軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

月下の死神

「……あ、おはよ……モングレルさ……」

「暑いっつってんだろぉおお!」

「え、え、きゃーーーっ!」

翌朝、目が覚めた時隣にいたウルリカをラグマットで簀巻きにして、一日が始まった。

「あー……でもわかる、これ結構落ち着くー……」

「ウルリカ先輩、はいこれ。枕っス」

「わぁー……あ、良いねぇこれー」

今日は撤収の日だ。拠点を全て引き払い、レゴールへと帰還する。

もちろん帰りはドライデンで護衛任務を受けなきゃならんから、多少時間が前後することはあるだろう。上手くいけば今日中にドライデンを発てるだろうか。

「二人とも、さっさと支度なさい!」

「っス!」

「はぁーい」

「全く……ゴリリアーナはナスターシャが洗った食器の片付けをお願いね」

「は、はい」

結局終わってみれば、この湖での収穫は水鳥肉と鮭っぽい肉ってところだ。

二日野営してこの成果は非常にしょっぱい。肉も魚もある程度管理棟に渡しちゃったしな。現金収入が無いってのが特にアレなところだ。

まぁその辺りはドライデンとレゴール間の護衛報酬で帳尻を合わせるんだろうが……俺としちゃそれでも大丈夫なんだが、アルテミスはクランハウスの維持もあるからなぁ。今日みたいな成果のショボい遠征はあまりしたくないんじゃないだろうか。

