軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

祝福の犬笛

その日はギルドに珍しい人がいた。

何度か顔を合わせたことはあるし、仕事の話もまぁないことはない。そんな人だ。

滅多に顔を出さないものだからどうしても影は薄い。とはいえ、彼は間違いなくこのギルドで最も地位の高い人物だ。

筋肉質で大柄な身体はギルド内でも最も上等な服に彩られ。

眉間の皺は深く、常に何かに怒っていそうな顔をしている。

気難しそうな偉い人をまんま体現したかのようなその男こそ、ラムレイさんだ。

ここレゴール支部のギルド長を務める人物である。

「ここに居る者も知っての通り、とにかく人手が足らん!」

ギルドに訓示なんてものはないし朝礼なんてものも無いのだが、彼が喋っていると静聴したくなる。そんな不思議な声を持っている。

酒場でワイワイ騒いでいた男たちも、掲示板の前で悩んでいた連中も、装備品を磨いていた初心者たちも、手と口を止めてギルド長に注目していた。

「去年は特に木材不足に悩まされていた。理由はお前たちもわかっているだろう。レゴールの人口が急増したからだ! そして今年は更に悪くなるだろう。伐採作業の護衛、運び出し、開拓……とにかく人手が足らんのだ!」

俺とライナは“なんのこっちゃ”と顔を見合わせた。

普段はギルドを副長のジェルトナさんに任せているのに、一体どうしてギルド長がやってきたのだろう。

いつも貴族街の方に出て色々やってるラムレイさんだ。わざわざ俺達に校長先生みたいな話を聞かせに来たってわけでもあるまい。

「そして秋になれば再び! 小麦の収穫時期がやってくる! その際にここレゴールからも多くのギルドマンが護衛に出ることになるが、収穫時期にも多くの仕事に対応するためには動けるギルドマンの数を増やしておかねばならん!」

ラムレイさんはそこまで言って、掲示板に一枚の羊皮紙を貼り付けた。

なんだなんだ。

「これより秋の収穫期前までの間、昇級試験の実施日を増やし、またその参加費用を割引する! またブロンズ以下については昇級制限を一部緩和することとした! とにかく今は人手が足らんのだ! 意欲ある者はこれを機に試験合格のために励むようにな!」

それだけ言い切ると、ラムレイさんは慌ただしくギルドを出ていってしまった。

相変わらず嵐のような人である。俺も長くここにいるが未だにあの人はよくわからん。

「……昇級試験安くなるんだってよ」

「ブロンズの昇級も楽になるならやってみたいな。護衛依頼の報酬も上がるんだろ?」

「今日からってことか? じゃあ今日やる試験も?」

「すげー、ギルド長最高」

条件緩和は試験としてどうなんだいって思わないでもないが、受ける側のギルドマンからすればありがたい話だろう。

若い新人ギルドマン達は降って湧いた幸運にテンションが上がっている。アイアンからブロンズへの昇格も楽になるだろうし、そうなれば選べる仕事も増えて稼ぎも安定するからなぁ。

「今日の私の昇格試験も安くなるみたいっスね」

「お、儲けもんだな。ブロンズからシルバーに上がる試験は緩和されちゃいないが、ライナなら大丈夫だろ」

「っス……シーナ先輩やウルリカ先輩からはそう言われてるんスけど、どうなんスかね……でも、やるからには全力でやるっス!」

そう。今日はライナの昇格試験だ。

ブロンズ3からシルバー1へ。念願のシルバー到達が掛かっている、ライナにとって大事な日なのだ。

「なに、ライナだったら楽勝さ。それはこの俺が保証してやる」

「……ブロンズ3がなんか言ってるっス。モングレル先輩も今日一緒に受けた方が良いスよ」

「全力を出してこい、ライナ! 俺はエール飲みながら応援してるからよ!」

「人の昇格試験を肴に酒盛りするのやめてくんないスか!?」

そういうわけで、俺は今日観客として楽しむ事にしたのだった。

「なんだ、全員で見守りにくるのかと思ったらシーナだけか」

「他の皆は任務中よ。気にはなっていたけど、心配して見守るほどの試験でもないもの。だから一応私だけ」

保護者枠としてアルテミス総出でライナの応援でもするのかと思ったが、外野にいたのはシーナだけだった。どうも俺が思っている以上にシルバーへの昇格試験はぬるいらしい。というより、ライナの実力だったら心配いらないのか。

