軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

臨時主人のモングレルさん

「ごめんなさいねぇモングレルさん……こんなこと頼んじゃって……」

「いやいや、別に良いですよこんくらい。むしろ俺で良いんですかって感じなんですけど」

「モングレルさんなら信用できるもの……あいたたた……」

「あーあー、無理しないでください。とりあえずヒーラーさんに診てもらって、ゆっくり休んでくださいよ、女将さん」

ある日、俺の宿……“スコルの宿”の女将さんが体調を崩した。

風邪とか、そこらへんだろう。この世界じゃ軽い病気一つで命を落とし得るのでたかが風邪だなんて口が裂けても言えないが、しかしファンタジーな薬も数多くあるのでまだマシな症状ではある。

だが風邪を引きながら仕事をしていたのが悪かったのか、棚の上から重い物を落とした拍子に腕をぶつけてしまったらしい。もしかしたら骨にヒビが入っているかもしれない。これもまたシンプルにしんどい状態だ。

風邪の体調不良に加え、骨折疑惑。とてもではないが仕事なんてできる状態ではない。そもそも宿屋の仕事ってのは、そこそこ重労働だ。

風邪も骨折も薬とヒーラーのお世話になれば治る。だがそれでも数日は療養するべきだろう。

しかし宿屋に祝日はない……そこで白羽の矢が立ったのが、何故か俺であった。

いやまぁ、もう何年もこのスコルの宿に棲み着いてるしね。宿の手伝いをした経験も多いし、女将さんとはご近所さん以上に親しくさせてもらっている仲だ。とはいえもっとこう、近所のママ友とかその辺りの人に頼めば良いのにとは思うんだが……。

「モングレルさんはいつも部屋を綺麗に使ってくれるでしょ? だったらよその人よりも平気よぉ。ウィンとタックも手伝えるから、使ってやってちょうだいね」

いつもならこの辺りでガハハと笑いながら俺の背中をバシバシ叩いてくるのだろうが、今日はその元気もない。

まぁ一日か二日、ゆっくり養生しておくんなせ。娘と息子の世話もやっておくからな。

というわけで、俺は臨時の宿屋の主人になった。

「さてウィン、そしてタック。今日はこの俺が“スコルの宿”の店主だ。別にお前たちをこき使うつもりはないが、普段マリーさんから任されてる仕事くらいは手伝ってもらうぞ」

「はい……」

「お母さん帰ってこない?」

次女のウィンは12歳。末っ子のタックは8歳だ。

二人とも母親がいないせいか、いつもより少し元気がない。

長女のジュリアが居た頃はちゃきちゃき働いてくれてたおかげで宿の仕事も捗っていたが、どこぞのけったいな物を量産している職人に嫁いでからは女将さん一人で宿を回してきた。この二人もある程度の仕事を手伝ってはいるが、まだまだ幼いしできることも限られるだろう。

とはいえ、この世界ではそれこそ10歳くらいにならずとも家業の手伝いをする。幼い頃から教育機関に通うのなんてよほど金のある連中くらいだ。ウィンもタックも、ちょっとした作業であれば任せられるだろう。

「マリーさんが居ない分、お前たちが真面目に働かなきゃいけない。わかるな?」

「うん……わかる」

「んー」

「マリーさんが帰ってきたとき、お前たちがサボってたり不真面目に働いてたりしたらどうなると思う? 怒るぞぉマリーさん。バシーンって思いっきり叩かれたりな」

「こわい」

「ひぇー」

「というわけで、三人で力を合わせてやってくぞ!」

「はーい」

「うぇーい」

こうして俺は宿屋の主人になったのだった。

いや、期間限定だけどな。

スコルの宿は部屋数が少ないが、場所もちょっと不便な位置にあるせいで少し前まではあまり客が入らなかった。

しかし最近ではレゴールに入ってくる人も増え、常に満員状態だ。商売繁盛なのは実に良いことである。

だが、おかげで作業量が増えてしまっている。

具体的には部屋の清掃とシーツ類の洗濯だ。

この世界の人間はお世辞にも身綺麗ではないし、ぶっちゃけて言うとクソほど汚い。一晩寝ただけで正直ウッとなる臭いで汚染される。

そんなシーツでも気にならないって人もまあそこそこいるんだろうが、俺はそれが許せない。だからちゃんとこういうものはしっかり洗濯するし、天日干しする。

幸い夏場だ。手作業の洗濯も苦ではないし、干すタイミングも長くある。力作業も多いけど、ちゃっちゃとやってしまおう。

「あら? スコルの宿のモングレルさんよね。それって宿のでしょ? お手伝い?」

「あーどうも。女将さんが体調崩しちゃったみたいで、今ちょっと医者にかかってましてね。その間俺が臨時で宿屋を回すことになってるんですよ」

「あらあら……もうそんなことできるならマリーをもらってやりなさいよぉ」

「ははは……いやいや……」

しかし洗濯やら洗い物やらをやっていると、おばさんのテリトリーだからかグイグイ来られる。

噂好きおばさんとお節介おばさんは強敵だ。力技で作業をちゃっちゃと終わらせ、すぐに撤収しよう。俺は勝てない敵とは戦わねえんだ……。

「おーいウィン、受付ちゃんとやってるかー。客は来たかー」

「ううん、来てない……」

「そうか。誰か来たらすぐに呼べよー」

店番はウィンに任せている。既に女将さんからある程度の手伝いは任されているからか、きっちり仕事はできているようだ。

実際、金回りの作業はウィンに任せておいた方が良いだろう。あまり俺が触れるべきものでもない。

「タック、ウィンからちゃんと仕事教わってるか?」

「んー、少し」

「ちゃんと計算の練習もするんだぞ」

「えー……やだ、宿屋やらないし」

ウィンは物静かだが素直で良い子だ。

反面、タックはやんちゃな男の子である。最近は喋り方も男らしさを増し、可愛げも減ってきた部分に成長を感じなくもない。こういうところは姉のジュリアに似ているんだが、しかしジュリアはやんちゃだけど要領は良かったぞ。今のままだとお前はやんちゃで要領の悪い駄目人間ルートまっしぐらだ。

