軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

落日は西に沈む

右腕を失ったなんてことになれば、当然そこからはもう仕事をするわけにはいかない。

俺はブレーク爺さんを半分ほど介助するような形で帰還することになった。ポーションはあくまで応急処置でしかない。ヒーラーにしっかりした治療を受けさせるためにも、さっさとレゴールに戻らなければならないのだ。

その上、俺達を襲った謎の偽ギルドマンに関する報告もある。ひょっとしたらギルドから爺さんに補償金が出るかもしれないし、下手人が遺した荷物や武器などはできる限り回収することになった。荷物が増えてちょっと大変だが、そこはまあ俺が頑張れば良いのだが……。

さすがの俺も利き手を失った経験はないし、もちろん長生きしているブレーク爺さんだって初めての体験である。

道中では様々な不便を見つけたし、早々にブレーク爺さんのこれからの課題も見えてきた。

「利き手が使えねえってのは、どうしようもねえな本当。結び目なんか解けるもんじゃねえよ」

「確かに、解くってのは片手じゃなかなかできないな……これからはボタンで留めるようなもんじゃないと大変そうだ」

この世界ならではの問題として、結んだりほどいたりといった、両手を使うこと前提の道具が多いということが挙げられる。

前世ではユニバーサルデザインなんていう、片手でも気軽に取り扱える道具類は色々あったものだ。それがことごとく無いどころか、両手じゃないとまず無理なんてのも珍しくはない。

爺さんは袋タイプの水筒にぐるぐると革紐で留めるやつを愛用していたが、取り回しの面倒臭さに既にもう何度か袋をぶん投げている。物に当たるなと言うのは酷な話だろう。爺さんはつい数時間前まで、しっかり不自由なく両手を使えていたのだから。気持ちは痛いほど伝わってくる。

……ユニバーサルデザインか。帰ったらその辺りの発明品も考えてみるか……。

「剣なんかまともに振れねえな。槍か中くらいのサイスが欲しくなるぜ」

「サイス? グレートなやつかい?」

「馬鹿か。片手でも扱える、あー、あれだ。剣に近いショテルみてーな武器だ。ここらへんじゃあんま見ねえのか?」

「ショテル使いは見るけどなぁ」

「“収穫の剣”の二つ前の団長が使ってたやつだよ馬鹿」

「俺その時代知らねえよ」

「そうか? ガハハハ、そうか、生まれてねえかモングレル!」

「いやさすがに生まれてるとは思うけどさ……」

右腕の肘近くにバックラーを固定し、爺さんはそこについでとばかりに左手でよく使うような道具を括り付けている。いっそのこと荷物をキープする箇所にするという思い切った使い方に俺としてはちょっと面食らったが、考えてみれば転んでも手をつくこともできない腕だ。合理的ではあるのかもしれない。

幾つかの適応を発見して、その数倍以上の不便さが目について。

失った血液のせいで全く本調子にもならず、休み休みでも自分の脚で森を進み……俺達は行きよりもずっと長い時間をかけて、どうにかバロアの森の東部寄りの方へと戻ってきた。

人の多い東部近くであれば、同じように潜っているギルドマンが手助けしてくれるであろうと思っての判断である。……いやまあ、ブレーク爺さんはギルド内でもちょっと腫れ物扱いはされているが……さすがに腕の一本を失ったのだ。手を貸さない薄情者はいないだろう。

実際、道中で探索中のギルドマンとは遭遇できたし、ブレーク爺さんのために帰還の手伝いもしてくれた。

ありがたいことである。

しかしそれと同時に、俺とブレーク爺さんはこの森に起こっている異常事態を知ることになったのであった。

「おお、モングレルか。そしてブレークさんも。……先に戻ってきたギルドマンの報告で聞いているよ。ブレークさん、右腕は災難だったね」

「ああクソッタレだぜ。……しかしジェルトナ、こいつはどういう騒ぎだ?」

バロアの森東部、街道と接続する馬車道の終端。

そこはいくつかの作業小屋と小さな砦のある広場があり、普段であれば森に入っていくギルドマンたちが思い思いに過ごしている場所なのだが……今日この日に限っては、全く別種の賑やかさに満ちていた。

