軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

20.魔道具修理は副業です

外に出ると、空気は肌を刺すように冷たかった。

一歩踏み出しただけで、鼻の奥がツンと痛くなるほどの極寒だ。

(さむっ……。でも、早くストーブを直さないと、バーバラさんが風邪引いちゃうわ……!)

ソフィアにとっては、自分が寒さに震えることよりも、バーバラの体調の方が優先だった。

駆け出そうとした、その時。

「はいストォップ!」

「むぐっ……ま、マリアさん……?」

背後からマリアに捕まり、強制的に「もこもこの上着」を着せられた。

さらに頭にはニット帽、首回りにはマフラーを何重にもぐるぐる巻きにされる。

(あったかい……)

「全くこの子は。そんな薄着で外出たら、風邪引いちゃうだろうが」

「でも、バーバラさんのストーブが……」

自分のことなんて、本当にどうでもいいのだ。

マリアは真面目な顔になり、ポンポンと帽子の上からソフィアの頭を撫でた。

「ソフィアちゃん。あんたが風邪引いたら……あんたは周りの人を心配させちまうよ?」

「っ!」

「あたいも……ヨランダちゃんも。それだけじゃない、あんたを大事に思ってる人たちの気持ちを、もうちょっと考えてやりな」

(ああもう……私って……本当に馬鹿だ……周りが見えなくなっちゃってたわ……)

帝都に来て、ソフィアの周りには優しい人たちが増えた。

そんな彼らは、ソフィアが風邪を引いたとなれば、きっと心から心配してしまう。させてしまう。

それは、他者に迷惑をかけることしかしなかった、前世の自分と何ら変わらないではないか。

「……ごめんなさい」

「うん、まあ、怒ってるわけじゃあないから。そんな悲しそうな顔しなさんな。ね?」

「はい……」

(本当に、優しい人ばっかり……。そんな人たちに、迷惑かけてばっかりだわ……私って本当に……)

「ふにっ」

また自己嫌悪のループに入りかけたソフィアの頬を、マリアが指で突いた。

「はい落ち込むの止め。反省は終わり。それこそ、こんな所でぼさっと突っ立ってる暇はないんだろう? ん? 違うかい?」

「あ……マリアさん……」

マリアは、ソフィアの思考の癖をよく理解していた。

ここで励まさなければ、彼女は永遠に自分を責め続けるだろう。

ソフィアは深く息を吸い、顔を上げた。

「ありがとうございます。次からは気をつけます。……なるたけ」

自分の猪突猛進っぷりをよく理解しているので、【なるたけ】と付け加えた。

きっとまた同じことをしかねない自覚があるからだ。

それはマリアも分かっているのだろう。

苦笑しながら、彼女はソフィアの背中をバンと叩いた。

「さ、行くよっ」

「はいっ!」

老婆の家に到着したソフィアは、早速動かなくなったストーブを診断する。

「このストーブは、魔石を燃料として動く一般的な魔導ストーブですね」

「それがどうして壊れたんだい?」

「『結露』です。外気と室内の寒暖差が激しすぎて、内部に大量の水滴が発生しています」

ソフィアが指差す先、カバーを外したストーブの内部には、まるで雨に打たれたかのようにびっしりと水滴が付着していた。

「この水分が魔力の通り道を歪め、過負荷によって基盤の回路そのものが焼き切れてしまったようです」

「なるほどねぇ。部屋は暖かいのに、妙だと思ったよ」

本来、比較的温暖な帝都では想定されていないトラブルだ。

急激な冷え込みに対し、断熱処理が追いついていないのだ。

しかし、ソフィアにとっては初歩的な問題に過ぎない。

「直します」

「どうする? 新しい部品なんてないぞ?」

「いえ、部品は使いません。焼き切れた回路を削り取って、私がその場で『新しい回路』を組み直します」

交換ではなく、手書きで魔力回路を修復するというのだ。

「あと、また同じことにならないように、基板に『 撥水(はっすい) の術式』も組み込んでおきますね」

ソフィアは驚くべき速さで作業を開始する。

工具を取り出し、分解、清掃、回路の再接続。

その手際たるや、流麗な舞踏のようだ。

(相変わらず、惚れ惚れする魔道具修理の腕さね)

背後で作業を見守りながら、マリアは嘆息した。

ソフィアがやっていることは、高度な電気修理や機械整備と同義だ。

本来なら専門の技師が、長い時間をかけて、専用の測定器を使いながら行う作業。

それを、一介の杖職人が、目視だけで原因を特定し、専門家よりも速く、正確にこなしているのである。

異常。

そう言わざるを得ない光景だ。

数多の魔道具師たちの腕を見てきたマリアだからこそ、その異質さが分かる。

(この子が……帝都一の魔道具師さね。いや、帝都一になった……か)

彼女の祖父、ヴィル・クラフトが生きていた頃、彼が世界一だった。

だがそんな伝説の職人も逝き、残されたこの少女が、いまや世界最高の職人となったのである。

(本当に……杖職人にしておくには勿体ない腕さね)

マリアは、彼女の祖父ヴィルの魔道具作りを見たことがある。

あれは、「神業」だった。

比喩ではない。

彼は手をかざすだけで、道具を生み出すのだ。

ポンッ、と。

まるで神様のように、物を創造する魔法。

(あれは凄かった……。でも凄すぎて、人間離れしてたよね……)

しかし、孫のソフィアは違う。

彼女にはヴィルのような、神がかった 創造魔法(ユニークスキル) はない。

ゼロからポン、と物は作れないし、一瞬で直す魔法も使えない。

彼女にあるのは、ひたすらに積み重ねた知識と、磨き抜かれた技術だけ。

けれど彼女は、その「身につけた技術」だけで、人間を超えたレベルの奇跡を起こしている。

(ヴィルに並ぶ、いいや、ヴィル以上の腕だ……って言っても、この子は信じないんだよねぇ……はぁ)

ソフィアを地獄から救い出してくれた祖父は、彼女にとって神なのだ。

祖父に向ける敬愛は、もはや信仰心に近い。

……そんな風に、マリアが益体のないことを考えている間に、ソフィアは作業を完了させていた。

「よしっ」

カチャリ、と外装を戻し、スイッチを入れる。

ボォッ!!

