軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

閑古鳥の挨拶

『ウィレム・ブラン・レゴール伯爵、おめでとうございます! 子は宝! ましてそれが伯爵様の嫡男ともなればより一層素晴らしい! このイシドロ、今や単なる歌劇好きの老いぼれではございますが、太陽と月の国を繋ぐこの伯爵領に生まれた新たなる希望に祝福の曲を捧げさせていただきたいッ!』

その奇妙な来賓客は、自ら言うように老いていた。

禿げ上がった頭にはウィレムも親近感を覚えたが、しかしその人物が持つ目の輝きや生命力は、決して凡庸な老人のそれではなかった。

良く喋り、よく歌い、身振り手振りを交えて長々と語り続ける。

貴族に饒舌な者は珍しくもないが、老人……イシドロ元神殿長は、ウィレムの人生で出会った人物の中でも特に舌の回る男であった。

『しかし……タカ派の連中にはほとほと呆れ果てたもんですなッ! 聖王フレアを囚えるばかりでなく、今まさに和平を結ぼうという我々のところに最期の横槍を寄越すとは! サングレールも一枚岩ではないが、ここ数十年の連中の動きは常軌を逸している! なんとまあ酷いことを!』

ウィレムはこのイシドロ元神殿長が、カッコウ派……いわゆる“聖域派”に属する人物であることを知っている。

魔物を用いて国境を封鎖し、両国を分断することで戦争状態を強制的に終わらせようという派閥だ。手法は過激であるが、着地点そのものは停戦に向けたものであるため、タカ派ともハト派とも分類できない特殊な集まりだ。

そんな人物がはるばるレゴールまでやってきて、様々な建前を抱えた上でウィレムの眼の前にいる。

“白頭鷲”の個人の武勇に恐れを成した王都の貴族たちは、アーレントを王都に迎え入れることはせず、色々と能書きを垂れた上で全ての対応と会談の場をレゴールに押し付けた。イシドロはそんなレゴールの事情を知った上でやってきたのだろう。

バロアの森で起こった“日陰者”の事件にも関与している可能性もある。

『しかし伯爵……私は信じておりますぞッ! 愛と平和は、決して悪に負けないということを! ようやく頭を出し始めた、絆の萌芽を!』

咆哮を上げたサンライズキマイラ。聖域派。可能性は高い。

そんなことなど素知らぬ顔で、イシドロは両国の融和を語り続けている。

……挨拶と雑談も合計して、およそ三時間近くずっとである。

さすがのウィレムも、これには疲れ果てた。

結局のところ、イシドロは尻尾を掴ませることはなかった。

ただ長々と挨拶し、文化交流こそが大切なのだという話をノンストップで力説し、劇のナレーションでもするかのように平和について熱く語り……最後にいくつか利のありそうな話を残して帰っていった。

イシドロは今や神殿長ではなく、劇団長だ。身軽な立場で前向きな話だけをするには、都合がいい肩書きなのだろう。実際、今回の会談でそれがよく伝わってきた。

「……ふー。参るねえ、サングレールの大物は。喋りが上手い上に、独特な勢いと圧力がある。苦手なタイプだ」

「お疲れ様でした、ウィレム様」

執事のアーマルコから差し出された焼き菓子を手に取り、もぐもぐと頬張る。

息の詰まる話を終えた後の甘味は格別であった。

「“日陰者”はどうにかバロアの森だけで、ほぼギルドのみで処理。……これは本当に助かった」

「さようにございますな。ギルドマンの死者及び怪我人は多いようですが」

「補償は手厚くしておこう。彼らには貧乏くじを引かせることになってしまった」

ウィレムは領軍を動かす判断を最後の最後まで温存していた。

相手は後光のサルバドールを含む“日陰者”、サングレールの特殊部隊だ。街の警備を最優先で固めなければならなかったし、広大な森を巻狩りすることは現実的ではなかった。もちろん、長引けば突入させるつもりではあったが……結果としてはベターな解決に至った。その点には胸を撫で下ろしている。

「報告によれば首謀者の後光のサルバドールも死んだというし、向こうさんは本格的に大変そうだなぁ」

「大変なのはスピキュール教区とモートン教区くらいのものでしょう。他の教区からすれば、願ったりな展開なのではないかと。聖王フレアの身柄も押さえられれば、これ以上できることはありますまい」

