軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

雛鳥の蹴爪

魔物を探すために森を歩き通し、その日は空振りに終わった。なんも出ねー。

しかし出ないもんは仕方ないので、明日に賭けて作業小屋で一泊することに。ここにきてブレーク爺さんがパチってきた馬肉がありがたい。食って良い肉なのかは未だにちょっと判断に迷うところはあるが……肉となった後はもう食うしかない。せめて人間様の血肉になっていただこう……。

「いつも思うが、馬の肉ってのは味気ねえなァ」

「確かに、香味野菜増し増しで食わないと淡白だな。まあスパイスはいくつかあるから使ってくれよ、爺さん」

「おっ、良いもん持ってんじゃねえかよオイ!」

「ブレーク爺さん塩しか持ち歩かねえの?」

「普段は塩だけでなんとかなってんだよ。馬が不味ィんだ」

馬のせいにしてやるなよ……。つーか塩は塩でデカい岩塩を持ち歩いてる辺りアンバランスが過ぎるだろ。もうちょいスパイスに比重傾けても良いと思うぜ俺は……。

そんな感じのまま、翌日早めに動き出そうってことで就寝。

ブレーク爺さんは寝るといびきをかかないようだ。起きてる時はダミ声でうるせえのに、寝る時に静かなのは意外だ。寝てる時こそマジでうるさいタイプかと思ってたんだが……。

……いや静かすぎねえ? 本当に息してんのか?

「爺さん、大丈夫か? 生きてるか?」

「……ああ? なんだモングレル、喧嘩売ってんのか?」

「あっ、サーセンした……なんでもないっす……いや、静かだったもんでね……へへへ……」

起きてたわ。てか生きてるかって聞き方は普通に不味いよな。これは俺が悪い。

無駄に緊張感を高めてしまった俺は、その日はちょっとだけ寝付きが悪かった。罰としては適度な塩梅だと思う。

翌日は早朝から森の探索である。

軽めに飯食って、水飲んで、ちょっと伸びをして身体をほぐして……そうして薄暗い中いざ行こうってところで、ブレーク爺さんが機嫌悪そうに鼻をすすった。

「良くねえ感じの森だな」

「なんだいそれ」

「勘だよ」

「ベテランの勘はこえーんだけど。俺そういうの鈍いから教えてくれよ。どんな感じで良くないんだい」

ライナもそうだが、狩猟に向いてるギルドマンは本当に勘が鋭い。

こればかりはもうオカルトでもなんでもなく、実際にある感覚なのだと思う。正確には様々な経験や体感で総合的に“嫌な予感”を感じ取っているのだろうが、俺がそれを感じ取れない以上は似たようなもんだ。ベテランの第六感は存在するし、頼りになる。

いやわかんねえ。ブレーク爺さんの勘が当たるかどうか知らねえや。まあでもここまで長生きしてるギルドマンなんだから、何かしら持っててもおかしくはないか。

「殺気立った奴が我が物顔でうろついてやがる感じだ。わかるか? 森の中を殺し屋が歩き回ってるようなもんだ」

「殺気もちょっとわかんなくてね俺……」

「モングレルてめぇオイ、じゃあなんだったらわかんだよ」

「音とか……鳴き声だったらまぁ……」

「よく今まで死んでねえな」

ブレーク爺さんにわりとマジな顔で言われてしまった。

いやご尤もと言えばその通りなんだが……たまに魔物に先手の不意打ちとか食らってるしな、俺。普段から身体強化してなかったら何回死んでるかわからんとこはあるよ。そもそもその緊張感のなさでそこらへんの索敵技能が磨かれてないとこもあるしな……。

「殺し屋だったら面倒くせえからさっさと街に戻ってるところだが……」

「俺達はその殺し屋っつーかユニークに用があるしな。ブレーク爺さんが感じ取ったってことは、その気配を追っていけば良いってことか」

「んな簡単じゃねえよバカ。こういう嫌な感じってのは広いんだよ」

そんなこと言われても俺わかんないからさ……。

「辿ったり追えたりって類の気配じゃねえんだよ。鉄火場の気配がするっつーだけだ。俺達にできるのは常に剣抜いて、周りよく見て、見つけた時に全力でぶっ殺してやるだけだ」

