軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

過去のそのまた過去の女

菜月(なつき) 。

それは、俺の前世に関係する人物の名前だ。

部活仲間だったり、友達だったり、恋人だったり、また友達に戻ったり、また恋人になったり、やっぱりまた友達になったり……親しいは親しいで間違いないんだが、些細な事とどうでもいいきっかけでよくわからん別れ方を繰り返す仲の女だった。

反りが合うんだか合わないんだか……いや、俺は比較的合わせている方だったんだが、向こうがちょっとね。気難しいところがあってね。一定期間続くと別れるイベントが発生するタイプの女というかね……そんな感じで、変な付き合い方になった奴だと言える。

彼女との出会いは、俺が幽霊部員として兼部していた漫画研究部だった。

『ウチは菜月っていいまーす! あだ名じゃなくて普通に菜月って呼んでね! 好きなアニメは――』

菜月とかいう魔物は、男ばかりの漫画研究部で、アホみたいに喋る後輩として初 出現(ポップ) した。

黒髪ロングで前髪ぱっつん、顔だけは整ったとんでもねえ地雷女である。

元々俺のいた漫画研究部なんてほぼ誰も漫画もイラストも描いてない、漫画とゲームがあるだけの部活だったので作業の邪魔になることはないんだが……まぁとにかく、部室にいる間は常に甲高い声で喋る女だった。

『えええ! 先輩もあの神アニメ知ってるんですかあー!? ウチも見てるんですよお!』

オタサーの姫というやつである。男からチヤホヤされるのが好きで、そして自分のオタク趣味を中心に世界が回っていると思ってそうな奴だ。

俺は高校時代に菜月とはあまり喋ることがなかったんだが、向こうが一方的に喋っていたのであいつのプロフィールはよく知っている。

100の質問とバトンとプロフィールサイトと個人ブログとポエム創作サイトと小説投稿サイトをよく話題に出していたので、なんかあまり知りたくなくてもそこらへんの友人よりも人柄を深く知ってしまったと言うべきだろう。

当時の俺は漫画研究部を“なんか漫画の読める部屋”だという認識で兼部し利用していたので、キャピキャピと部員に話しかけている菜月はちょっとうるさくて鬱陶しい存在だった。

というより、ことあるごとに鬱陶しい奴だった。

『先輩もイラスト描いてるんですねえ! あ、これなんて参考になりますよお! 二人の関係性が超エモくてえー』

俺はたまに絵の上手い友達からイラストの書き方をちょっとだけ教えてもらってた時もあったんだが、そんな時に菜月は横から入って来て上半身が裸の男の描き方を教えてくる。

部室に置いてある漫画を適当にぼーっと読みふけっていたら、“布教してあげるから読んで!”とか言って妙に読みたくもならない漫画を読ませられたり。

『この作品無駄に女を出すせいでそれだけがホント原作者許せないって感じなんです。でも○○君だけはマジで神』

明らかに十八歳以下は所持してちゃいけないタイプの男と男が組んず解れつするタイプの薄い本を広げて熱く解説し始めたり。

『ウチもゲーム混ぜてくださいよおー』

俺が部員のメンバーと一緒に狩猟ゲームの無駄に強い奴の討伐を手伝ってもらってるところにチートで違法改造したオトモを連れてきてゲームを台無しにしたり……。

『先輩ってかっこいいですよね。え? 彼女とかいないんですかあ? うっそだあ』

それプラス、ちやほやされたいがために部員に思わせぶりな態度を取ったりするわけである。

まあ、菜月が入って数ヶ月もしたら漫研は崩壊した。とんだサークルクラッシャーである。

どうやら俺の知らない場所で奴を取り巻く漫研部員の暗闘があったらしく、俺の休息場所はいつのまにか部員が超不仲状態になって続々退部、いつしか規定数を割り、崩壊。よくわからん間に俺の部活が一つ消滅しててさすがにちょっと呆然としたよね。

そして当の菜月はというと、その後何故か卓球部に入部し、向こうでもまた何をやらかしたのかよくわからんが何らかのイジメにあって転校した。どうしたらそうなるんだってくらい女子から嫌われていたのは覚えているが、詳しくは聞いていないし、当時は興味も無かったので俺も知らない。

ただただ、嵐のような奴である。当然、俺は菜月という女のことは一ミリも好きじゃなかった。

『あ、もしかして先輩じゃないですかあ?』

菜月と再会したのは大学の頃だった。

俺が入った大学は高校よりも離れていたし、俺も菜月も見た目がかなり変わっていたので普通はどちらも気づかずに終わるようなもんだが、何故か大学構内で菜月の方が先に俺を見つけた。

