクレインだが、彼にとってはプラスの出来事なので何の問題も無い。

「……子爵。この度のご温情、誠に痛み入ります」

予想を超えて計画への手ごたえを感じている一方で、彼が最も予想外だったものは、サーガの態度だ。

「気にするな。悪いのは全部あの爺さんだから」

「いえ。この借りと恩義はいずれ必ず。南で再起を図り、必ずお返しに参ります」

何の特徴も無いような顔した、普通の中年。

老舗商会の会長だというのに、どことなく頼りない雰囲気の男は――希望の光を目に宿していた。

東伯とヘルメスへの復讐心すら垣間見える面構えをしている。

失うものなど何も無く、徹底的にやってやるという覚悟をした男の顔だ。

吹っ切れた人間ほど恐ろしい者はいない。

今の自分がまさにそうだと思いながら、クレインは彼が味方に付いたことを確信していた。

「それならついでに、東側の動静についてもっと詳しいことを教えてくれ。最新情報を仕入れてくれると助かるな」

今回の件で恩を着せて、今後、何かの折に協力を願おうとも計算していた。

しかし自発的に申し出てくるとはクレインも思っていなかったのだ。

まるでトレックのようなことを言うと、苦笑するクレインの前に立ち。

サーガは深々と頭を下げる。

「帰りの船中にて東の情勢をまとめ、ヨトゥン伯爵家経由でお送り致します」

「そうしてくれ」

東伯は徹底して情報封鎖をしているため、未来でも仔細はそれほど摑めていない。

彼らの背後が一部でも判明するなら、それだけで成果はあったと言えるだろう。

新情報があるだろうかと期待するクレインに別れを済ませると。先導役のハンスに連れられたサーガは、屋敷の脱出用通路の一つから南へ向かった。

そして、彼を屋敷の端まで見送ってから――計画は次の段階に入る。

「……さて、俺たちはこれからもうひと働きだ」

「承知しております、クレイン様」

次に向かうのはヘルメス商会のアースガルド支店と狙いを決めて、クレインは横に控えるブリュンヒルデのことを見た。

まだランドルフたちがいない現状では、彼女が子爵領内で最強格の人物なのだ。

敵が不穏な動きをしたところで、用心棒の五人や十人、瞬く間に斬り捨てるだろう。

今回はブリュンヒルデのことを純粋な護衛として同行させられる。

荒事の可能性は低いと思っているものの、この女性騎士が味方というだけで安心感が違った。

「もう少し楽な態度でいいんだけど、まあ、気楽な交渉だ」

サーガを生かすことは、過去の行動から大きく外れている。

この動きを知ったヘルメスの動きがどう変わるかは未知数ながら、今すぐにやることは変わらない。

「さて、では俺の暗殺騒ぎを起こしたレストランのオーナーが、一体どういう誠意を見せてくれるのか――見に行こうか」

今回は穏便な交渉になる予定だ。

そしてハンスの代わりに、ブリュンヒルデを護衛として連れて行く。

過去と比べれば色々と違う点が目立つが、敵方に打撃を与える準備は着々と進んでいた。