軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

55回目 返答は否

「あ、クレイン様! お帰りなさい!」

「ただいま、マリー」

玄関に入ってすぐマリーがいて、ドアを閉めると熱烈なハグをする。

結ばれて二年以上経っても、彼らは新婚家庭もかくやという熱愛っぷりだった。

「お風呂にします? 夕食にします? それとも」

「お風呂で」

「……はいはい、火起こしはしておきましたよ」

このやり取りも数十回と繰り返しているが、稀にマリーを選ぶときがあるので、彼女も一応聞くことにしていた。

「そろそろ本格的に冬だからね。追加で薪の用意をしないと」

滞在している別荘も豪華ではないが、風呂が付いている。

しかし既に時期は年末まできていたため、薪は湯沸かしだけでなく暖炉にも使うのだ。

そろそろ買い足そうかと買い出しの予定を思い浮かべるクレインへ向けて、マリーから手紙が手渡された。

「ああ、いえ。トムさんから手紙が来てましたよ」

「トム爺から?」

受け取って内容を見れば。

歳のせいで行商が辛いこと。

アースガルド領は何も変わりないこと。

もうすぐ迎えに行くこと。

そんなことが綴られていた。

届けにきたのがヘルモーズ商会と聞いて懐かしい気分になったクレインだが、それは期限を伝える手紙でもある。

「そうか……トムが迎えに来て、領地に帰った頃にはいい頃か」

「お迎えが来なければ、三年いっぱい使いそうでしたもんね」

「正直に言えば、多少越えたかもしれない」

領地経営の義務から逃げる気がないとは言え、遠隔地にいても統治はできるのだからクレインの心もかなり揺れていた。

平和が訪れたとしたら、気楽な隠居生活をするのもいい。

その考えは間違い無くある。

しかし代官に任せて北に逗留しているアイテールですら、年に一度か二年に一度は領地へ戻っているのだ。

クレインもここに来て二年経つので、いずれにせよ領地には顔を出しておく必要があるだろう。

「まあ、一度戻らないといけませんね」

「そうだな。アイテール男爵に別れの挨拶をして……そうだ、ビクトール先生にも伝えておかないと」

「先生も楽隠居になっちゃいましたし、急に授業が増えたら過労が心配ですねぇ」

クレインの受け持ち分までビクトールに戻すのだから、それは大変になるだろう。

それはそうだが、帰るのは約束だ。

「俺が教えること前提で、受入数が増えていたからな……。まあ、とりあえず明日挨拶に行ってくるよ」

ビクトールはまだ四十歳手前で、隠居には少し早いのだが。今では仕事が半分ほどになったので、悠々自適に釣りや詩歌などを楽しんでいた。

数年以内に塾を門弟に譲り、旅に出るのが目標らしく。

クレインに継承する準備をしていたのだが、その話も一旦差し止める必要はある。

「そこから先の話はノルベルトとも話して決めよう。俺も手紙を書くよ」

「分かりました。順調にいけば再来週くらいには来るそうなので、それまでにお願いしますね」

そう言いつつ夕食の用意に取り掛かったマリーと一度別れて、クレインは自室にある書斎へ向かった。

そして机の引き出しから、前々から用意していた北候への手紙を取り出す。

「情勢が不安定で、寄親を求めている。多少の距離はあるが、南方への備えに当家を加えていただけないか……。これでいいよな」

その言葉を貴族らしく長ったらしい文章に変換して、既に書いてある。

この手紙を投函するのはいつにしようかと迷ってはいたが、西侯との戦いが本格化してくる、王国歴502年以降にすることは決めていた。

今のクレインは十七歳になり、立派な大人だ。

きちんとした礼服を着て行けば、使者として認めてもらえるだろう。

「これが通らないはずもない」

詳しい戦況は情報封鎖にあっているとしても、西候との戦いが激化していることは広く知られている。

この状況で東と南から攻め寄せられれば一大事だ。

少しでも味方を増やして、備えを固めておきたい。

侯爵家はそう判断すると確信していた。

「でも俺は……どうすればいいんだろうな」

問題は、これが通ってからどうするかだ。

彼も本音で希望を言うなら、このままこの地に留まりたいと思っている。

ビクトールから塾を引き継いで各界とのパイプを緩々と増やし。

子爵として最低限の義務を果たしながら、平穏に生きる。

彼がやりたいことはそうだ。

しかしまずは領地を守らなければいけない。

何にせよ、それだけはやる必要がある。

「まあ、まずは手紙を出してからだ」

望みと責務の間で揺れ動きながらも。

ひとまずは侯爵家と、どの程度の関係を結べるかで展開は変わってくる。

だからクレインも一度問題から目を離し、マリーが作った夕食を食べてすぐに、この日は就寝することにした。

翌日、ノルベルトにも近々帰るという手紙を出した。

その後ビクトールやアイテール男爵といった世話になった者たちにも、一旦地元に顔を出してくると、挨拶をして回り。

門弟たちからは送別会の予定まで組まれた。

「一度戻るってだけで、そこまで長くは掛からないかもしれないのに」

「それでも半年くらいは戻って来られないでしょう?」

「卒業したらもう会えない者もいると思いますので、是非」

クレインが領地へ戻っている間に、教え子の何人かは仕官を決めるだろう。

今生の別れになるかもしれないのだから、送別会についても拒否するような理由は無い。