それを象徴するかのように、普段ギルドで忙しく事務仕事をしているはずのジェルトナ副長までもがここにいて、難しい顔を見せている。

「見ての通りだよ。……ギルド主導で森の入口であるここにいくつかキャンプを立てて、そこにレゴール領の軍の一部が詰めている。……近年稀に見る一大事だ」

大変だって話は既に聞いていた。

爺さんと一緒に帰還してる時に出会った知り合いのギルドマンが、珍しく落ち着かない様子で“なんか知らんが大変なことになってる”と言ってたからな。

その時は詳細も何も聞けなかったというかそいつの説明が下手くそだったのでイマイチわからなかったのだが、こうして目で見ると一目瞭然だ。

なんか知らんが大変なことになっている。

「サングレール聖堂騎士の大剣豪、悪名高き“後光のサルバドール”とその勢力、“日陰者”たちがバロアの森に侵入しているらしい」

「……グハハッ! 聖堂騎士! オイオイすげぇなサングレールのクズどもめ! トワイス平野ぶっちぎってきたのか!?」

聖堂騎士。それを聞いて、俺は思わず表情を消してしまった。

表情間違えたわ。こうじゃないね。難しい顔をしておかないとね。

「軍ではなく、あくまで少数部隊での侵入のようだ。……昨日、森の中でギルドマンに扮した特殊部隊の人間が発見され……犠牲は出たが、上手く生け捕りにすることができた。今のところ、主な情報源はそこからだね。……二人とも、こっちへ来てくれ。ブレークさんはもう少し、治療を待ってもらっても? 先に話を聞かせていただきたい」

「おう、構わねえよ。面白え話が聞けそうじゃねえか。戦争でも始まってんのか? ガハハハ」

「笑いどころじゃねえよ爺さん……」

俺と爺さんはジェルトナさんの先導で砦近くの天幕に案内された。

よく軍が使っているタイプのデカい天幕だ。これだけ見ると、本当に戦争でも始まったのかという気になってしまう。

……“後光のサルバドール”。

名前だけは昔から聞いていたが、一度も戦ったことのない聖堂騎士だ。

“日陰者”っていうのもよくわからん。あの偽ギルドマンがそうなのか?

スパイ的な特殊部隊? だとしたら厄介だな……。

「“日陰者”というのは後光のサルバドールの私設部隊で……ハルペリア人の特徴である、黒髪や青髪を持つ若者によって構成された特殊部隊のようだ。幼少期からギフト持ちの彼らに教育と訓練を施し、ハルペリア攻略のための尖兵とする。……一時期その数が大きく減り、部隊の消滅まで噂されていたのだがね……」

ジェルトナさんが目隠しするように張られている幕を捲ると、そこにはちょっとだけショックな光景が広がっていた。

「何を思ったのか、一斉にバロアの森に遊びに来たようだ」

「……ガハハ、やるじゃねえかサングレール人。飢えすぎて森に住みたくなったかよ」

「……三人か」

何人かの兵士が検分しているそこには、三人の死体が並んでいた。

いずれもギルドマン風の軽装備を身に着け、黒髪で……そして傍らには、俺と爺さんが戦った相手が持っていたのと同じ、質の良いクリスが人数分並んでいるのだった。

……なるほどわかった。同じ武器を使っている手練れ。“日陰者”ね。まあわかったよ。それはわかった。

ギルドマン的には大事件なのもよくわかる。ここに死体が並んでいるってことは、既に色々と大変な事件が起きていても不思議じゃないしな。

……けど、なんでわざわざバロアの森?

特殊部隊がわざわざ大勢で、王都でもレゴールの貴族街ですらなく、なんだって森へハイキングに来たんだよ?

「ジェルトナさん、レゴール伯爵は無事なのかい。こいつらが陽動ってことは?」

「もちろん軍はそれを最大限警戒している。街は既に厳戒態勢だよ。この場にいる兵士たちは極一部だ。森のことは基本、我々ギルドに任されているからね。……今はまだ」

「ギルドマンじゃ訓練を受けたギフト持ち相手に勝てねえよ。任されてるって言われてもな」

「それはわかってるさ。だが軍が巻狩りをするにも準備がいるし、今現在森に入っているギルドマン達をどうこうすることもできんのも事実だ。……大規模な捜索を始めるまでの間、付近の街道を封鎖し、既に森にいるギルドマンについては安全を祈ることしかできんよ」

「軍が動けないのは……まぁわかった。ギルドとしては?」

「“日陰者”や“後光”を恐れないような救出隊など、ギルドで募っても集まるものでもないからなぁ……ゴールドランクを中核とした部隊であればどうにか不意の遭遇があっても対処できるだろうが、それでも戦力に不安があるくらいだ。はっきり言って、ギルドとしてもここで貴重なゴールドランクを失いたくはない」

……まぁそうだな。ゴールドランクもポコポコ生えてくるもんじゃない。

そういう使い方はしたくないわな。

「……なあジェルトナさん。俺達は当事者だからちょっと踏み込んだことも聞いちゃうんだけど、良いかい?」

「話せることなら話すが、何かね?」

「なんでこいつら、バロアの森に?」

「……それを今、こっちの砦の中で“聞き取り”しているところだ」

ジェルトナさんが親指で、すぐ近くにある小さな砦を指した。

ああ、聞き取りね……生け捕りにした“日陰者”から聞いてるんですね。なるほどね……。