管理棟に挨拶し、ドライデンへ戻る。

管理棟の爺さん達はまた来て水鳥を取ってくれよなとヘッヘッヘと笑っていた。

水鳥に関してはアルテミス任せだから俺からはなんとも言えんね。シーナのやる気があればまたきっとここに来ることもあるだろう。

俺も結構釣りを楽しめたしな。気が向いたら一人で来ても良いかもしれん。少なくとも海よりは近いしな。

「魚釣りって面白いんスねぇ。あんな小さいのに、引く力は結構あってびっくりしたっス」

「ねー。大物かと思ったら拍子抜けするくらい小さくて驚いちゃった。もっと大きかったらどうなるんだろうね……」

「俺が釣り上げたハイテイルは特殊だけど、海に行けばそれなりのサイズの魚はいるんじゃねえかな。竿が軋んで折れるか折れないかのファイトを満喫できるぞー」

「そういう楽しみ方するもんなんスか……」

「そういうもんだぜ、釣りってのは」

引く力が強ければ強いほど良い。そういうもんだ。エイ以外ならな。

「また今度、モングレル先輩についてっていースか?」

「おお良いぞ。アルテミスの許可を取ってだけどな」

「えー良いなぁー、私もいきたーい」

「ウルリカもかよ。言っとくけどシーナに頼み込むのは俺じゃないからな」

やがて、ドライデンの馬車駅に酪農品を積み込んだ馬車がやってきた。

そろそろレゴールに向けて出発だ。久々の遠征だったが、わりと楽しかったな。やっぱり気の合う奴がいると心の安らぎ方も違うのかもしれん。

帰りの道は行きをより平穏にしたようなものだった。

盗賊は出ないし、ゴブリンの集団は襲いかかってこないし、この辺にいないはずの強大な魔物が襲ってくることもない。

強いて言えば夏の日差しが少々厄介なくらいだ。

途中に立ち寄った村で都度補給して、また出発する。それだけの旅程だ。

時々ライナが樹上の鳥を撃って落とすなどはあったが、馬車の歩みが止まることもない。

至って順風満帆な調子で、俺達は懐かしのレゴールへと戻ってきたのだった。

ここまでは良い。レゴールに戻るまでは完璧だった。

それが通りがかったのは、俺達がまさにレゴールの北門前に到着した瞬間のことである。

「お先、失礼させていただきます」

俺達の真横を黒い風が吹き抜けた。

「うわっ」

「っ!」

それは巨大な馬だった。

さんざん聞いてきた馬の足音を強く上塗りするように響く音を響かせ、俺達を颯爽と抜き去ってゆく。

前世でいうところのフリージアンに似た種類の馬に乗るそいつは、魔法使いのような紺色のローブを羽織り、しかし肩には巨大な鎌を乗せていた。

俺はその鎌の名を知っている。斧と、槍と、そして巨大な鎌がついた長柄武器……グレートハルペ。

そいつがハルペリアの黒い軍馬に乗っている。その姿だけで、どんなに学のない奴でも何者かがわかってしまう。

「申し訳ない。急ぎなもので……」

黄色い仮面を被った男が小さく頭を下げた。

ハルペリアの精鋭馬上騎士部隊「月下の死神」。

その部隊名を聞いてクソほど厨二すぎるっていう感想が出る奴はニワカもいいところだ。

ハルペリアで十年ほどROMってる奴ならその名が決して飾りではないことをよく言い聞かされているし、中には見てきた者も少なくはない。

「……いいえ。任務、お疲れ様です」

あのシーナですら強張り気味に返答をする相手だ。

地位も実力も高いこの国の精鋭を前にしては、震え気味な反応をするのも仕方ない。

黒い馬に乗った男は、騎乗したまま門を通過して街の中へと入っていった。

「……すごい威圧感だったっス」

「怖いねー……死神さんは……」

死神。彼らの部隊は人々にそう呼ばれている。

馬上騎士に許されたグレートハルペを自在に振るえるのは当然として、馬上で魔法の扱いもできなければ「月下の死神」には所属できない。

だから今横切った奴は、そうだな。この街にいる近距離戦の一番強いやつと魔法の一番強いのを合体させたような性能を持っている男ってことだな。近距離戦に関してはもっと強いかもしれん。

「……二人とも見たかよ、あの鎌」

「見たっス。あんなの振り回せるなんてヤバいっスね……」

「私なんて持ち上げるだけで精一杯だよー……」

「あの鎌さ……俺の買ったグレートハルペとちょっと形が違かったんだけど。気のせいか?」

「え?」

死神。その突然の訪問に少し驚いたのは事実だ。

しかし俺はそれ以上に、あの男の持っていたグレートハルペの形状に目を奪われていた。

……なんか……ちょっと鎌の付け方っていうか、角度っていうか……違くない?

「ま、まさか俺の買ったグレートハルペ……偽物なんじゃねえか……!?」

「……知らないっスよ」

「やべえ……後でアレックスに聞いて確認してみねえと……!」

「あれ、死神さんには聞かないんだ?」

「そんな怖いことできるか!」

「えぇ……」

馬上騎士なんてほとんど貴族みたいなもんだろ。嫌だよ俺そんな連中を相手にコンタクト取るの。

俺達はギルドで任務達成の報告をした。護衛任務だな。

俺は正直さっさと宿に戻ってお湯でも貰いたかったのだが、さっきのグレートハルペが気になってしょうがなかった。

宿に大荷物を戻してから、俺は再びギルドへ戻ってきた。

「アレックス! おいアレックス!」

「うわっ、また来たんですか……なんですかモングレルさん。久しぶりに顔を合わせる気がしますけど……いや本当になんですかその布に包まれた武器は」

「見りゃわかるだろ、グレートハルペだよ」

「ええ……なんでそんなの貴方が持ってるんですか……」

「市場で買ったからに決まってんだろ!」

「普通買いませんって……」

「良いからこれ見ろよ、これ! お前従士だったならグレートハルペとか取り扱ったことあるんだろ!」

「ありますけど……」

アレックスにグレートハルペを渡し、鑑定させる。

買った時は間違いなくピンと来てたんだが……北門前で通り過ぎたあの死神さんを見てから俺の中でコレクター魂が悲鳴をあげている。

まるっきり偽物なのは良い。それは許す。諦めもつくというか、そういうものでも味はあるからな……。

でも中途半端に似せようとしてのクオリティの低いB品は勘弁だ。それはなんつーか……恥ずかしいんだ……!