「店はどうしようか?」

「じゃあ俺、うちが出資してる酒場を貸し切ってくるよ」

門下生たちは早速、明日の夕方に酒場を貸し切ると決めた。

出席者が名家の子息ばかりなためか、少し豪勢な送別会になりそうだ。

教え子に見送られて故郷へ帰るのだから、これも良い人生だろう。

クレインはそんなことを思って微笑んでいた。

そうして段取りを全て終えてから、更に一日が経った。

クレインは礼服を着て家を出ると、侯爵家の本邸を訪ねる。

傘下に入りたいという打診を届け終わり、これで、彼が北の地で行う全てが終わったことになる。

そして侯爵家へ届けた手紙への返信は、その場ですぐに返ってきた。

返書を屋敷へ持ち帰り、クレインが書斎で封を切ってみれば。

その内容はシンプルだった。

返答は、否。

アースガルド家を傘下に加えることはしない。

それだけ書かれた手紙が返ってきた。

「な、なんでだ?」

それは全く予想だにしていない結果だ。

クレインはこの提案が、ほぼ確実に通ると思っていた。

しかし侯爵家は「アースガルド家と友誼を結ぶ気は無い」と、はっきり拒絶の意向を示している。

「状況からしたら、あり得ないはずなのに」

西方との戦いは既に始まっており、前回の人生よりも多くの兵を南と東に割いていること。それは事実としてある。

子爵家が前世ほどの規模ではないとしても、千か二千の援軍を出せるのだ。

そもそも背後に中立勢力を置いておくくらいであれば、味方にした方が確実に安心できる。

従属を拒否する理由が分からず、クレインは混乱していた。

「一兵でも多く戦力が欲しいところだろうに。味方入りの打診を、この状況で撥ねつける……のか?」

ラグナ侯爵家の戦力は、前世から見ればかなり落ちている。

ヨトゥン伯爵家の支援が無ければ、経済圏を築いていない分もロスしている。

第一王子が暗殺されていない以上、反北候の勢力は中央で健在だ。

東への抑えへ割く兵も増やさなければいけない。

前世よりも状況は悪いはずなのだ。

だからクレインには、わけが分からない。

「それでも完全勝利する自信がある。そういうことなんだろうか」

しかしそうなれば、今回の計画は根本から崩れる。

友好関係にならなければ、数か月後には軍隊が送られてくるはずだ。

クレインが領地を離れていること。

元配下の何名かに、多少の援助をしてきたこと。

飢饉を避けたこと。

やったことはそれだけだった。

金庫の中身が多少増えたくらいで、根本的には何も変わっておらず。

このままでは初回の人生通りに事が進むだろう。

「どういう判断をしたらこうなるんだ……畜生」

しかしこの状況で、味方になりたい勢力を敢えて遠ざける意味も無いだろうと。

ラグナ侯爵の考えが読めず、クレインは自室で一人頭を抱えていた。

しかし、そうして唸ること五分ほど。

最初の人生とは位置関係が全く違うことに気づき、顔を上げる。

「待て、幸いにしてここは北候のお膝元だ。侯爵の考えを知っていそうな人物……」

誰か、侯爵家当主の考えを知っていそうな人間に聞けばいい。

そう思い選択肢を思い浮かべる。

この地に住んで長いというアイテール男爵か。

それとも侯爵家の文官とパイプがありそうなビクトールか。

彼の中で有力なのはこの二人だ。

「……ビクトール先生、かな」

いずれにせよツテはあるだろうが、男爵が多少の社交をしているとしても、どこまで深い関係かは未知数だ。

確実さを考えて、クレインはビクトールを選んだ。

「男爵が侯爵家と、どういう関わりを持っているのかは分からないからな」

ビクトールは私塾の門弟を侯爵家に推薦していることもあり、出入りは自由とも聞いていた。

時折何かの式典にお呼ばれして、クレインに塾を任せていくこともあった。

「先生なら渡りを付けてくれるかもしれない。まずは動こう」

そうと決まれば話は早い。

時刻はまだ昼過ぎなので、今から向かえばビクトールは在宅中の時間だ。

そう思い、クレインは外套を摑んで一階へ駆け下りる。

「マリー、出かけてくるよ」

「あれ? 送別会は夕方からじゃなかったです?」

「その前に、もう一度先生のところへ行ってくる」

予定よりも早い外出に、マリーは少し驚いていたが。

クレインはすぐに家を飛び出して、私塾へ向かった。

しかし私塾を訪ねても、留守だった。

クレインは到着してから二時間ほど待ってみたものの、帰って来る様子はない。

「戸締りをしているところを見れば、どこかで名士と食事会という可能性もあるな。どうするか」

クレインのように塾へ飛び入りしてくる方が珍しく、大抵は親が事前に話を付けにくるのだ。

今は年末で、来期の受け入れについての相談が多い時期でもある。

「捕まらないものは仕方がない、か。……そろそろ、生徒たちが送別会を開いてくれる時間だ」

トムがやって来るまでには、まだ十日くらいの時間がある。

まだ日数に余裕があるので、焦る時期ではない。

そう結論付けて、彼は先ほど思い浮かべなかったもう一つの選択肢を選ぶ。

「……仕方ない、まずは門弟の方から探りを入れよう」

名家の出身が多いだけあり、彼らの親は要職についている者も多い。

実家からクレインの生徒に何かの情報が伝わっていないか。

賭けに近いとしても、今日できる動きはそれを調べるくらいだ。

トムが迎えに来る、十日後までに準備を整える。

彼はそう決めて、待ち合わせ場所の酒場へ向かった。