軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

63.炎のフランケ

大演習場に設置された隔離空間の中で、地岩竜ベヒーモスの蹂躙が続いていた。

圧倒的な質量と強固な外殻を前に、挑んだ魔法使いたちは次々と心を折られ、強制離脱の術式によって弾き出されていく。

「なかなか合格者が出ないな」

行方を見守るギルバートに、ジュリアンが答える。

「今年の一次試験は、例年より合格率が低くなると思われます」

「それはどうしてだ」

「試験の難易度が、試験官である八賢者様の裁量により決められるからです。今年はラーズスヴィズ様、ガンダールヴル様に加えて、普段現場に出ないファフニール様がいらっしゃいますので」

第一試験はファフニールの部下が出ていると言っていた。

つまりファフニールがいなければ、一次試験から古竜と戦うというありえない難易度にはならなかったのである。

「つまりは竜の賢者がいるせいで、難易度が跳ね上がっていると」

「ええ。しかし、まずいです。あまりに合格者が出ていない。このままではゼロということも」

するとギルバートが静かに首を振る。

「それはないだろう」

「どうしてそう思うのですか」

「公式杖職人にフィーがいるからだが」

大真面目に答えたギルバートの言葉に、ジュリアンは目を丸くした。

(ギルバート様は一体何を言っているのだろう。フィアがいるから?)

ジュリアンは困惑するばかりだ。

一方で、ギルバートは彼の反応に不思議そうに首を傾げる。

「お前はフィーの兄弟子なのに、わからんのか」

「ええ、まったく」

「そうか。ではまあ、見ているといい」

なかなか合格者が出ず、重苦しい空気が漂う中、あの不気味な男、ジョーカーの順番が回ってきた。

「ジョーカーか。たしか、殺し屋だったな」

「ええ。なるほど、彼がいるから合格者数がゼロということはないと?」

「いや、違う」

さて、会話する男二人をよそに、ジョーカーが異空間の中に入る。

相対するはベヒーモス。今なお、受験者たちは誰一人としてこの竜にダメージを与えられていない。

「へえ。これが噂の古竜なんだね」

ジョーカーは薄暗い笑みを浮かべる。

ベヒーモスが獲物を認識し、鼓膜を震わせる咆哮とともに突進してきた。

地響きが空間を揺らす。

しかしジョーカーは、焦る様子もなく手にした統一杖を軽く一閃させた。

その瞬間、ベヒーモスの巨体がズレた。

音もなく、分厚い岩の外殻ごと肉体がバラバラに崩れ落ちる。

「これは、すごいな」

「ええ」

ギルバートたちが驚愕に目を見開く。

ジョーカーは魔法の詠唱すらしていなかった。ただ杖を振っただけで、古竜を細切れにしてしまったのだ。

初の勝利者の誕生に、会場が静まり返る。

すぐさまファフニールが空間内に治癒魔法を施し、バラバラになったベヒーモスの肉体を修復して復活させた。

「どうだった」

ファフニールが竜語で尋ねると、ベヒーモスはゴウゴウと低い喉鳴らしで答える。

ファフニールは空間の外に出て、試験官たちのもとへ歩み寄った。

「見えない刃で切り裂かれた、と言っておる」

「なるほどの。大師匠、今の魔法の正体が何か分かりましたかの」

ガンダールヴルが白い髭を撫でながら尋ねる。

ファフニールが口を開くよりも早く、観戦していたソフィアが静かに呟いた。

「 魔力刀(ブレード) の魔法ですね」

「ほう。見えたのか、我が弟子よ」

ファフニールが面白そうに目を細める。

ソフィアは幻の耳をぴこりと動かし、首を横に振った。

「いいえ。ただ、杖を走る魔力の流れから、魔力刀を形成したのだと分かっただけです」

「なるほど」

「詠唱もなく使った魔法で、ここまでの切断力を見せるとは。見事だね」

ラーズスヴィズが感心したように頷く。

三人の意見が一致した。

「ジョーカー、合格とする」

「くふふ、どうも」

こうして、ジョーカーは圧倒的な実力を見せつけ、一次試験合格を決めた。

ファフニールはにやりと口角を上げ、獰猛な牙を覗かせる。

「なかなか骨のある連中がいるようだな」

その後も試験は滞りなく進行していった。

ベヒーモスは怪我の回復のため、別の竜へと交代となる。

何人もの魔法使いが試験に落ちていくが、それでもジョーカーに続くように、機転を利かせて合格を掴み取る者も多数現れ始めていた。

ソフィアは、不合格となってしまった受験生たちのもとを回り、温かい言葉をかけてメンタルケアを続けている。

「ふう」

一区切りがつき、ソフィアは控室の廊下で小さく息を吐いた。

その時、曲がり角でどんっと誰かの胸板にぶつかってしまう。

「あ、ごめんなさいっ」

「おう。姉ちゃんか」

顔を上げると、そこには出番を控える炎の魔法使い、フランケが立っていた。

ソフィアは改めて彼を見やる。浅黒い肌に、燃えるような紅の髪を持つ、十代後半の青年だ。

彼はそのまま待機室の長椅子に腰を下ろし、深く項垂れる。

赤い髪をかきむしり、ギリッと奥歯を噛み締めていた。

「チクショウ」

悲痛な呟きが漏れる。

ソフィアの魔眼は、フランケの魔力が非常に揺れていることに気づく。かなりナーバスになっているようだ。

(こんな状態じゃ、真の実力が出せずに終わってしまうわ)

