軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

蹴爪を研ぐ英雄

「……もはや、“日陰者”も終わりだ。優秀な者は都市部に潜伏する死神らに消されるか……ロレンツォ、君のように離反するかばかりでね。及第点まで育った者たちが身の丈に合わない任務にすり潰され、残ったのは技量に乏しい若輩者ばかりだ」

後光のサルバドールは僅かによろめきながら、姿勢を整える。

違和感のある鳥面に触れてみると、どうやら瞼の部分に亀裂が入っているらしい。金色の欠片がパラパラと落ちてしまった。

「素晴らしい一撃だった。最後に会った時よりも随分と腕を上げたね、ロレンツォ」

「……クソ」

鎧の一部が剥げた。他に目立った傷は、無い。

対するロレンツォの方はといえば、満身創痍であった。

左手の指は親指以外が斬り落とされ、左目は深々と刻まれたフランベルジュの裂傷によって潰されている。

他にも防ぎきれなかった数多の傷が全身に及んでおり、もはや気力で意識を保っているのが奇跡と呼べるほど。

今彼の意識を繋ぎ止めているのは、長年にわたる復讐心だけであった。

癖のある紺髪の隙間から覗く碧眼だけは、まだ闘志を失っていない。

「無理を承知で一応言わせてくれないか。ロレンツォ、“日陰者”に戻ってきておくれ」

「俺達はお前の道具じゃない……! “日陰者”と共に滅びろ、サルバドール!」

「まあ、そうなるね。……うーーーむ、諜報とは難しいものだ。いくら洗脳を深めようとも、市井に送り込めば常識と平穏で簡単に上書きされてしまう。複数人で組ませ互いを監視させたとしても、誰かが裏切り連鎖する……」

サルバドールはフランベルジュを背面の盾に納刀し、金色の嘴を撫でた。

「君が強く願わずとも、私もじきに死ぬよ、ロレンツォ。見ての通り、今回はなりふり構わず来たのでね。非常に危険な任務だ。おそらく私も、死ぬだろう」

「……ハッ。レゴールの貴族街に特攻でもするつもりかッ……!? それとも、アーレント氏を消して内向きにアピールでもするつもりか! 無様だな、サルバドール……! どちらにせよ、それは不可能だ……! レゴールは侯爵家と結びつき、強力な防諜能力を手に入れた……! 貴様が捨て身でいったところで……!」

「ああ、不可能だろうね。私といえど、死神やそれに比肩する者達の警護を掻い潜っていける気はしない。……聖王フレアをハト派に匿われた以上、今さらアーレントを消したところで効果は薄い。もはや我々スピキュール教区のようなタカ派は滅亡寸前さ」

「それでもッ……ゴホッ、万が一に賭けるか!? やってみせろよ、せいぜい貴族街の外壁前で野垂れ死ねッ……!」

「いいや、レゴールには攻め入らないよ」

サルバドールの言葉に、ロレンツォは考え込んだ。

彼の言っている意味が良くわからない。レゴールに攻め入らないのであれば、“日陰者”総出でバロアの森に潜り込んだ理由がないように思われた。

「私の目的地は、まさにこのバロアの森。この森の最奥にいるという伝説の魔物、サンライズキマイラを見つけ出し……討伐か、あるいはレゴールへとけしかけることにある」

「……はっ、ハハハッ」

暫し言葉を失ったロレンツォだったが、すぐに失笑が溢れた。

「サンライズキマイラ!? 馬鹿め、サンライズキマイラなんてものは……人間が挑めるものじゃない。誰も討伐したことのない魔物だ! ゴホッ……それを……お前程度の奴が……!」

「仕留められたならば、英雄になれるだろうね」

サルバドールは背面のフランベルジュから一本を掴み取り、勢い良く抜き放った。

「英雄なん、て……」

その蛇行した刀身を見て、ロレンツォが言葉を失う。

サルバドールが抜き放ったその剣は、眩いほどに光り輝いていたのである。

もしそれが光魔法によるものでないのだとすれば、強大な魔力が放つものであろう。そしてこの輝き方は、尋常な魔力量ではない。

「“この森に存在する敵を粛清する”ための刃だ。仕様上、非戦闘員では切れ味を稼げないのが悩みでね……だが、君のようなギルドマンであればギリギリ“敵”となるのはわかっていた。だからまあ……砥石だったのさ。君たちも、“日陰者”たちもね。……言っても解らないだろう? ハハハ、いやすまない。久々に会えたからだろうか。柄にもなくお喋りしてしまったね」

サルバドールは再び納刀し、盾をカラカラと回す。

相変わらずその回転に僅かな歪さを感じながらも、サルバドールはひとまず良しとした。

「……本気で、サンライズキマイラを……」

「本気だよ。誰とは言わないが、カッコウ派の取引に応じたのさ。キマイラを仕留められれば森は痩せ、この地域は大きく衰退する。仕留めきれずとも、怒らせ森の外にまでその怒りを引っ張り出すことができれば……それは最上の結果になってくれるだろう」

「イカレてやがる……」

「無謀も承知だよ。我々も必死なのさ」

大昔、サングレール聖王国はコルティナメデューサの怒りを買わないよう慎重に山を越え、現ハルペリアの領域に進出した。無限に広がり続ける森林、枯れることのない河川。豊かな土地がどこまでも続き、開拓の時代は地の果てにまで続くかに思われた。

