軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55回目 故郷が滅びる前に

日時は王国歴503年3月23日。

アースガルド領の滅亡まで、あと一週間となった。

領地に帰ってからすぐに、クレインは家臣たちへ指示を飛ばしている。もうじき戦火に巻き込まれるから、すぐに領地を離れろと。

事前に打つ対策は集団疎開のみで、領民を逃がす作業の大部分は既に実行されている。

「クレイン様。計画はじきに完了します。ですが……」

「何も言うな。分かっているから」

クレインの執務室へ執事長のノルベルトが訪れ、各種の報告を行っていたのだが。

両者、浮かない表情をしていた。

再会を喜ぶよりも早く、避難の指示を出し始めたクレインだが。それは侯爵家が侵攻してくるという、家臣たちからすれば荒唐無稽な話だ。

「アースガルド子爵家は滅亡する。それはもう避けられない」

「……では、最後までお供を」

しかし、王都での噂はマリーとトムも聞いている。

そこら中が噂で持ち切りだった上に、実際に軍勢が駐屯しているのだから間違いようがない。

だから彼らは話を信じて、領民たちも滅亡を前提に動き始めていた。

「死ぬ気は無いよ。いざとなったら逃げるからな」

「ええ、最後までお仕え致します」

三代に渡り仕えた忠臣は、この段階になってもまだ仕え続ける気でいる。

その他にも、ハンスは泣き言を言いながらも働いているし、バルガスも避難民の整理を全力で行っている。

屋敷の使用人も大半はこの地に残ることを選び、彼の近辺にいた人間は誰も逃げ出そうとしてなかった。

最後まで付いて来てくれる者の多さに驚いたクレインだが、それは領地全体で見ても同じことだった。

「移住を望まず、残る者が六割ほどか」

知らない土地で野垂れ死にするくらいならば、住み慣れた故郷で死にたい。

敵軍に保護されて、そのまま生活することができるかもしれない。

領地に残った者たちは、そんな考えで居残りを決めていた。

「誰も皆、この地を愛しているのですよ」

「……そうだな」

しかし、そう言うノルベルトの表情は暗い。

残ったとしても虐殺の憂き目に遭うことは、クレインが敵将から直々に聞いているからだ。

一方で逃げた者たちの未来も暗い。

流民の扱いなど最底辺であり、領地によっては治安維持のために殺される。

子爵家の財産を放出して、当面の生活費を出すことだけはできた。

しかし冷害から持ち直せていない領地が多いのだから、彼らを受け入れてくれる領地があるかは分からない。

そこは難民が移動する先、ヨトゥン伯爵の良心に頼るしかなかった。

「して、クレイン様。敵が攻め寄せて来る時期ですが」

「口ぶりからするに、4月の頭だろうな」

これは嘘だ。ランドルフは3月の末に到着すると言ったし、実際にはもうラグナ侯爵軍を中心にした連合軍の進軍は始まっている。

しかし初回の人生となるべく似せるため、家臣たちに誤った時期を伝えていた。

ギリギリまで残り仕事をすると、クレインがこの地へ留まる理由を付けるためだ。

「……巻き込んでしまうな、皆」

「どうしようもないことです。クレイン様に、非はございません」

己に非が無いのか。

そのフォローを聞き、クレインは考えてしまう。

領地を発展させておけば、蹂躙されることはなかったのではないか。

そうは考えるが、既に状況は動き出した。

避難民の脱出が終わる頃には敵が現れるだろう。

いずれ現れる敵のことを思い西の山を見れば。

その傍らでは、ノルベルトが苦笑していた。

「しかしマリーのことは叱ればいいのか、祝えばいいのか。今となってはもう分かりませんな」

「祝福してくれ。人生で、最良の出来事だったから」

領地に帰ってすぐ、マリーとのことは話した。

付き合って3年近くになること。

そして、彼女が妊娠していることを。

「妊娠して、もうすぐ半年だ。あまり無理はさせたくない」

「そうですな。マリーは先に、どこかに逃がして――」

「ダメですよ。残りますからね」

