軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

17.お得意様ができました

ザフール商会の摘発からしばらく経ち、事後処理の激務も落ち着いてきたある日のこと。

ギルバートは、久々に銀のフクロウ亭を訪れようとしていた。

(ふむ……よし)

彼はショーウィンドウのガラスに映る、自分の姿を入念に確認した。

乱れた髪を手櫛で整え、無精髭が生えていないかを指先で確かめる。

身だしなみに問題はない。

カランカラン、とドアを開けると、ちょうど先客の若い男性が出て行くところだった。

男は何度も後ろを振り返り、名残惜しそうにカウンターの奥を見つめている。

その視線の先にいるのは、ソフィアだ。

「ありがとうございました。またのご来店をお待ちしております」

ソフィアが深々と頭を下げる。

以前のようなボサボサ髪ではない。ヨランダの手によって艶やかに整えられた緋色の髪は、ハーフアップに結われ、清楚な美しさを際立たせていた。

ヨランダのおかげで、栄養状態も良くなり、肌には健康的な血色が戻っている。

今の彼女は、誰が見ても愛らしい、花のような女性だった。

先ほどの客は、そんなソフィアにデレデレとした表情を向けている。

きっと、ソフィアの外見的な美しさに惹かれて、ここを訪れた客なのだろう。

(……彼女が綺麗になったことで、群がる虫が増えたな)

ギルバートは、すれ違った男の背中を冷ややかな目で見送った。

面白くない、というのが本音だ。

だが同時に、胸の奥で暗い優越感が鎌首をもたげる。

(俺は知っている。彼女と最初に会った時から。髪の色を元の色に戻す前から、その魂が宝石のように輝いていたことを)

その輝きを最初に見つけたのは自分だ。

外見ばかりに惹かれているあの男と、自分は違うのだ。

ギルバートは独占欲を理性で押し込め、カウンターへと歩を進めた。

すると、そこには信じられない人物がくつろいでいた。

「ふむ。やはりヨランダお嬢ちゃんの淹れる茶は格別じゃのう」

長い白髭を揺らす老人――大賢者ガンダールヴルだ。

「……!?」

(な、なぜ……学長がここに!?)

以前、ここでお疲れ様会を開いた時、学長の杖を直したことがあると聞いたことはあった。

しかし、あれから日数が経っているのに、どうしてまたここに学長がいるのだろうか。

「む? おお、ギルバート君。久しいのぅ」

「あ、えっと……はい。ガンダールヴル学長……。ご無沙汰しております」

ギルバートは反射的に背筋を伸ばし、最敬礼をとった。

彼にとって、ガンダールヴルはただの教師ではない。

学生時代、強すぎる魔力を制御できず「破壊神」と恐れられ、孤立していた自分を唯一庇い、導いてくれた大恩人だ。

彼がいなければ、今の英雄としての自分はない。

「堅苦しいのは抜きじゃよ。学園の外では、ワシはただの老いぼれ爺じゃよ」

「八賢者が、ただのでも、老いぼれでもないでしょうに……」

「ほっほっほ。ならば、ここではお主と同じただの客だよ。そう畏まるでないわ」

恐縮して直立不動になるギルバートを見て、ガンダールヴルはヨランダと目配せをした。

「さて……若いもんが来たようじゃし、ワシらは奥へ行こうかの」

「ええ。新作の焼き菓子が焼けましたのよ、賢者様~」

二人はあからさまに気を使い、そそくさと店の奥へと消えていった。

店内に静寂が戻り、ソフィアとギルバート、二人きりの時間が始まる。

「お久しぶりです、ギルバートさん」

ふわり、とソフィアが笑いかける。

その破壊力に、ギルバートは胸を撃ち抜かれたような衝撃を受けた。

だが、ここで取り乱せば気味悪がられてしまう。

彼は年上としての余裕を見せるべく、必死に平静を装った。

(※彼女の方が年下であることは、先日の打ち上げで苦労して聞き出した情報だ)

「ああ。……久しぶりだ」

「お仕事、一段落されたのですか?」

「ザフール商会の件、すべて片付いた。……君のおかげだ」

「そうですか。……本当にお世話になりました」

ソフィアの表情は晴れやかだった。

過去との因縁が完全に断ち切れ、少しすっきりしているように見える。

「君が、前に進む手伝いができたかな」

「はいっ」

その笑顔を見て、ギルバートの胸に温かいものが広がる。

実際、ソフィア自身は古巣に対して何も思わないわけではない。

商会の解体によって路頭に迷う従業員もいるだろうし、そこに心を痛めていないと言えば嘘になる。

だが、不正を摘発し、大事件を未然に防いだギルバートに対して、そんな湿っぽい態度は取れないのだろう。

(本当に……優しく、そして……繊細な心の持ち主だ。……そんなところが、素敵だと思う、が……。流石にそれを言うのは気味悪がられるな。恋人でもなんでもないわけだしな)

