軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第一話 全速前進

「え、ええと、クレイン様」

「どうした、マリー?」

「あの、どうしてこうなったんでしょう?」

最初はプロポーズを冗談と思っていたマリーだが、クレインがノルベルトに対し――

「一年以内に領地の収入を倍にできたら、結婚を認めてくれ」

という冗談のような提案を大真面目にして。

それが通ってしまったのだから、もう大変だった。

「クレイン様がやる気になられたのは喜ばしいことです、ので」

「まだ納得していなさそうだな」

「使用人と主君の結婚を、そう簡単に納得できるはずがございますまい」

ノルベルトも、クレインが本気なことは分かった。

その上で、真顔で領地の収入倍増などという条件を、自らが切り出してきたのだ。

実績を見せれば周囲を納得させる自信はあるので、苦難を覚悟の上なら止めはしない。

そんな考えで、ノルベルトは了承した。

「あの、当事者である私の意志は」

「なんだ、マリーは俺と付き合うのは嫌か?」

「え、えーっと。いや、それはやぶさかでないと言いますか……」

彼女が随分前から自分に惚れていたことなど確認済みなので、クレインは強気に出た。

いつになく強引に迫られたマリーとしても、戸惑いつつも喜んではいる。

「よし、じゃあ最速でやっていかないとな」

今後の人生では自重も遠慮もしない。

失敗したことの全てを、完璧にできるまでやり直すくらいの覚悟があった。

「まずはハンスとバルガスを呼んでくれ。作戦会議だ」

クレインの中で序盤のプランは決まっている。

集まるまでの間に、作戦をどう説明するかだけを検討して、彼は動き出した。

「で、何ですかい坊ちゃん。この地図は」

「ああ、この印が付いたところに銀の鉱脈がある。資材を運び入れて、今すぐに採掘場を作ってほしいんだ。早速で悪いけど道の整備から頼む」

集まった面々を見て、クレインはまずバルガスに、調査すら飛ばして鉱山の建築を命じた。

「いや、あの。調べてからの方がいいんじゃねぇかと」

「俺が個人的に調べた。確実にある」

「そ、そうですかい?」

自信満々に言い切られては、バルガスも言葉に詰まる。

しかし鉱山を作ろうとして、ダメでしたでは大損だ。

「でも、坊ちゃん」

「領地は安定してきたから、そろそろ改革していきたいと思っていたんだ」

一応止めようとはしてみたが、クレインの意志は固かった。

こうまで急ぐ理由だが、前々回までの人生であれば、最初の動き出しが最も遅い。

銀鉱床の調査にバルガスが数日をかけて、クレインと共に現地を視察して、そこから追加調査完了までに10日間ほどだ。

全て完了するまでは、最低でも2週間は必要になる。

更に、必要な機材を準備して、本格的な作業を始めるのに1週間かかる。

だから多少効率化しても、3週間のタイムロスは見なくてはならなかった。

「この地図を信じて直に建設へ漕ぎつければ、2週間は短縮できるんだ」

「2週間……そんなに急ぐもんですかね?」

バルガスたちから見れば、早くマリーと結婚したくて焦っているのかという印象だ。

人生80年のスパンで考えれば、2週間の短縮では何も変わらない。

しかし、実のところ期限は3年しかないのだ。

銀の収益が早期から手に入れば、全ての動きが早くなる。

多少無茶でも、クレインはここを譲る気はなかった。

「前々から用意していたプランを実行するだけだ。これで空振りなら今後は一切の無理をしないと約束するから」

「へいへい、分かりましたよ。今回はまあ、信じますか」

「じゃあ、次」

そこまで言うならと了承したバルガスに向けて、クレインは次の仕事を命ずる。

手渡したものは数枚の図面――農具の設計図――と価格表だ。

「これはヨトゥン伯爵領で制式採用されている農具だ。今後はこれを普及させたい」

「え? あの、坊ちゃん!?」

「お婆様が持っていた本の中に、古ぼけた設計図があった。盗んだわけじゃないんだから堂々と使おう」

もちろん嘘だ。前々回の人生で大まかな設計図を暗記してあり、それを会議までの間に図面に起こしていた。

農具一つで開墾の効率が段違いなのだから、最初期から準備をして、いずれ降りかかる食料問題に対し、自領で賄える分を増やしておこうという算段だ。

アストリとは何が何でも必ず再婚するくらいの心構えでいる。

彼の中では既に南伯の一門衆となることが確定しているため、先払いで拝借していた。

「責任は俺が取る。バルガスは鉱山の建築と同時に、鍛冶師にこれを作らせてくれ」

「ええと、価格表まで付いて。……ああ、忙しくなりそうだなこりゃ」

今稼働している鉄鉱山の生産品を、既存の農具から置き換えるだけで済む。

実現可能な計画ではあるが、生産ラインを丸ごと入れ替えるなら大仕事だ。

当然のこと激務が待っているため、彼は少し遠い目をしていた。

しかしどこまで納得したかは別としても、バルガスは受け入れたのだ。

ならばと、クレインは次の指示を出す。

「ノルベルトはこれをヨトゥン伯爵家に届ける、使者になってくれ」