「そっちのアレクトラは“収穫の剣”のルーキーの見守りか?」

「ああ、まぁね。うちの何人かも丁度いい時期だったからさ。シーナも居たから話してたとこよ」

シーナの隣には“収穫の剣”副団長のアレクトラもいた。

世話好きの姉御肌な奴だからな。こうして試験を観戦している姿もわりとよく見かける。

「しっかし、モングレルも情けないねえ。二年前には後輩だったライナにもう抜かされてんじゃないのさ。いつまでブロンズで遊んでるつもりなんだい」

「はーい情けないですぅー」

「相変わらずムカつく男だねこいつは!」

「……まともに煽ろうとしても無駄よ、この男は」

そうこうやっているうちに、ライナの試験が始まった。

内容は的当てだ。

遠くに置かれた複数のターゲットには数字が書かれており、それを読み上げられた順番に撃っていくというものらしい。

これは視力試験のようなものも兼ねているらしく、遠くの数字をはっきり認識できないと厳しいようだ。まぁ弓の腕前が良くてもターゲットを誤認するようじゃ話にならんからな。魔物と間違って人間を撃ちましたじゃ洒落にならん。

「次、“7”!」

「っス」

俺にとっちゃ滅茶苦茶難しい試験にしか見えないんだが、ライナにとっては朝飯前なようである。どうも“ 照星(ロックオン) ”を使っている素振りもない。

読み上げられたターゲットをパカパカと快調に撃ち抜いていた。

「距離も大したことないし、的自体も大きいもの」

「距離、大したことないかぁ?」

「弓使いってのはすごいねぇ。ライナちゃんもあの歳でよくやるよ本当」

「うちの自慢の新人だもの。いえ、もう新人扱いはできないわね……ふふ」

やがて魔物の絵? っぽいものが描かれた板が土の上にドンと置かれ、別の試験が始まる。

今度は板に描かれた魔物に対し、弱点となる部位を狙って撃ち込む試験内容だ。

絵を見るに仮想敵はチャージディアらしく、目や首、心臓などを狙うと高得点になる仕組みらしい。

射撃位置も少し離されたので、そうなるとさすがにライナも精密射撃を意識するのか、“ 照星(ロックオン) ”を使って手ブレを抑制していた。

「あらぁ、上手だねぇ」

「動いてない的とはいえよくやるよなー」

「やろうと思えば一年前でも合格できたもの」

マジかよー。アルテミスがその気だったら去年はもうシルバーだったかもしれないわけか。

「けど、動いていない的に当てられるだけで魔物と戦えるようになるわけじゃない。それに実際に獲物と向き合った時の緊張や空気に慣れないと、いざという時に動けなくなるしね」

「あー、わかるねぇそれ私も。打ち合い稽古が強くても実戦とは違ってくるもんだ」

「……だな。新入りはもっと身の丈に合った場数を踏んで慣れておいた方が良い。さっきはギルド長がブロンズ以下の昇級緩和だって言ってたが、俺はそれもどうかと思ってるぜ」

「あれねぇ……確かに去年の収穫期は大忙しだったけど……」

「動かせる人手を早急に欲しがっていたわね」

……ブロンズやシルバーを多めに確保したい、か。

なんていうかそれだけ聞くと……しかも収穫期だもんな。徴兵に向けた準備なんじゃねーかって気配が大分強い。

けど、まだ夏だ。この時期に戦争の気配をキャッチできるもんなのか? まさかハルペリアの方から攻め込むわけじゃあるまい。だとしたらサングレールの侵攻準備を察知したってのがあり得る線だが、この時期から始まる準備ってなんだよっつー話だよな。