聖王フレアはサングレール聖王国の表向きの頂点である。

若く美しい女性であるが、長年彼女の周辺はタカ派によって固められ、半ば操り人形と化していた。

しかし現在では聖王フレアは救い出され、本人の口から和平に前向きな言葉が出ていることが明らかとなった。

それまで良いように聖王を操ってきたタカ派への逆風は止むことがない。

報告によれば、サングレール国内の様子は混乱している様子である。

だが両国の和平の流れはウィレムから見ても、ほぼ確実視できる状態にあった。

「……それに……イシドロ殿の匂わせていた“交易の裏道”。サングレールとハルペリアを繋ぐ新たな裏道の存在も気になるところだ。……ブラッドリーでもエルミートでもない、急峻で遠回りだがハルペリアに直接つながり得るルートがあるというのは、心躍る話だよなぁ」

「ウィレム様。あの男の口車に乗せられるのはいかがなものかと……少数のならずものが使うような裏道は、どこにでも存在するものです。しかしそれが交易に使えるかはまた別の話でございましょう。勾配、道幅、整備……裏と呼ばれるだけあり、並々ならぬ道かと」

「わかっているさ。言ってみただけだよ」

レゴールが名実ともに中継都市となる。そうなればこの領地は安泰だろう。もちろんそんな甘い話があるわけもない。期待するだけ無意味な、儚い夢だ。それはウィレム自身よくわかっている。

だが、その裏道が今回の“日陰者”の侵入に使われた可能性は高い。イシドロ元神殿長もそう示唆していた。一度調査しておく必要はあるだろう。……あるいはそこまで胸襟を開くことで、さっさと“日陰者”を切り捨てようとしているのか。

「そのようなことよりもだ、アーマルコよ」

「は」

「私は息子の顔が見たいぞ。ちょっとだけでも良いのではないか」

「まだ執務の時間が終わっておりません。もうしばらく頑張りなさいませ、ウィレム様。ケルネルス様のお世話は、ステイシー様がしっかりと担当してくださっておりますゆえ。役割分担ですぞ」

「ぬおおお……ケルネルスぅ……!」

まだまだ大変なことが山積みな伯爵家だが、それでもウィレム個人は幸せの只中にあったのだった。

伯爵家の屋敷から出たイシドロ元神殿長は、歳の割に軽やかな足取りで馬車に乗り込んだ。

「やあやあどーも、すまないねッ! 話に熱が入ってしまって、長引いてね!」

「構いませんよ」

「伯爵様は聞き上手なものだから、つい気分が乗ってしまったよ! ハッハッハッ!」

「はは……ええと、どちらへ出しましょうか」

「もちろん新劇場まで! 施設のチェックと指導の仕事があるのでね、そこまで頼むよ!」

「かしこまりました」

馬車がゆっくりと走り出し、守衛によって門が開かれる。

貴族街の景色を眺めながら、イシドロは新劇場での仕事について想いを馳せるかのようにぶつぶつと呟いているが、彼の脳内はそれとはまた別の思索に耽っていた。

“日陰者”による最後の足掻き。その手引きをしたのはイシドロである。

聖域派としての身分が割れないよう何重にも隠蔽しながらも、密輸に使われているルートにサルバドールら“日陰者”を案内し、バロアの森まで送り届けた。

サンライズキマイラを刺激することによる大規模スタンピード。それはイシドロとしても未知数だったし勝算は限りなく低く見えたが、“日陰者”だけで行われるのであれば懐も傷まないし、全滅したとしてもそれはそれで小うるさいタカ派が消えてくれるのでありがたい。

万が一にでも成功すれば、レゴールを基点とした魔物による空白地が誕生する可能性もある。もちろん限りなく奇跡に近い無謀な賭けではあったが……聖域派としてもほとんどの手札がない状態ではあったので、元手がいらないのであれば乗ってやろうと思ったのだ。ただそれだけのことである。

結果を見れば、案の定失敗に終わってしまったのであるが。

「うーん……綺麗な町並みだ」

後光のサルバドールは街に少しの傷を付けることもなくこの世を去ってしまった。

“日陰者”も長年タカ派の連中から良いように使われ続けてきた組織である。後ろ暗いことも随分とやってきた。だが、仕事はしてきた連中だった。その報いがこれだ。故郷から遠く離れた森の中で、ひっそりと息絶える。哀れなものだ。

“ 絶対伏衆(テイマークーア) ”による蛇との視覚共有に距離限界がなければ森の様子を見てみたかったのだが、サルバドールが死んだ今となっては土産話を聞くこともできない。真相は全て森の中である。

「ゴミは綺麗に掃除され、砕けたりひび割れたりも極々少ない。美しい通りじゃないかね、君」

「ありがとうございます。素敵な大通りですよね。……我々の誇りです」

聖域派としてはハルペリアのど真ん中に国境線を引いてやりたいところであったが、今やそれは難しい。

であれば、いち早くカッコウをやめてハトになる準備をしなければならないだろう。

そんな事を考えながら、イシドロは目に映る貴族街の景色を褒め称えるのであった。