「……こちらは?」

「畑の借地契約書。借りられるだけ借りるつもりだけど、向こうが貸せる最大まで交渉してほしいんだ」

続いて出てきたのは。毎回、やり直す度に結んできた契約書だ。

南伯の領地にある畑を一括で借りて、今夏にある冷害に強い北方種の穀物などを育てる計画であるが、目標とされる規模は今までの3倍だ。

全部が実れば、現在のアースガルド領では絶対に消費しきれないほどの量となっている。

「く、クレイン様……」

「一つでも失策をすれば、今後、何があろうと絶対に無茶をしない」

「そ……そこまで、仰るなら」

子爵家当主が断固として決定するのだから、最終的にはその判断が尊重される。

それにしても大暴れだった。

あるかも分からない資源の採掘体制を、いきなり整えにいき。

南の覇権を握る家の機密道具を、堂々と大量生産し。

その家が管理する畑を、根こそぎ貸してもらえるように交渉をして。

しかもまだ何かやる気だ。何も言われていないハンスは、戦々恐々としていた。

「あ、あの、クレイン様。私は何を?」

「ハンスには移民と大工の管理をしてもらう」

「移民を呼ぶのは、まあ、分かりますが……大工?」

アースガルド領での数少ない職業軍人筆頭。そのハンスが大工の管理をさせられると聞いて、唖然とした顔をしていた。

が、クレインの 説明(おいうち) は止まらない。

「ああ、衛兵隊は一時的に解体する。ハンスは指揮をしながら、大工の親方仕事を覚えてくれ」

「ほあっ!?」

どうせ領地に人が増えるまでは、大した事件も起きない。であればもっと、衛兵隊を有効活用する道があるはずだ。

そう考えた結果がこれだった。

「戦いに向かなさそうな衛兵には、大工仕事を覚えさせるんだ」

「え、いや。クレイン様」

「畑仕事も減らして、とにかく家を……長屋を大量に増やしていこう」

出稼ぎ労働者が住む場所の確保は急務となる。

大商会が不動産事業に力を入れてからは、混雑も緩和されたとはいえ、移民受け入れの当初は大混雑していた。

それこそ鉱山の詰め所で、雑魚寝を強いるほど住居が足りない。

住居の問題が解決されれば労働者の不満が減り、治安は良くなるのだ。

後々住宅不足で悩むことにもなるので、これはやらない理由が無かった。

少なくともクレインの中では。

「最終的には工兵でも目指してもらおうかな」

「何に使うんですか、そんな兵科……」

「まあいずれ必要になるよ」

現状では不要だが、将来的には東伯戦を見据えた砦の建築も待っている。

だからアースガルド領に元からいる衛兵たち。気性が穏やかで戦いに向かない半分農家のような兵士は、工兵として育てようとしていた。

これだけでも度肝を抜かれていた家臣たちへ、クレインは更なる 説明(ついげき) に打って出る。

「で、俺はその間に王国北部へ行ってくる。それが終わったら王都に寄るから、これから2ヵ月くらいは留守になるかな」

「これだけ命じて、どちらへ!?」

「人材獲得の旅」

鉱山の調査や整備を完全にバルガスへ任せれば、初期の準備は今までと1ヵ月半ほどのズレで済むだろう。

多少時期が前後しようと、全く問題は無いと判断していた。

「ということで。俺が不在の間は特に、全力で頑張ってほしい」

「どういうことですか……」

ハンスに振られた仕事は特に意味が分からないとしても、それらは全て重要なことだ。

しかし配下たちからすれば、意味不明なことには違いない。

「むむ」

「なぁ」

「いや……」

ノルベルト、バルガス、ハンスの三名はしきりにアイコンタクトを交わしている。

クレインは正気なのか。共通の疑いが生まれたが――残念ながら彼は、どう見ても正気だった。

「じゃあ、マリーは連れて行くから」

「お待ちくださいクレイン様。マリーとはまだ……!」

「結婚がまだ先なのは分かっているけど、北で暮らすなら従者が必要になるからさ。……ああそうだ、アイテール男爵に紹介状を書いてくれ」

止めようとしたところで更なる仕事が振られ、ノルベルトは絶句した。

異論を挟む余地が無いほど自信満々に仕事を振ったものだから、思わず頷いてしまった。

クレインは側近たちの戸惑いを一顧だにせず、手を挙げて堂々と言い放つ。

「なりふり構っていられない。さあ、全速前進だ!」

何をそんなに生き急いでいるのか。

何か悪いものでも食べたのか。

色々と異論は挟みたい家臣たちであったが、そこはもう勢いだ。

説得力に欠ける政策を、クレインは勢いだけで強引に承諾させた。

「よし、じゃあ旅支度だな」

「あの……まさか」

「ああ。まだ日は出ているし、1時間後に出立する」

「ええっ!?」

つまり1時間以内にクレインの旅支度を整え、馬車の手配をし、その間にアイテール男爵への紹介状を書くのがノルベルトの仕事だ。

「さあボヤボヤするな。やると決めたら全力だ」

その言葉は、己に言い聞かせる面もあった。

しかし何はともあれ、彼は今までの人生で積み上げてきた全てを利用する。そう決めたのだ。

今回の人生は最初から、全速前進の全力全開で、立ち止まることは無い。

全てのことで最高の結果を出すべく、クレインは進撃を開始した。