作品タイトル不明
65. 暴走する賢者たち
帝国立魔法学院内にある、重厚な調度品が並ぶ試験官用の控室。
香り高い紅茶の湯気が立ち上る中、三人の八賢者による一次試験の総評が行われていた。
「難易度がめちゃくちゃですよ」
ガンダールヴルが、頭を抱えるようにして深くため息をつく。
「正直、いつもの難易度を遥かに超えていました」
(暴走する大師匠様を止めきれず、受験者には申し訳ないことをした)
と、ガンダールヴルは深く反省する。
「馬鹿か。魔導士には、これくらいの強さが必要なのだ」
ファフニールが腕を組み、鼻で笑って言い捨てる。
「魔族や魔王がそこら中をうろつき、暴れ回っていた、救国の英雄にして初代・二代・三代八宝斎であるノア・カーター氏が生きていた頃と比べたら、大したことはない」
ノア・カーター。初代皇帝にして、この帝国を興した英雄である。
「大師匠。前から気になっていたのですが、その、初代・二代・三代とは一体なんなのですか」
ガンダールヴルの問いに、ファフニールは面倒くさそうに片目を開けた。
「やつは二度転生しているからな。そして、その都度八宝斎の座を継いだのだ。やつが三代目の時に、余が四代目として後を継いだ。ゆえに、やつは初代・二代・三代を名乗っているのだ」
(理屈はわかったが、自分が初代から三代までを自称するのってなんだかおかしいような。救国の英雄を馬鹿にするわけではないが、ひょっとしてノア様は少し抜けていたのではないか。まあ、口が裂けても言えぬし、歴史書にもそんな記述はないが)
心の中で密かに不敬なツッコミを入れつつ、ガンダールヴルは渋い顔を取り繕った。
そこへ、車椅子に座るラーズスヴィズがパンッと手を叩いて話を戻す。
「さて、本題じゃ。合格者数は二十五名。よくまあ、あの試験で二十五名も残ったものじゃな」
「少なすぎだ」
「いや、多すぎる方だと思いますぞ」
不満げなファフニールに対し、ガンダールヴルは静かに首を横に振った。
「魔導士は、試験のたびに一名か二名出れば良い方ですからの。そういえば、五年前の合格者はわしの弟子であるギルバートただ一人でしたのう」
さらりと織り交ぜられた弟子自慢に、ファフニールがむっと眉間に皺を寄せる。
「なんだ、弟子自慢か。まあ、余の弟子であるソフィアには負けるがな」
(何度も思うのですが、ソフィア嬢はあなたの自称弟子であって、魔法については何も教えていないでしょうが。それに、本当の弟子はわしでしょうが)
胃の痛みを堪えるように、ガンダールヴルは白髭を撫で下ろした。
「これだけ優秀な者が残っているのなら、二次試験は想定していたものより、さらにレベルを上げる必要があるね」
ラーズスヴィズが好戦的な笑みを浮かべ、物騒な提案をする。
「いやいやいや。お待ちくだされ」
「おお、良いではないか。難易度が高い試験ということは、それだけ我が弟子のサポートが光るということだ」
「サポートしてくれる職人たちに、これ以上負担をかけないでくださいじゃ」
ガンダールヴルが声を荒らげて二人を制止する。
「今回の試験で落ちてしまった人たちのケア。また、使い終わった杖のメンテナンス。正直、ソフィア嬢がいなかったら大変なことになっていました。一次試験が試験としての体を保てたのは、彼女のずば抜けたサポート力があったからですぞ」
「ふふん、だろう?」
全く反省の色を見せないファフニールに、ガンダールヴルは声を落とす。
「ソフィア嬢がいなかったら、多くの若く才能ある芽を潰すところでしたよ。今回の試験は難易度が高かったのです。落ちてしまえば、魔導士失格の烙印とともに自信まで失ってしまう」
ソフィアが寄り添い、落ちた彼らにも別の道を示すなどのケアをしてくれたからこそ、なんとか形になったのだ。もし彼女がいなければ、受験生たちは自信を喪失し、取り返しのつかないダメージを負っていたはずである。
「その程度の挫折でダメージを受けるなんて、全く最近の若いもんは心が弱いやつらばかりじゃのう」
ラーズスヴィズが呆れたように肩をすくめる。
「いや、皆があなた方のように生粋の武人ではないのですよ」
戦闘狂である老害二人を前に、ガンダールヴルは疲弊しきっていた。
その時、コンコンと控えめなノックの音が室内に響いた。
「失礼します」
ドアが開き、ひょっこりと顔を出したのはソフィアであった。
その姿を見た瞬間、ファフニールとラーズスヴィズの好戦的な空気が一変する。
「おおっ、よく来たな我が弟子よ」
「よく頑張ったねえ、疲れてないかい」
先ほどまでの苛烈さはどこへやら、二人は目尻を下げてソフィアを褒めちぎり、これでもかというほど甘やかし始めた。
(これが好機じゃ)
二人が完全に孫を可愛がる祖父母の顔になっているのを見て、ガンダールヴルは咳払いをした。
ソフィアの口から「難易度を下げてほしい」と言わせ、二人の暴走を止めようという算段である。
「実は、二次試験についてなのだが。ソフィア嬢、一次試験では二十五名しか受からなかったのじゃ」
悲痛な響きを込めてそう伝えると、ソフィアはパァッと顔を輝かせた。
「すごいですねっ。才能のある人たちばかりです、残った人たち」
ガンダールヴルの目論見は外れた。
相手の才能や限界を見抜く『虚無の魔眼』を持つソフィアが、無邪気に断言してしまったのだ。彼女から見ても、残った二十五名全員が素晴らしい才能の持ち主であることを保証してしまったのである。
「ソ、ソフィア嬢。難易度を下げるべきだとは、思わないかな」
「思わないです」
ソフィアは真っ直ぐな瞳で首を横に振った。
「それは逆に、彼らのプライドを傷つけることになります。残った人たちは、本当にすごいんですっ。それに、難易度を決めるのは試験官であるお三方です。私はただのサポーターですから、口を挟むべきではありません」
職人としての矜持に満ちたその言葉は、ぐうの音も出ないほどの正論であった。
「我が弟子の言う通りだ。さすが余の弟子。見習えよ愚弟子」
「ソフィアの言う通りさね。ガンダールヴルは甘すぎる」
老賢者二人の辛辣な発言に、ガンダールヴルは内心で大きく溜息をつく。
「では、私は杖のメンテナンスがありますので、これで」
ソフィアはふわりと優雅にお辞儀をし、パタパタと足音を立てて控室から去っていった。
パタン、とドアが閉まる音が響く。
「とかく、二次試験も余ががっつり絡むぞ」
「うむ。ソフィアの言う通り、難易度調整は必須じゃのう」
ソフィアの言葉によって、暴走賢者二人の難易度インフレ理論は完全に肯定されてしまった。
ガンダールヴルは自分の胃がキリキリと痛むのを感じた。
(若き才能の原石達が死なぬように、わしがしっかり舵をとらねばいけないな)
ガンダールヴルは決意を新たにする。一方で、
(まあ、たしかにソフィア嬢がああ言うのなら、本当にみんなすごいのだろう。自分の目から見ても、残ったのは凄まじい実力者たちだしな。はぁ)
ソフィアという特異点が存在することを前提として話を進めようとする暴走賢者たちを前に、老いた賢者はただ一人、深い深いため息をつくのだった。