軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

03.お客様第一号

開店から一週間が経っても、客足は鈍かった。

無理もない。路地裏の古びた店構えに、店主は若き女性一人。一見さんには敷居が高すぎるのだ。

それでもソフィアは焦らなかった。マダムが残してくれた最高級の素材の手入れをしながら、静かにその時を待っていた。

そして、その日はやってきた。

帝都に冷たい雨が降る午後だった。

カラン、コロン……。

ドアベルの音が、どこか重苦しく響く。

濡れた軍靴の音がして、一人の長身の男が入ってきた。

漆黒の軍服に、金の刺繍。肩には大佐を示す階級章。

濡れた銀髪をかき上げたその美貌は、彫刻のように整っているが、凍てつくような無表情が他人を拒絶している。

帝国軍魔導師団長、ギルバート・フォン・ヴォルグ。

その過剰な魔力で敵味方問わず恐怖させることから、『破壊神』と渾名される男だ。

「……店主はいるか」

地を這うような低い声。

ソフィアはカウンターの奥から静かに現れ、一礼した。

「いらっしゃいませ。私が店主のソフィアです」

ギルバートの眉がわずかに動く。彼は店内を見回し、落胆の色を隠そうともせずに溜息をついた。

「いや……すまない。古い店構えを見て、ベテランの職人がいるかと思ったのだが。冷やかしだと思って忘れてくれ」

「杖をお探しですか?」

帰ろうとする背中に、ソフィアは静かに声をかけた。

ギルバートは立ち止まり、懐から「何か」を取り出してカウンターに置いた。

それは、黒く炭化した木片だった。かろうじて杖の形を留めているが、見るも無惨に内側から破裂している。

「……今月に入り三本目だ。軍の支給品も、貴族御用達の高級品も、俺が握ればこの有様だ」

自嘲気味に吐き捨てるギルバート。

だが、ソフィアは表情一つ変えず、その残骸を手に取った。

魔力ゼロの指先が、死んだ木片に残る「魔力の痕跡」を読み取る。

(……酷い。熱で焼けたんじゃない。魔力の奔流に耐えきれず、回路がズタズタに引き裂かれている)

彼の魔力は「炎」だ。それも、極めて純度が高く、密度の高い青白い炎。

一般的な杖は、木材にドリルで穴を開け、そこに触媒(魔石など)を埋め込むだけで作られる。

だが、それでは木材が本来持っている「年輪(魔導回路)」が切断されてしまう。

普通の魔術師ならそれでも通じるが、ギルバートのような規格外の魔力が流れ込めば、切断された回路で魔力が乱反射し、熱を持って暴発するのは必然だった。

「直すことはできませんが、作ることはできます。あなたが、負担なく魔法を使える、杖を」

ソフィアの断言に、ギルバートが怪訝な顔をする。

彼女はマダムの在庫棚へと歩み寄り、一本の木材を選び出した。

『炎龍樹』の枝。耐火性に優れるが、硬すぎて加工が難しく、敬遠される素材だ。

「少し、お時間をいただけますか」

「どれくらいかかる?」

「それは、杖次第ですので、なんとも」

ソフィアは作業台に木材を固定すると、愛用のノミを構えた。

空気が変わる。

ギルバートは何も言わず、ただその「気配」の変化に息を呑んだ。

トントントン、シュッ。

心地よいリズムと共に、硬い炎龍樹がバターのように削られていく。

だが、ソフィアが見ているのは表面ではない。

木材の内部に走る、無数の年輪――天然の魔導回路だ。

(彼の魔力は、直線的で鋭い。だから、回路も真っ直ぐに。でも、出口付近では拡散するように……)

彼女が行っているのは、単なる加工ではない。

「外科手術」だ。

木の繊維を一本たりとも傷つけず、薄皮一枚を剥ぐように回路を露出させる。

そして、芯材となる『 火蜥蜴(サラマンダー) の髭』を、露出した回路に添わせるように埋め込んでいく。

接着剤は使わない。木材自身の樹液と、微細な凹凸を噛み合わせることで、木と触媒を「一体化」させるのだ。

それは、途切れていた血管を繋ぎ合わせるような、神業だった。

切断された回路をつなぎ、滞っていた流れをスムーズにする。

魔力を持たない彼女だからこそ、他者の魔力の流れを誰よりもはっきり視認できる。

それゆえに、完全なる魔力回路の構築が可能となるのだ。

「…………」

ギルバートは、黙ってその作業に見入っていた。一言も言葉を発さず、ただ……じっと、【魔法杖職人の美技】に見蕩れていた。

「――できました」

顔を上げると、ギルバートは、なぜだか眠そうにしていた。

「すみません、どれくらい時間経ってますでしょうか?」

「ん、ああ、大して経ってないな」

ソフィアは気になって、壁掛け時計を見やる。

たしかに、数時間くらいしか、針は進んでいなかった。

そう、針は、であるが。

(良かった、思ったより早く作り上げられたみたい。没頭すると、気づいたら一日経ってたこともあるし……)

ソフィアが差し出したのは、飾り気のない、しかし滑らかな曲線を描く一本の杖だった。

表面は丁寧に磨き上げられ、温かな艶を放っている。

「どうぞ。……恐れずに、魔力を流してみてください」

ギルバートは恐る恐る杖を握った。

その瞬間。

カッ!

彼の手の中で、杖が赤く脈打った。

「っ!?」

ギルバートは反射的に手を離そうとした。いつものように、熱暴走して爆発すると思ったのだ。

だが、熱くない。

杖は彼の膨大な魔力を、まるで乾いた砂が水を吸うように、ごく自然に飲み込んでいく。

抵抗がない。詰まりがない。

魔力が、指先から杖の先端まで、一本の清流となって駆け抜けていく感覚。

「……なんだ、これは」

彼は店の裏口を開け、雨の降る路地裏に向けて、軽く杖を振った。

本気ではない。ほんの挨拶程度の魔力だ。

ゴオオオオオオッ!!

刹那、青白い炎の柱が、雨雲を切り裂いて天へと昇った。

周囲の雨が一瞬で蒸発し、白い霧が立ち込める。

とてつもない威力。だが、杖は微動だにせず、ただ嬉しそうに微かな余熱を帯びているだけだ。

「嘘だろ……。俺は今、魔力を抑えなかった。なのに、杖がきしむ音さえしなかった……」

「あなたの魔力は素晴らしいものです。ただ、通り道が狭すぎただけ。この杖なら、あなたの『全開』にも耐えられます」

ソフィアが淡々と言うと、ギルバートはゆっくりと振り返った。

その氷のような瞳に、初めて熱い感情の灯がともる。

彼は大股でソフィアに歩み寄ると、その手を取った。不器用な、しかし万感の想いを込めて。

「……ソフィア・クラフト。礼を言う。貴女は、俺の救世主だ」

その日、帝国の「破壊神」が、自分の 相棒(つえ) を手に入れた。

そしてそれは、無名の杖職人ソフィアの名が、帝国の歴史に刻まれる始まりでもあった。