「今日は、どのようなご用向きですか?」

ギルバートは息を吐き、腰に帯びていた杖を差し出した。

「これを頼みたくてな」

「はい、拝見します」

ソフィアが杖を受け取る。

その瞬間、彼女の眉が悲しげに寄せられた。

「……ひどい」

「えっ?」

「杖の扱いがひどすぎます。杖が、泣いてます」

先ほどまでの朗らかな雰囲気から一転、ソフィアの声色が低くなる。

そこには、一人の「職人」としての厳しい顔があった。

そのギャップに戸惑いつつも、ギルバートには思い当たる節があった。

「す、すまない……」

「謝るなら、私ではなく杖に」

「はい……」

その様は、まるで教師に叱られる出来の悪い生徒のようだった。

ソフィアは淡々と、ギルバートの杖の不具合を指摘していく。

「魔力焼けを起こし、回路に木屑が詰まってきています」

杖に過剰な魔力を流し続けることで回路が熱を帯び、その結果、内側から木材が炭化することを「魔力焼け」という。

「芯材も悲鳴を上げていますね。おそらくインターバルを置かず、馬鹿みたいに魔法を連続行使したのでしょう」

芯材には、魔力を帯びた、あるいは魔力伝導性の高い物質が使われる。

魔力を長く使っても耐えられるようには作られている。

だが、耐えられるのと、平気なのは別だ。

「杖は相棒であり、物なのです。使えば摩耗します。丁寧に、愛情を込めて扱ってくれないと……。せめてオイルで拭くくらいはしてあげてください。道具だとしても、これでは杖が可哀想です」

ソフィアが杖を愛おしそうに撫でる。

ギルバートは、申し訳なさに肩を落とした。

「すまない。戦いの場では、どうしても武器として手荒に扱ってしまう」

「…………」

先ほどまで、ソフィアはギルバートに対して「信頼できる大人」の目を向けていた。

ザフールの悪事を暴き、多くの人を救った大人の男性……と。

しかし今の、職人ソフィアの目に映るギルバートは、相棒を雑に扱う「ズボラな人」。

(落差が、落差がひどい……だが自業自得だ。言い訳のしようもない)

心から反省するギルバート。

視線を落としているせいで、ソフィアの釣り上がっていた目尻が、少し……ほんの少しだけ下がったことには気づけなかった。

そもそも、ソフィアが魔力の波長から相手の心の色を理解できるということを、彼は知らないのだ。

ギルバートが杖の扱いを雑にしたことに、心から反省している。

それにソフィアが気づいて、少しばかりだが態度を和らげたのである。

そんなことなど露知らず、落ち込むギルバートは、ふと呟いた。

「自分では、限界がある。……だから」

(そうだ、だから……!)

ギルバートは顔を上げ、真っ直ぐにソフィアの瞳を見つめた。

「金はある。山ほどある。……だから、俺はこれから『毎日』ここへ来る」

それは、確かに下心のある提案ではあった。

でも、杖を自分一人でメンテナンスできないことは事実。

できないことがあるのならば、プロに任せれば良い。

「えっ、毎日ですか?」

「ああ。毎日君に……杖の調子を見ていてほしい」

それは、不器用な彼なりの「ずっと傍にいたい」という求愛だった。

ソフィアは目を丸くした後、嬉しそうに微笑んだ。

「わかりました。では、『お得意様』ですね。歓迎します」

「…………」

ギルバートは小さく溜息をついた。

想いは伝わっていない。だが、毎日会う口実はできた。今はそれで良しとしよう。

早速メンテナンスが始まった。

だが、ソフィアは首を傾げている。

「どうしたのだ、ソフィア殿?」

「……購入してから今日まで、そこまで日が経っていません。いくらギルバート様の扱いが雑だったとはいえ、ここまで魔力焼けが酷くなるなんてことがあるでしょうか……」

ソフィアは既に職人モードに突入していた。

じっ、とギルバートの杖を観察し、不具合の原因を探っている。

そこへ、奥の扉からガンダールヴルがひょっこりと顔を出した。

「ソフィア嬢。手は握ったのかね?」

「手、ですか?」

「うむ。直接触れた方が、魔力の流れがより鮮明にわかるじゃろう」

「あ……確かに。そうですね」

言われてみればその通りだ。彼女にとって、それは「より良い仕事」のための合理的な手段でしかない。

ソフィアは迷いなく、ギルバートの大きな手を両手で包み込んだ。

「失礼しますね」

「ッ……」

ギルバートの体が石のように硬直した。

多くの道具を使い込んできたであろう、「職人のタコ」があるソフィアの手。

至近距離にある彼女の顔。ふわりと香る甘い匂い。

心臓が早鐘を打ち、理性が焼き切れそうだ。

(脈がものすごく速い……? まだ戦闘の興奮が残っているのかしら?)