力強い着火音と共に、ストーブが以前よりも明るい炎を灯した。

「おおぉ……! すごい、新品の時より暖かいよ!」

バーバラが歓声を上げた。

マリアもしげしげとストーブを眺める。

「『寒冷地仕様』への即席改造ってわけかい。……やるねぇ」

ソフィアが「代金はこれくらいです」と提示すると、家族は「こんなに安くていいのか!?」と喜んで支払ってくれた。

(※それでもソフィアが安すぎる値段を言うので、マリアが横から修正して適正価格を貰った)

「ありがとぉ……ありがとぉねえ……ソフィアちゃん……」

「いいえ、暖かくして過ごしてくださいね」

嬉しそうに笑う老婆を見て、ソフィアは、本当に幸せそうに微笑んでいた。

他人の役に立てたことが、心から嬉しいらしい。

(本当に……良い子過ぎるよ、あんた)

寒い朝っぱらから、こんな大変な作業をしたというのに、全く嫌な顔をしない。

それどころか、特別料金を上乗せしようともしない。

困っている人のため、ただ……職人としての仕事をこなす。

そんな立派なソフィアのことを、マリアは心底気に入っているのである。

バーバラのストーブ修理を終え、フクロウ亭に戻って開店準備を済ませる。

すると……店の外で、マリアが誰かと話しているのが見えた。

カランカラン。

「ソフィアちゃん。仕事取ってきたよ」

「仕事……? こんな日に杖を買いに来る人が……?」

マリアはフルフルと首を横に振った。

「ストーブ修理さね。それと、魔導カーのエアコン修理も!」

「!?」

(確かに……故障がバーバラさんの家だけとは限らないけど……)

「お仕事取ってきたって、どういうことですの?」

ヨランダが首をかしげる。

「ソフィアちゃん。杖を買いに来る人は今日いないさね」

「……そうですね」

街は大混乱しているのだ。

生きるか死ぬかの寒さの中で、杖の購入どころではないだろう。

「となると、今日の売り上げはゼロだ。雪がすぐ溶けるわけでもない。しばらく杖屋は休業状態さね」

「…………」

平常時でさえ、そんなに客足の多い店ではないのだ。

この悪天候の中、わざわざやってくるような物好きはいないだろう。

……脳裏には一人、心当たりがいるが。

ともあれ、そうなるとマリアが言う通り、しばらくは杖屋としての売り上げがない状態になる。

「ということで、特別出張修理業をやってみるのはどうだい?」

「なるほどー! バーバラ様にやったことを、【業】としてやっちゃうわけですねー! 今なら需要ありまくりですわ!」

……確かに、客は多いだろう。

でも……。

(私は杖職人なんだけどな……)

「ソフィアちゃんの本業は杖職人。そんなあんたからすれば、魔道具修理は副業と言ってもいい。でも……」

マリアはソフィアの目を見て言った。

「困ってる人、どうせ、放っとけないんだろう?」

「う……」

……マリアの言う通りだった。

さっきから、口にはしなかったが、気にはなっていたのである。

窓の外を行き交う人々が、寒さに震えているのを。

「どうせなら、その気晴らし、プラス、それを業にして儲けるべきさね。個人の主義を曲げる必要はあるだろうけども」

(杖職人としての主義……か)

矜持はある。

杖作り以外の業をすることに抵抗も、なくはない。

でも……。

「分かりました。やります」

ソフィアはハッキリと、そう答えた。

あまりに早い返答に、マリアは少し驚いた様子だ。

「もっと葛藤するのかと思ったよ。杖以外はやりたくないって」

「まさか」

(私にとっての主義は……困ってる人を助けたい。それだけだもの)

前世でそれが叶わなかった分、今世では後悔したくない。

そのための技術なら、杖だろうがストーブだろうが、なんだって使う。

「いい目だ」

「ほーんと、ソフィアちゃんって、いい目しますよねー。眩しーですわー!」

ウンウン、と二人が笑いながら頷く。

「あ、でもでも、やり過ぎ注意ですわよー!」

「大丈夫、ちゃんとマネジメントはあたいがやるから」

「助かりますわー! そうしないと、この子休まずやっちゃうもんですものっ」

「知ってるさね」

ソフィアは目を閉じ、小さく息を吸った。

脳裏をよぎるのは、ヴィルとの思い出。

祖父は……自分に杖作り以外の、道具作りの基礎も教えてくれた。

『いいかソフィア。職人の技術は、誰かを幸せにするためにあるんじゃよ』

(ありがとう、おじいさん……。あなたのおかげで、今……私とっても幸せです)

人の役に立てていることも、そうだ。

でもそれ以上に……。

こんなにも自分のことを理解し、支えてくれる、いい人たちに出会えたこと。

その幸福を噛み締めながら、ソフィアは再び工具箱を手に取った。