他の受験者との平等をはかるのならば、ここで何かするべきではない。

だが、失格となった治癒師向きの魔法使いは、戦闘技量が足りないだけで戦意はあった。

一方で、フランケは戦意をそもそも喪失している。

「やっぱダメだ。帰ろう」

フランケが立ち上がり、運営のスタッフに辞退を申し出ようとした。

「ま、待ってっ」

とっさに、ソフィアは彼を呼び止めた。

彼女の中にある正義の心が働いてしまったのである。弱っている者を放っておけないのだ。

「どうして帰ろうとしてしまうのですか。試験はこれからではないですか」

(なんだこのお姉ちゃん。たしか公式の杖職人だったよな)

フランケは怪訝な顔をしながらも、辞退の理由をぽつりとこぼす。

「おれじゃ、あの敵と相性が悪くてよ」

「たしか、相手は炎竜でしたね」

「ああ」

彼の魔法は炎である。

次に相手をするのが炎竜となれば、これ以上ないほど最悪の相性だった。

「ちくしょう。ベヒーモスの方が良かったぜ」

さて、普通の人間ならばこう考えるだろう。

フランケは炎魔法使い。一方、敵は炎の竜。ゆえに相性が悪く、分が悪いから勝てないと。

先ほどのフランケの発言も、一般人が聞けばただの負け惜しみに聞こえるはずだ。

しかし、ソフィアは並の職人ではなかった。彼女の眼にしか見えないものがあるのである。

「炎竜に、誰か大切な人を傷つけられたのですか」

「なっ。ね、姉ちゃん。な、なんでそれを」

それはフランケにしか知り得ない事実だった。

しかしソフィアの魔眼は見抜いていたのだ。フランケの魔力から、炎竜との深い因縁を。彼が炎竜を想う時、強い恐怖と気持ちの揺らぎが視えたのである。

「わかるんです、私。職人だから」

「そっか」

普通にわかることではない。

だがフランケは、ソフィアが伝説の職人ヴィル・クラフトの孫であることを知っている。ならば、自分には見えぬ何かが見えていてもおかしくはないと思ったのだ。

「おれの村はよ、炎竜に焼かれたんだ」

「故郷の村を」

「ああ。だからかな、炎竜には敵わねえ。そう思っちまうんだ」

フランケは心のうちを開く。

炎竜への恐怖がある。心で、最初から負けてしまっているのだ。相性が悪いというのは、そういうトラウマがあるからであった。

「逃げてえよ。でも、逃げたくもねえんだ。ここで炎竜を前に逃げたら、師匠に顔向けできねえんだ」

「師匠様」

「生き残ったおれを拾い、育ててくれたのが、おれの魔法の師匠なのさ」

フランケはギュッと唇を噛み締める。

「一級魔導士選定試験は、五年に一度だ。俺に焔を教えてくれた爺さんが今、寝たきりなんだよ。一級魔導士になって、立派になった姿を見せてやりてえのに、あと五年持つかわからねえ」

フランケは悔しそうに拳を握りしめ、ガックリと膝に額を押し当てた。

炎竜への恐怖から、逃げようとする。

でも逃げないのは、師匠の存在があるからだ。師匠が死ぬ前に、立派になった姿を見せたいから。

(炎竜への恐怖は相当なものなんだわ。それでも逃げないなんて、勇気のある人)

師に情けない姿は見せたくない、成長した今を見せたい。

ソフィアもまた、彼と同じ思いを持っていた。すでに亡くなってしまった自分の祖父とは違って、フランケにはまだ恩返しができるのだ。

その震える背中を見つめ、ソフィアは静かに口を開く。

「フランケさん。普段使っているご自身の杖を、見せていただけますか」

「ああ。ほらよ」

乱暴に差し出された杖を受け取り、ソフィアは表面を指先でそっと撫でた。

魔力が染み込んだ木肌の感触と、摩耗の具合が、職人の掌に多くの情報を伝えてくる。

「すごい特訓をされてきたのですね」

「なんでそれを」

「杖のグリップの削れ方、魔力回路の広がり方を見ればわかります。血の滲むような努力の痕跡です」

ソフィアは杖を返し、フランケの目を真っ直ぐに見つめた。

「自信を持ってください。いつもの実力が発揮できれば、余裕で通ります」

「でも、相手は炎竜だぜ。今のおれの炎が通じるか」

「相手が炎竜なら、逆に考えるんです。こちらもまた、炎の扱いには長けているのだと」

「……」

「信じるんです。自分の師匠を、積み上げてきた歳月を」

ソフィアの言葉で、フランケは思い出す。

かつて師匠が言ってくれた、『お前の炎は竜をも凌ぐ』という言葉を。その記憶が、彼を少しだけ前向きにさせた。

「でも、できっかな。ただでさえ相性が悪いのに、統一杖なんて使ったこともねえ」

「できます。その統一杖なら、フランケさんのやりたいことができます。あとはご自身の研鑽を信じてください。あなたが積み上げてきた魔力操作は、相性なんかでは誤魔化せませんっ」