こっちとしても“お前かよ”となれば記憶から消しきれるようなキャラの薄い相手ではなかったのですぐに思い出した。

しかし、菜月は服装も落ち着いたファッションに変わり、髪も染めて随分と没個性的な風貌になっていたのには驚いた。この地雷女が擬態性能なんて搭載できるのかと真面目に感心もした。

『先輩ここでもサークル掛け持ちしてるんですかあ? どことどこ入ってるんですかあ?』

大学生になって、菜月は随分と大人しくなった……と、思う。

不用意に男に思わせぶりなことをしないし、女のヘイトを買うような真似も鳴りを潜めた。何より自分の趣味を開けっ広げにせず、普通の女子大生として振る舞うような常識をどこかで覚えてきたのである。

まあそういう常識的な態度をわきまえているなら俺だって煙たがったりすることはないし、どうしてか菜月の方も大学ではよく俺に近づいてきたので……自然と、まあ仲良くなっていったわけ。

『このキャラ、作者が腐女子受け狙い始めてから一気に醒めるようになっちゃったんですよねえ。ほんとそのままのピュアな描写だけ食べさせてほしかった。マジで原作者許せない』

が、俺と二人でいる時の菜月はそこまで自分を取り繕おうとはせず、素のままの自分をさらけ出していた。

中身や趣味そのものは変わっておらず、やっていることも色々変わってはいたが、顔出し生放送主になってたり、踊ってみたや歌ってみたを公開してたりと……まぁ方向性はあんまり変わっていないようだった。

しかしそういった趣味を誰かにガンガン吹聴しなくはなったし、はた迷惑な行動もそこそこ抑えられ、人間的にも大人になったんだなと思わされた。

人って大人になるんだな……。当時はしみじみと思ったものである。

『ねえ先輩……ウチって……そんなに魅力ないですか?』

で、まあ俺にだけベタベタと懐く女の後輩。

それで察せられないほどこちらも鈍感ではない。

しかし俺は菜月のとんでもねえ嵐のような過去を知っていたし、なんだかんだ大学生時代も地雷特有の火薬の香りは漂っていたし、手を出す勇気はなかったのだ。

リスクとリターンで考えるものではないとはいえ、見えている地雷を踏む男がどこにいるんだって話である。

『私……脱いでもすごいですよお?』

だが当時、俺は若かった。俺と真摯に向き合ってくる菜月の姿には、心打たれるものがあったのだろう。

『無駄毛も薄いほうだし……』

あとよく考えたら一目惚れだったかもしれない。

何より顔は綺麗だし可愛かった。

結果、俺は菜月と初めて付き合うことになった。

つまり、俺は当時若かったのである。しょうがない。若さには勝てない。

そう……まぁ、男と女同士、付き合うことになった。

一緒にデートなんかしたりして。事あるごとにキスをせがまれたりして。爛れたり爛れてなかったりして。

そういう事も含め、大学生らしい付き合い方だったと思う。

……一定期間までは。

それから数ヶ月くらいで、別れることになった。

原因は菜月のワガママと俺のワガママと、主に菜月が情緒不安定な色々のせいだ。

詳しくは書かないが、とんでもねえ地雷女だったことだけは確かだったということである。俺は若かったし思いやりとか足りてない気遣いもあっただろうが、それにしたってひでえだろって経緯だったのは間違いない。

あと俺とあいつじゃ絶望的に趣味が合わなかった。互いに自分の趣味や日課をミリも譲る気配がないんじゃそりゃ厳しいわな。

で、そうして破局した俺たちだったが……その数ヶ月後に、再び俺と菜月は付き合うことになった。

理由は俺が若かったのと、菜月の顔面偏差値が良かったのと、俺が若かったせいだろう。別れる理由も馬鹿だったら、よりを戻した理由も馬鹿である。

まぁ結局、これから数ヶ月でまた別れるんだけども。長続きしねえカップルだ。

そんな調子で、俺たちは復縁と破局を繰り返すグダグダした関係に慣れていった。

正直、その関係を数年も繰り返していけばいい加減お互いにわかってくるものもあり、趣味や嗜好が違うことにもなんとなーく慣れ……それでも長く一緒にいるにはなんか合わねえなってことを再確認し続け、グダグダと長い付き合いを続けた。

結婚は考えられなかった。そもそも同棲すらまともに長く続かないのだから可能性に上がることもない。

お互いがフリーの時期になんとなくヨリを戻し、またなんとなーく別れる……。

二十の半ばくらいまでそんな関係を続け、やがて互いに会うこともなくなった……。

ま、それだけだ。

それだけではあるんだが……俺の前世で、なんだかんだいって一番長く付き合っていた相手ではあった。あんま認めたくはない事実だけども。

色々グチグチと零したが、まあ長く付き合っていれば向こうの長所や良い部分もそれなりに見つかるし……愛着も湧くし……だから多分、俺の中で結構染み付いていたんだろうな。菜月の存在が。

だから酔って、寝言で……ポロっと零してしまったんだろう。

何かにつけて“名前呼んで”とすり寄って甘えてくる、あいつの存在を……。

「ナツキは……」

「うん……」

で、その菜月の説明だが。

当然、バカ正直に言えるわけもない。実は前世持ちなんです。言えるか。単純に説明が面倒くさい。何よりケイオス卿との繋がりが若干見えてくるのが困る。

だから俺は、いつも通りの方法で誤魔化すことにした。

こい! シュトルーベ! またお前の設定を使うぞ!