「じゃあ今日は俺も常に剣持ったままにしておくか……」

「そうしろ。あと今日は前歩け、藪払いしろ」

「ウッス……」

役目を仰せつかり、行動開始。

バスタードソードで行く手を阻む枝や蔦をパスパスと切り払っては、悪路を進んでゆく。もう夏も間近だ。下草はボーボーだし、蔦も邪魔くさい伸び方してやがる。狩りにもイマイチだが、歩くのにも向いてない季節だ。

物音がしたと思ったらマレットラビット。影が動いたかと思ったらマッドラット。木の上で音がしたと思ったらハルパーフェレット……。

「弁当が来たぞ、斬り殺しちまえ」

「あんま美味くねえよ?」

「キュイッ」

と言いつつ、鋭い尻尾を振りかざして飛び込んできたハルパーフェレットをバスタードソードで一閃。真っ二つである。……まぁ綺麗な半身になったってことでいいだろう。持ち運びにくいけど。

「よくやったモングレル。ヘッヘッヘ、こいつの皮と内臓を捨てて、他の魔物の肉と一緒にミンチにしちまうのよ。で、小麦と一緒に練って塩振って食う。これが美味えんだ。血入りのメイルバードと一緒に合い挽きにすると良いぞ。ヘヘヘ」

「ハハハ……メイルバードは聞かなかったことにしておくぜ」

俺そういうレシピには興味あるけど非合法素材を使ってるメニューはNGなタイプなんでね……。

「おーい」

なんてことを話しながら歩いていると、ちょっと離れた場所から声が聞こえてきた。

若い男の声である。

「すげぇな、こんなとこにまでギルドマン入ってるのか。爺さん、揉めないでくれよ」

「ガキじゃねえんだから揉めねえよバカ」

いや俺結構ブレーク爺さんが喧嘩してるの見てるからね……。

「おーい、誰かいるんだろー? ちょっと獲物運ぶの手伝ってくれよー」

「……」

「……」

勘なんてものは無いと俺は言った。実際そうだ。俺にそんなものは備わっていない。少なくとも、森での狩猟とかトラッキングだとか、その手の技能は皆無と言って良い。断言できるだけの自信はある。

しかし今俺の感じたこれは……確かに“勘”だ。

それも対人間の勘。……犯罪者だとか、その手の連中に反応する勘だ。

間延びした声の中に言いようのない不穏さというか、何かを感じるんだよな。誘って罠に掛けて殺してやるぞ、みたいな。

同じようなものを隣のブレーク爺さんも感じ取ったようで、黙りながらもニヤニヤと危険な笑みを浮かべている。

「……爺さんも何か感じたかい」

「ヘッヘッヘ、お尋ね者ならユニークと同じだ。揉めようぜ」

「……いや、揉めるかどうかはまだわかんないから……わかったー! 今そっちいくぞー!」

警戒を強くしながら、慎重に藪を切り開きつつ進んでゆく。

いつでも荷物をその場に投棄できるようにし、当然身体強化も怠らない。各種ギフトも警戒する。

「やりゃできるじゃねえかよ」

爺さんは後ろでボソリと褒めてくれたが、今はそれどころじゃないぜ……。

「よう、二人か? 二人いれば大丈夫そうだな。クレイジーボアを倒したんだが、運べなくてさ……ちょっと手伝ってくれよ。もちろん肉は分けるからさ」

沢の近くに出た時、声の主の姿が見えた。

二十代ほどの若い黒髪の男で、レザーの軽鎧に身を包んでいる。

ロングソードを手に、足元にはクレイジーボアの死骸。なるほど、確かに討伐直後という感じはする。

若者はほとほと困ったという顔をしているが、正直何に困っているのかがわかりにくいシチュエーションだ。

何より……知らない顔だ。

認識票は首から下げているが、どうも違和感が拭えない。なんとなくではあるんだが。

よそ者というには中途半端に親しげだし、困っているというには状況をどうにでも打破できそうな不思議な貫禄がある。

「ありゃハエたかり過ぎだな。死んですぐって獲物じゃねえ。クハハ、お粗末な野郎だ」

「……剣に血も付いてねえ。錆びないよう拭って待機してたって感じだな。マメな手入れは好感触だぜ」

さて、ほんのりというには結構怪しい奴だ。だがこの手の罠でありがちな伏兵の気配がしない。少なくとも近くにはいない。近くにいなければ、俺としては結構楽なんだが。遠くにいるなら後出しで防げるからな。