力強い断言に、フランケはハッと顔を上げた。

職人としての絶対的な自信に満ちたその瞳に、再び闘志の火が灯る。

「次、フランケ。前へ出ろ」

試験官の声に呼ばれ、フランケは演習場へと歩み出た。

ドスンと地響きを立てて姿を現したのは、赤銅色の鱗を持つ巨大な炎竜であった。

対峙する炎竜が、獲物を威嚇するように鼓膜を震わせる咆哮を上げる。

鼻息とともに漏れる熱風だけで、周囲の土がチリチリと音を立てて焦げていく。

周囲の気温が異常なまでに上昇し、熱気で景色が揺らいでいた。

竜の足元では、圧倒的な熱量によって地面の砂がドロドロに溶け、ガラス状に変質して赤い光を反射している。

「開始っ」

合図と同時、炎竜が大きく顎を開き、灼熱のブレスを吐き出した。

視界を赤く染め上げる圧倒的な熱量が、フランケへと襲いかかる。

「うぉおおおっ」

フランケは回避も防御魔法も使わず、ただ統一杖を前に突き出した。

凄まじく繊細な魔力コントロールで、炎のブレスを自らの魔力へと変換し、吸収し始めたのだ。

「吸い尽くして、魔力切れを起こさせてやるっ」

大胆な戦法に周囲がどよめく中、見学席に座るファフニールが鼻で笑った。

「無駄だ。竜は人間よりも遥かに巨大な魔力炉を持っておる。魔力切れなど、絶対に起きぬわ」

その言葉通り、竜の無尽蔵の炎に圧し潰されそうになり、フランケの足がずるりと後退する。

熱気で皮膚が焼け焦げそうになり、ガクンと膝が折れ曲がった。

無理だ。やはり竜の魔力には敵わない。

諦めの念が脳裏をよぎった瞬間、病床に伏す恩師の顔と、背中を押してくれた少女の真っ直ぐな瞳が蘇る。

(俺の魔法は炎を出すことじゃねえ。熱を操作することだっ)

フランケは己の魔法の本質を悟り、杖を握る手にさらなる魔力を込めた。

炎を出すのではなく、相手から熱を限界まで奪い尽くす。

普段の杖なら、回路が焼き切れて爆発してしまうような無茶な芸当である。

しかし、彼が握っているのはソフィアの作った統一杖だった。

使い手のポテンシャルとイメージに呼応し、杖の内部回路が瞬時に最適化される。

直後、炎竜の周囲の温度が急激に低下し、白い冷気が立ち込めた。

「凍れぇええっ」

灼熱の炎ごと熱を奪われ、炎竜の巨体がピキピキと音を立てて凍りつく。

絶対零度の氷像と化した竜を前に、演習場は水を打ったように静まり返った。

「しゃあっ。勝ったぞぉおっ」

フランケが歓喜の咆哮を上げ、見事に一次試験突破が確定した。

試合後、ソフィアは審査員席へと小走りで向かい、深々と頭を下げた。

「申し訳ありません。受験生に言葉をかけすぎて、過干渉でしたね」

「構わんよ。杖に細工をしたわけでも、バフ魔法をかけたわけでもないのだからな。最終的に己の強さと閃きで勝ったのだ、見事な合格だ」

ラーズスヴィズがカラカラと笑って許容する。

そのやり取りを聞きながら、ジュリアンはフランケの握る統一杖を凝視していた。

(ただ規格を揃えただけじゃない。使い手のイメージに呼応して、進化するように作られているのか)

仕様書の中にあった一文を思い出し、ジュリアンは戦慄した。

そんな途方もない杖を作れる職人など、歴史上にも存在しない。

「さすが公式杖職人だ。見事な杖の性能だな」

「だろう。さすがは余の一番弟子である」

ラーズスヴィズの感嘆の声に対し、杖の仕様など全く知らなかったファフニールが、これ見よがしにドヤ顔を決めている。

ガンダールヴルもまた、面白そうに顎髭を撫でていた。

ジュリアンは、ホッと安堵の笑みを浮かべるソフィアを静かに見つめる。

ただ無自覚に凄い杖を作るだけだった少女が、今は相手の心を読み解き、言葉で背中を押すことができるようになっている。

(人を言葉で元気づけることができるようになっていたなんてね。フィア、君は本当に立派になった)

兄弟子としての喜びに目を細め、ジュリアンは柔らかな微笑みを浮かべるのだった。