「タック、家の手伝いもできない奴が他の場所で働けると思うなよ」

「俺、モングレルおじさんみたいなギルドマンになるから良いもん」

おっと……これは……。

きちまったかぁー。ぬるま湯で育った子供特有の、ギルドマンへの根拠なき憧れが……。

「タック……子供の頃からギルドマンなんてなるもんじゃないぞ」

「俺ね、剣のスキルが良い。ハードスラッシュと、ハードスピアと、あとね、なんかもっと強いやつ……五個くらい」

「夢はでけぇなタック。と言ってやりたいけどな、ギルドマンなんてのはちっせぇ夢だぜ。まぁ俺が身近にいると錯覚させちまうのかもしれないが」

ロビーの椅子に腰掛けて、俺は隣にタックを座らせた。

受付からウィンが“さぼってる……”みたいな目線を向けているが、今は大事な男同士の話だ。ご勘弁願いたい。

「ギルドマンっていうのは、他の仕事ができない連中が最後に縋り付く職業みたいなところがあってな。言っちゃあれだが、危ない割に給料はそこまで高くないし、世間からの評判も……あまり良くない。ギルドマンってだけであまり気分の良くない扱いを受けることだってある」

「でもゴールドになるとすっごい強いじゃん」

「まぁゴールドには憧れるよな。けどそれだったら、兵士でも良いだろ? そっちの方が給料も多いし待遇もずっと良いぞ。実際、ギルドマンのゴールドよりも騎士団の上の方にいる人のが強いしな」

これは方便ではない。そこらへんのゴールドランクのギルドマンよりも、騎士団上層部の連中の方が戦闘能力が高いというのはよくある話だ。

もちろんギルドマンは対人戦よりも魔物との戦いに慣れているし、兵士は対人戦向けの訓練で経験を積んでいるからってところもあるのだが……前世でよくあったフィクションのような、S級冒険者が国の精鋭より強いなんてミラクルはほぼあり得ない。

……まぁシーナのような突出した能力とか、サリーのようなよくわからん突然変異種みたいな連中みたいに一概に弱いとは言えない奴らもいるっちゃいるのだが。

「えーギルドマン弱いの……」

「本職で兵士やってる人らにはそりゃ勝てねえよ。ギルドマンにやられてたら兵士クビだもんよ。いつもマリーさんにデーツ届けてくれるブロノアおじさんいるだろ? あの人も兵士だけど、大抵のギルドマンよりずっと強いからな」

「うそぉ!」

「本当だよ。門番やってる連中はもっと強いけどな」

「じゃあ兵士になる!」

子供の夢は高度な柔軟性を持っているな……良いことだぜ……。

「だったら、勉強もちゃんとやらなきゃ駄目だぞ。数字を上手く扱えなきゃ騎士どころか偉い兵士にもなれないんだからな」

「……勉強かー」

「勉強できない兵士なんて下っ端止まりだよ。しっかり計算できないと部下に給料を渡せないだろ? 軍人さんを束ねる軍師だって、人数をしっかり管理できなきゃ戦争に負けちまうしな」

「あ、そうかぁ」

もうなんか兵やら軍やら方便を色々とごっちゃにしてるが、こういうのは子供を上手く言いくるめられれば良いんだ。

子供の憧れなんて全部ごっちゃになってるから間違ってるわけでもないのだ。

「立派で偉い兵士になりたきゃ、宿屋の計算くらいきっちりこなせよ!」

「はぁーい……ウィン姉ちゃん、俺も手伝う」

「えー私がやったほうが早いよ……」

「わけて」

「しょうがないなぁ……」

まぁ、兵士になりたかったら十歳くらいで魔物をちょくちょく仕留めてスキル覚えたほうが早いんですけどね。その点害虫駆除で経験値稼ぎみたいなことができる農村出身者は強い。

タックは……己の生まれを悔やむことだな! 気づいた頃にはお前はもう頭脳労働者路線まっしぐらだ! 商人になるのがお似合いだぞ!

「あ、モングレルさん……スープの支度、お願いします。あとパンの買い出しも……」

「あーそれもあったな。はいはい」

こうしてなんとか、一日の宿屋の手伝いは完了した。

慣れない作業ばかりで意外と疲れたが、存外ウィンとタックが力になってくれたおかげで肉体労働をするだけで済んだのはありがたかった。

翌日には薬を飲んでヒールを受けて無事に全快した女将さんが帰ってきて、“軍師になりたい”などと宣ったタックのケツをバシーンと引っ叩いて泣かせていた。

俺もお礼のお金や言葉と共に背中を引っ叩かれた。

うんうん……超痛いぜ……。

もしかすると宿屋を続けていれば強くなれるのかもしれん。

タック、このままここの手伝いしてるだけで兵士への道は開けるかもしれんぞ。頑張れよ。