ソフィアは不思議に思いながらも、その手を強く握り直し、真剣な「職人の眼差し」で魔力の奔流を診る。

やがて、彼女はハッとして顔を上げた。

「……原因が分かりました」

「な、何か問題でも……?」

「杖が、長すぎました。申し訳ありません」

「え?」

「ギルバート様の魔力回路を、深部まで調べました。どうやらこちらの想定以上に、出力される魔力量が多いようです」

「は、はぁ……」

「木材の長さから割り出される、魔力が杖の外に放出されるまでの時間が、このままでは長すぎます。出口へ向かう魔力が渋滞を起こし、熱がこもってしまっているようです」

ギルバートは「そ、そう……なのか」とたどたどしく頷く。

こと杖に関して、ギルバートが知識量でソフィアを上回ることは不可能だ。ただ頷くことしかできなかった。

「杖が長いのはわかった。では、どうする?」

ソフィアは道具箱から、一本の『 糸鋸(いとのこ) 』を取り出した。

金属加工にも使われる、極めて刃の薄いノコギリだ。

「少し、切りますね」

「……切るのか?」

ギルバートの声に、わずかな緊張が混じる。

完成した杖を切断するなど、魔術の常識ではあり得ない。

杖の中には、血管のように魔力回路が通っている。切断すれば回路が断裂し、魔力が逆流して暴発するか、ただの木の棒になり果てるのがオチだ。

だが、ギルバートは彼女を止めなかった。

ただ、心配そうに尋ねる。

「回路が断裂してしまう恐れはないのか?」

「普通はそうですね。回路が切れて、使い物にならなくなります」

ソフィアは糸鋸を杖に当て、静かに答えた。

「でも、私にはできます」

その言葉には、絶対的な自信が宿っていた。

通常、魔力を持つ人間は、体内の魔力が反発し合い、指先に微細な「ブレ」が生じる。

また、無意識のうちに自身の魔力制御へ脳のリソースを割いているため、集中力が分散してしまうのだ。

だが、ソフィアは「魔力ゼロ」。

彼女の体内には、ノイズが一切ない「完全な静寂」が広がっている。

だからこそ、100%のリソースを指先に集中させることができる。

「…………」

ソフィアの瞳が、静かに澄み渡る。

彼女には視えていた。

電子回路のように複雑に絡み合う魔力回路が。

彼女の指が回路に触れる。魔力絶縁体質により、杖を流れる魔力が、そこだけプツリと途絶える。

電気を止めてから配線を切るように、安全な状態を作り出したのだ。

息を止める。

世界から音が消える。

カリッ、カリッ……。

微かな切削音だけが響く。

それは神業と呼ぶにも生温い、奇跡のような精密作業だった。

ギルバートは息を呑んで見守るしかない。

針のごとく細い魔力回路を、一本一本丁寧に切断していく。

コトッ。

杖の先端、数センチが切り落とされた。

続いて、新たに露出した魔力回路を一本ずつ、また繋ぎ合わせていく。

同じ木の樹脂から採取した特殊な接着剤を使い、断面を固定する。

最後に、切断面を丁寧にやすりで整える。

その断面は、鏡のように滑らかだった。

「よし……はい。これで振ってみてください」

「あ、ああ……」

ギルバートは恐る恐る杖を握った。

瞬間、目を見開く。

「……信じられん」

軽い。

魔力を通した時の抵抗が、完全に消滅している。

まるで、自分の腕がそのまま伸びたかのような一体感。

「前より、手に馴染んでいる。……凄いな」

ギルバートは感嘆の溜息を漏らした。

やはり、この人は別格だ。

この才能を、この笑顔を、誰にも渡したくない。

「よかったです」

ソフィアは満足げに微笑んだ。

その無垢な笑顔を守るためなら、毎日通うことなど安いものだ。

ギルバートは生まれ変わった 相棒(つえ) を握りしめ、密かに決意を新たにするのだった。