「ナツキはな……俺の故郷での……あれだ。歳の近かった、女の子だ」

「や、やっぱりそうなんだ……」

「というかウルリカ、俺寝言でなんて言ってた?」

「え、いやぁ……“ナツキ、可愛いよ”とか……“ナツキ、しつこいぞ”とか……そういうこと……」

ウギャォオン! し、死にてえ~……!

「まぁ……そうだな……ナツキは俺の、なんていうかな……初恋の相手だったからな……一緒に小さな風車を直したり、畑の形を作り直したり、木箱を組み上げたり……そういうことを一緒にやってたっていうか、な?」

「……そうなんだ……」

死にてぇ~……菜月が初恋の相手だなんて言いたくねぇ~……。

いや思い出すよ? 今でも思い出すしなんだかんだいい関係だった時期はあったけどさ……別に今すぐ前世に戻れるとしても真っ先に会いたいタイプの相手ではねえよ菜月は……。

「まぁ、もう会えない相手だからな。別に気にすることはねえって」

「あ……そう、なんだ。やっぱり……」

「……あ、いやこれあれだ。別にそんなウルリカが気にする必要は無いからな? ほら、もう過去の話だから。それが酒のんで、偶然表に出てきたってだけだしよ」

「う、うん。わかった。……そっか、モングレルさんにもそんな人がいたんだね。あはは、ちょっとその名前がずっと気になっててさ。ちょっとすっきりした!」

ウルリカには俺の過去の話がちょくちょく伝わっているからか、変に気を遣わせてしまったようだ。

くそ、菜月にシュトルーベで相応しくないポジションを与えちまった……なんか悔しいな……。

「……というか、ウルリカすごいな。薬なんて作れるようになったのか」

「あ、うん。そーだよ、ほら。あっちに薬研があるでしょ? 最近はナスターシャさんに色々教えて貰ってるんだー」

「へー、すごいな。勉強熱心じゃないか」

「……えへへ。そうでしょー?」

部屋の片隅には複数の薬研があった。腹筋が鍛えられそうな形の車輪でゴリゴリと薬を磨り潰すための道具である。薬の内容によって、あれも使い分けているんだろう。俺も染料とかを砕くために一つだけ部屋に置いてある。

「お、こっちに並んでるのが薬か。へー、結構ちゃんとした……」

「その棚にあるのは違うから触らないで」

「え」

「触らないで」

「あ、はい」

素人が迂闊に手を出してはいけないものらしい。ウルリカにしてはひどく緊迫した声で止められてしまった。

「……ふー……こっちの解毒薬の方は、効くと思ったんだけどなあ……ごめんね、モングレルさんの身体には合わなかったのかも」

「あー、まぁ別に翌朝は気分良かったし、大丈夫だろ。てか飲んだ記憶ないわ」

「え、そうなの……? ……じゃあ単純に飲みすぎてたのかな……」

「酔い醒ましになる毒消しも限られてるんじゃねえかな。その辺りは詳しい人に聞いてみてくれよ」

「うん、そーだね。そうする……」

ま、話はこんなところか。

一時期は俺がウルリカに何かとんでもない真似をしでかしたんじゃないかとかなり焦ったが……ポロリしたワードも誤魔化せるものだったしセーフに終わった。あぶねぇあぶねぇ……。

「じゃあ安心したところで、俺は帰るわ。俺がウルリカに何もしてなくて良かったぜ」

「あはは、本当にそのことが心配で来てくれたんだ。ありがとー……うん、大丈夫だよ。モングレルさんは何もしてないから」

「薬はしっかり容量と配分を守って作ってくれよな」

「もー、わかってるよー」

そんなわけで、今回の一件でレオの悩みも解消された。蓋を開けてみれば結局何もなかったようなもんである。

レオはウルリカのことになると過保護というか、悩み込むのが悪い癖だな。

あいつももっとこう、どっしりと構えていてほしいもんだぜ……。

……それにしても、菜月……か。

……また、彼女に会いた……いや、別に会いたくはないな……うん……。

菜月とはもういいです……。