間違いなく小競り合いの規模の戦争準備じゃない。

「シーナ。もしもライナが徴兵されるようになったらの話だけどよ。お前が守ってやれよな」

「貴方に言われるまでもないんだけど?」

シーナは鼻を鳴らして笑っていた。

「仮に無能な指揮官の下についたとしても、私たちは使い潰されはしない」

「……豪語するねぇ」

「モングレルも一緒に守ってあげてもいいけれど?」

「俺は一人で守れるわ」

「なんだいなんだい。アルテミスもモングレルを引っ張ろうとしてるのか」

「アレクトラの方では勧誘してないの?」

「してるやつもいるけどねぇ、私は反対だよ。うちのパーティーにこれ以上団長みたいな変態が増えても困るもの」

「ふふっ」

「おいおい、俺を変態扱いするのはやめてくれよ」

「うるっさいね。うちの団長と意気投合してるくせに」

いやそれは俺もちょっと遠慮したいから……アレクトラの方からディックバルトに言っといてくれ……。

「ぬるっと昇格したっス!」

「おめでとう、ライナ! 良くやったわね……!」

「はい! いやー、思ってたより簡単で拍子抜けしたっス!」

ライナは無事試験に合格し、シルバー1へと昇格した。

これからは真新しい銀色のプレートを引っ提げて任務に臨むわけだ。子供の成長は早いねぇ……。

「これからはモングレル先輩のこと、先輩って呼ばない方が良いんスかね。……呼び方も、モングレルさんとか。……逆にモングレル先輩の方が私を先輩って呼んだり」

「あら、それ面白そうね。ふふ」

「ライナ先輩! ヨロシャス! オナシャス!」

「……やっぱ今まで通りで良いっス」

肝心のシルバープレートはまだもらえない。個人の番号や名前の刻印もあるからな。早くても受け渡しは明日以降になるだろう。

「ああそうだ、実は俺もうライナの合格祝いを用意してるんだよ」

「えっ?」

「どうせ遠からず合格すんだろうなと思ってな。ほら、これやるよ」

俺はポケットから薄桃色のアクセサリーを取り出し、ライナの手の上に乗せてやった。

「シャチの牙から削り出したペンダントだ。紐を取って別の付け方しても良いぞ」

「わぁ……こ、これどうしたんスか……すごい。あ、犬なんスね……!」

「市場でクジラの髭買った時に一緒にその牙を買っておいたんだよ。それをヤスリで超頑張って削って作ったんだ」

デザインは俺が考えたもんであれだけど、デフォルメされた雑種犬の顔だ。

色々と便利そうな部分に穴を開けてあるので、紐でも鎖でも革紐でも通しやすいようになっている。認識票と一緒に括ってもいいな。

「ちなみにそいつな。中に丸い玉が入っててな、紐を外してからそこの穴に思い切り息を吹き込むと笛みたいな音が鳴るようになってるんだ」

「笛っスか?」

「いざという時、どっかで一人で迷ったり動けなくなったりしたら思い切り鳴らせば良い。近くに人がいれば助けてくれるだろ。運が良ければな?」

つまりこれはアクセサリー型のホイッスルだ。正直ちょっと過保護かなと思ったが、まぁお守りみたいなものだ。実用品でもあるから、持っててくれるとこっちとしても安心できる。

「器用に作るわね……細工師になればいいのに」

「いやー、こんな小さいもんでも何日もかかったんだぞ。無理だよそんなの」

「へぇー、モングレルこんなもん作れるんだねぇ。なかなか可愛いじゃないか」

ライナはふてぶてしい犬顔アクセサリーをじっと見つめている。

デザイン微妙だったか?

「……すごく。すっごく嬉しいっス。モングレル先輩、ありがとう!」

「お、おう。そこまで喜んでもらえるとこっちも嬉しいな。……おめでとう、ライナ。シルバーになっても安全第一で頑張るんだぞ」

「はいっ!」

どうやら俺の手作りアクセサリーはなんとか使ってもらえそうだ。良かった良かった。机の引き出しとかに死蔵されるってことは無さそうで何よりだぜ。

「あ、ちなみにライナそれな、そこの穴に矢の柄をはめ込んでから撃つとな、笛の音が響く鏑矢にもなるんだぞ。俺は試してないけど暇だったらやってみな」

「いやそんな使い方はしたくないっスよ!? 失くしちゃうっス!」

「……他人への贈り物にまで変な機能を付けるのね、貴方」