「さて、どうするかね……」

「まどろっこしいことはいらねえだろ。オイ、そこのガキ! 芝居下手だぞ! 殺しにくるならさっさと構えろよ!」

どうやって化けの皮を剥がしてやろうかと思っていたのだが、ブレーク爺さんは気にせず前に出てしまった。

おいおい、単刀直入だってもうちょっと丁寧に刺しにいくよ爺さん。

「……は? おいおい……何言ってるんだよ。殺すってなんだよ。これ見ればわかるだろ。今クレイジーボアを仕留めて、運ぼうとしてたんだって」

「その仕留めてから時間の経った撒き餌をか? ヘヘヘ、下手くそだなオイ。テメェみたいな強盗、街道沿いにいくらでもいるぜ。“立ち往生してるから助けてくれ”ってな」

「まあ確かにありがちだ」

そう、この手の罠はよくあるんだよな。爺さんの言う通り、街道でありがちなやつである。親切に近づいてきた奴を騙し討ちにするタイプの罠だ。そのギルドマンバージョン、特にひねりのないやつって感じ。

正直、他所から流れてきた奴で数年に一度くらいは見るやつだ。ここまで下手なのはあんま見ないけど。

だからこそ俺達は一定距離から男に近付かないし、剣は抜いたまま警戒を続けている。

「……なんだ、通じないのか。やっぱり飛び込みで成り済ますのは難しいな」

で、案の定男は演技をやめてしまった。

やれやれと肩を竦め、苦笑いまで浮かべている。妙に諦めるのが早い奴だな。

「オイ、ガキ。お前の首に掛かってる懸賞金の額を言え。高い額なら綺麗な顔のまま殺してやる。安い値段だったら遠慮なくボコボコにしてから殺してやる。ヒッヒッヒ」

「物騒な爺さんだな……ギルドマンってみんなこうなのか?」

「勘違いしないでくれ。この人だけだよ」

男は地面に転がったクレイジーボアに手を伸ばし……死体に深く刺し込んでいたらしい短剣を抜き取った。

長めのナイフ。湾曲したクリスタイプの武器だ。

それとロングソードの二刀流ってわけか。

「……意気がってる爺さんに、平服の男。凡庸な武器を持ったブロンズ3が二人、か。なんて退屈な仕事なんだ……まあ、良いさ。仕事は仕事だしな」

「へえ……仕事かい」

盗みじゃないのか? 仕事ってことは組織でやってるのか。

いや、それよりもあのナイフ。あれは明らかにロングソードよりも質が良さそうだが……。

「うるせえ上に生意気なガキだな。どこの領から流れてきたガキだ?」

「あー、爺さんはそこで転んで頭打って勝手に死んでくれよ。あんたの臭そうな血を浴びると、俺の剣が錆びそうなんでね」

「ガッハッハッハ! ……面白いガキだ。皮剥いだら知り合いの変態に売ってやるよ」

挑発に乗って、ブレーク爺さんが前に出た。

勘だ。嫌な予感がする。

「ブレーク爺さん、一旦下がれ」

「“ 咆哮(シャウト) ”ッ! ゥォオオオオオッッッ!」

剣を掲げ、爺さんが吠える。魔力の乗った咆哮が空気を強く震わせ、衝撃が走った。

真正面から受ければ常人であれば竦み、硬直せざるを得ない一喝だ。

「長く生きてるだけの素人はこれだから」

男はそこで硬直しなかった。

咆哮を受けても尚、眉を顰めるだけで果敢に踏み込み、ロングソードをまっすぐ構えている。

シャウトを発した爺さんの方が、一手遅れる形。

最悪だ。さっさと俺も前に出りゃ良かった。

「“ 迅斬(ソニックスラッシュ) ”」

青い眼光と共に放たれた神速の剣戟が、爺さんの右手を刎ね飛ばした。