開拓を続けた森の途上で、サンライズキマイラの支配圏にぶつかるまでは。

国の威信を賭けて幾度もサンライズキマイラに挑んだサングレール聖王国であったが、その結果は無数の屍によって語られている。

結果として開拓は頓挫し、やがて開拓民である被差別階級のハルペリア人たちが蜂起した。

今や山地を隔て、サングレールとハルペリアは睨み合いを続けている。

もしサンライズキマイラを御することができるならば、サルバドールは英雄となるだろう。聖王国は威信を取り戻し、再びタカ派が支持を集めることにもなるかもしれない。

多少の時間は掛かるだろうが、サンライズキマイラの討伐によってハルペリア王国も衰退するはずだ。

レゴールという立地と都市は、それだけバロアの森に依存している。

もちろん、サンライズキマイラという不確定要素を用いるこの案は実現性に乏しいため、奥の手も奥の手だ。それは 聖域(カッコウ) 派にとってもそうであった。

だが形振り構わないタカ派の最高戦力が駒となってくれるのであれば……多少の現実味は帯びてくるかもしれない。

それ故に、サルバドールは己と“日陰者”の全てをここに集めたのだ。

「ロレンツォ。正直私にとっては今でもね、君は敵とも味方とも言いにくい微妙な存在なのだよ。私の心の片隅では、君のことをまだ仲間だと思っている私もいるのだ」

「……気色の悪い男だ。死ね……!」

「刃に捧げる贄を濁らせたくはなくてね……君はここで捨て置くよ。もしも君がそこで長く生き延びるようなことがあれば、その時はサンライズキマイラの咆哮を聞いてほしい」

「……」

木を背にして力なく座り込むロレンツォにサルバドールが歩み寄り、顔を近づける。

真正面から向けられるニワトリの金面は、無機質な狂気を放っていた。

「“磔刑のロレンツォ”、我が同胞よ。我が旧き弟子よ。陽が昇る時は来た。かつて数多のサングレール兵が散ったこの森で、私は伝説を討ち滅ぼす英雄となってみせよう」

そう言って、サルバドールは立ち去っていった。

ロレンツォは微かな意識でその後ろ姿を見送り……彼に対して変わらぬ怒りと嫌悪感を抱くとともに、内心で僅かに哀れにも思っていた。

「英雄……英雄、か。……俺達も道具だったが、結局はお前も……変わらないんだな」

慎重なサルバドールが己の危険を顧みず、大博打に打って出た。

分の悪さは何よりも彼自身が自覚していることだろう。承知の上でサンライズキマイラ討伐という夢見事を掲げているのだ。

サングレール聖王国は自分が思っているよりもずっと切羽詰まり、崖の縁に……いや、既に崖から落ちているのかもしれない。

もはや崖から落ちながら、咄嗟にどこに掴まるかを選ぶ段階に来ているのだろう。

ロレンツォにとってそれは非常に愉快なことであったが……ゾクリと這い上がってくる億劫な寒さが彼を不愉快にさせた。

「ああ、死ぬかな……これは……クソ……」

サルバドールとの激闘は、ロレンツォに多大な出血を強いた。裂傷を刻むフランベルジュは掠っただけでも傷口を大きく広げ、血液を消耗させる。どうにか強引な止血はしてみせたが、このままではそう長くも保たないだろう。

念の為に持っていた虎の子のポーションも最も大きな傷口を塞ぐのに使ってしまい、他に医療品はない。

「最後に、一矢報いてやりたかったな……」

サルバドールの言う“サンライズキマイラの咆哮”を聞く前に死ぬことになりそうだと、ロレンツォはなんとなく予感した。

「誰に一矢報いるって?」

「……ハハ」

草を踏む音と、聞き覚えのある男の声。

それを耳にした時、ロレンツォは思わず笑ってしまった。

「よう……モングレル。久しぶりな気がするな、お前……」

「結果として、一緒に森を探索した方が良かった状況になっちまったみたいだな」

あまりにも都合の良すぎるタイミングで現れたのは、モングレルであった。

今いるここも森のかなり深い場所であるはずなのだが、それでも彼は普段と全く変わらない様子で話しかけてきている。

ロレンツォの心は半分ほどサングレール時代に浸りかけていたが、馴染みの顔のおかげで一瞬でハルペリア側へと引き戻された心地であった。

「それに……まぁお前も随分と派手な怪我だな。うわっ、お前それ左目……マジかよ……」

「……すまん、モングレル。薬はあるか……?」

「ああ、薬はあるぞ。……正真正銘本物の、買い足したばかりのポーションだ。包帯もあるし薬草も少ないけど幾つか持ってきてる。……運が良かったな。命を繋いだぞ、ロレンツォ」

「……死を覚悟していたんだがな」

「おい、いらねえならやんねーぞ」

「いる! いるいる、悪かった、ありがとうモングレル。恩に着る……!」

「ったく、最初から素直にそう言えよな」

どうやら、この期に及んでも自分はまだ死ぬ運命にはないらしい。

「……ありがとう」

ロレンツォは真新しいポーションの瓶を陽に煌めかせながら、どうにも格好のつかない自分を思って少し笑うのだった。

「気にすんなよ。ちゃんと金は取るからな」

「おいおい……」

モングレルは、サルバドールが立ち去った方角を眺めている。