二人がそんな会話をしていれば、頬を膨らませたマリーがやって来た。

今の彼女はメイド服ではなく、ゆったりとした私服を着て部屋の入り口に立っている。

「私だけ逃げて、未亡人だなんて嫌です」

「また、そういうことを……」

「私を死なせたくなかったらクレイン様も、さっさと逃げればいいんですよ」

そう言って鼻を鳴らすマリーは、クレインがギリギリまで領地に残ろうとしていることを知っている。

だから、早めに逃げなければ自分の命も危ないぞと、己を人質にしていた。

「……分かったよ。月末には逃げるから。マリーは明日にでも出てくれ」

降参とばかりに両手を上げたクレインは苦笑しているが、問題はこれからどこへ逃げるかだ。

「北へ行くんですか?」

「どうだろう。南へ逃げた方が安全だと思うけど」

まさか北候も、敵が自分のお膝元に逃げてくるとは思わないだろう。

しかしアイテール男爵家の使用人を始めとして、クレインとマリーの顔はそれなりに知られている。

難民の多くは南へ逃がしているので、そこに紛れ込めば安全だ。

ランドルフが見逃したものに、本腰を入れて追おうとはしないだろう。

アースガルド領以外に目的があるならば、クレインたちの優先順位はそう高くないはずだと予想できたので、南に逃れるというのは一番現実的な選択肢だ。

「いや、でも。侯爵本人が介入するとマズいか」

しかしランドルフが見逃したとしても、いずれ残党狩りが始まれば逃げ切れるかは怪しいところだ。

ならばとクレインは別な方向を見る。

「俺たちは、東方へ逃げた方が安全かもしれない」

「東の情勢は、我々でもよく分かりませんからな」

外界と隔離されたような独自文化を持つ、東方に逃げ込めば追手もかけにくい。

数か月間だけでも逃げ延びればいいのだから、クレインからすれば東の方が確実に思えていた。

今回の人生でやる最後の仕事は北候の動向を知ることのみ。

であれば、一時的な処置でいい。

一ヵ月ほどの安全が確保できれば、敵の動きも見えてくるだろう。

最低でもその間だけ生き延びればいい。

そう結論付けたクレインは、向かうなら東と方向を定めて命じる。

「ノルベルト。まずはヘイムダル男爵領に向かうから、使いを。それから荷物は先に運ばせておいてくれ」

「承知致しました」

初回の人生と比べれば、居るべき位置にいない人間が多いとは言え。

大筋の流れが同じならば問題は起きないだろう。

ノルベルトたちにこれ以上の仕事をさせなければ、当日は同じ動きが起きるはずだ。

彼はそう見ている。

そして東方勢力がラグナ侯爵家と結んでいる様子も無い。

むしろ東の領地がいくつか接収されることになったので、勢力的には恨みを持っている状態だと予想できる。

ランドルフが指揮官でいるうちに、東候の領地近くにまで逃げてしまえば逃亡は完了だ。

だがクレインは、初回の人生のことなどもう朧げにしか覚えていない。

現時点で何か失敗をしていないかと思い、過去を思い返せば。

「……うっ」

「クレイン様!」

意識が少し遠くなり――瞳に焼き付いた虐殺の光景が蘇った。

逃げ惑う人々が、残らず殺されていき。

建物という建物に火が放たれて。

故郷の全てが滅びていく様。

朧げではあるが。その光景が再び、彼の瞳に浮かぶ。

「いや、何だか眩暈がしただけだ。俺は、大丈夫だから」

彼はフラッシュバックにより、頭痛と吐き気に苛まれたものの。

すぐに気を取り直して、手で二人を制する。

「雑事は私に任せて、もうお休みになられてください。マリーも、今日はもう寝なさい」

「……分かりました」

クレインの顔色が悪く、周囲の人間は心配そうな素振りを見せていた。

しかし、これから待ち受けるものを考えれば無理もないと、沈痛な面持ちのまま押し黙るしかない。

「そうだな。……何かあれば起こしてくれ」

避難誘導もほぼ終わり、これ以上やることは無いのだ。

もし何かがあってもノルベルトとバルガス。そしてハンスに任せておけばいいだろうと。

クレインは早めに就寝することを決めた。