「んー……同じような気がしますけど……あ」

「何か気付いたか?」

「このグレートハルペ、鎌の部分がちょっと急すぎませんかね……? これは柄と直角に生えてますけど、実物はもっとこう、槍側に上がっているというか、振った時に斬りつけやすい角度になってるはずなんですよね……」

「偽物ってことかい……?」

「んーどうですかね、物自体は見慣れてる気がするので本物だとは思うのですが……鎌の部分だけが気になりますねえ。ここが駄目で安く売られていたのかもしれませんよ」

マジか……知らなかった……そんなの……。

「なんだなんだ、アルテミスと合同任務してた裏切りモングレルがいやがるぞ」

「お前モングレルよぉー、アルテミスの子たちと何してるんだよぉー」

「あのな……今はアルテミスどころじゃないだろ? 見ろよこの俺のグレートハルペを……!」

「うわっ、お前そんなのまで買ってたのか……」

外野も寄ってきやがった。畜生、また俺のコレクションを肴に酒を飲むつもりかこいつら……。

「あ、肴といえばこれはい。遠征先で作ってきたハイテイルのジャーキーな。みんなにもやるよ」

「遠慮しとく」

「やめとくわ」

「気持ちだけもらっておくぜ」

警戒しすぎだろ……。

「しかしモングレルさん、遠征先から帰ってきて早々になんでグレートハルペなんですか? ……あ、このジャーキーは珍しく美味しいですね。スモークが強くてイケます」

「アレックスが大丈夫なら俺も食うか」

「俺も俺も」

「こいつら……いや、別に大したことじゃないんだけどな。さっき北門に入ってくる時に横から俺達を追い越していったんだよ。“月下の死神”が」

「えっ、“月下の死神”ですか!?」

「そいつが持ってるグレートハルペと形が違くてなぁ……そうか、売ってたのはそういう訳だったか……」

アレックスはまだ“月下の死神”が来たという驚きから立ち直れていないようだ。

「なあ、“月下の死神”が来たのには何か理由でもあるのかな。俺は最近までレゴールにいなかったからわからねえんだけど、心当たりとかないか?」

「いえ……無いですねぇ。“月下の死神”といったら国難の対処に当たる国の特殊組織ですよ。僕が聞いたって教えてくれるものではないでしょうね……」

そうか……俺もレゴールで見るのは二度目くらいだから驚きだった。

ああいう奴らってほとんど街中には居ないイメージがあるんだが。

「“月下の死神”がレゴールに来たなんて、不穏だなぁ……おめぇはなんか心当たりはあるか?」

「いやねェな。物騒な話もここんとこは聞いてない。貴族街は知らんけどよ」

「戦争ってわけでもないか……?」

「北門を通るってことはないだろう。それで来るなら東か南だ。あるいはラトレイユでよほどヤバい魔物が出たか……」

「……念のために今日は待機していますか。ひょっとすると緊急の任務が入るかも知れません」

戦争か。それは嫌だな……でも北、つまり俺達と同じ方角から来たってんなら……。

いや、あの軍馬は山越えもできるんだったか。そう考えると斥候として山を通り抜け……なんてのもできるのか……? できそうではあるがそこまでするかな……。

「まぁ待機は良いがモングレルよ……結局お前はアルテミスの誰を狙ってるんだよ! ぇえ!?」

「いや別に狙ってるとかじゃなくて……俺はただ釣りとかそういうのをだな」

「遠征先で誰と何をしたっていうんだ貴様ぁ……」

「きっちり白状してもらおうか……!」

「まあまあ、魚ジャーキー食えよ。ほれ」

「美味い」

「しょっぱ美味しい」

「噛めば噛むほど味が出る」

「……あの、皆さん僕のテーブルの周りでやるのやめてもらえませんか……?」

レゴールへの帰還。それと同時にやってきた「月下の死神」。

何かが起こりそうな予感……がしたのだが、結局この日は夜まで待機してても何も起こることはなかった。