軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

溝と渓谷

レゴールに帰還し、“大地の盾”にイビルフライとサイクロプスの討伐を報告してやると、ベッドで療養していた二人は一瞬だけ呆気にとられたような顔をして、その後すぐに泣き笑いを浮かべながら抱きしめ合っていた。

実際のところ、二人が本当に殴り合ったのかはわからない。記憶が無いのだから真実は想像するしかないからな。

だがサイクロプス込みのイビルフライの群れを前にして、悠長に仲間割れをしていたとも考えにくい。三人とも急いで場を離れるので精一杯だったはずだ。

だからまぁ、多分ってよりはほぼ確実に、二人の間に遺恨は無かったんだろう。

「すまない、もしやと……疑っちまった。許してくれ」

「良いんだ。良いんだよ。俺たちはちゃんと肩を並べて、戦っていただけだったんだ……」

俺はその光景を見て、内心でちょっぴり“走れメロス”を想像しちゃってたが、まぁうん、しこりは完全に払拭されたようで何よりだ。

「サイクロプスもほぼ瀕死だったし、あとちょっとのところだったぜ。お前たちの手柄を取るようで悪かったな」

「いや。良いんだ。ありがとうモングレル」

「ありがとう。お前のお陰だ」

「お、おう。まあ、今度奢ってくれりゃそれでいいさ。こっちも仕事だからな」

普段ここまで真っ直ぐギルドマンから礼を言われることもなかったので、さすがの俺も少し気圧された。

それだけ二人の間に横たわりかけていた溝はデカかったってことなんだろう。だが勘違いで不和を生み出されちゃたまったもんじゃねえからな。

悲しいことにならなくて良かったよ。本当に。

と俺はそれだけで話が終わると思っていたんだが、終わらなかった。

「本来なら食事だけで済ませるようなことではないんだが……モングレルが奢ってくれというならば、その方が良いんだろう。だがせめて“大地の盾”を代表して、私からも礼を言わせてくれ。ありがとう」

確かに言った。飯奢ってくれりゃ良いとは言った。

でもその場に副団長のマシュバルさんが同席するのはかなり意外だった。普段から忙しいしかっちりしてる人だから、こういう場で一緒になるのも初めてのことだ。

“大地の盾”副団長マシュバルさん。

がっしりした体つきに短く刈り上げた黒髪。40歳とはいえまだまだ10年くらいは戦えそうな活力に満ちた人である。

しかしパワータイプな見た目に反し、パーティー内での事務作業や対外的な難しいことも率先してやっているというのだから驚きだ。高齢な団長にかわり、実質的に“大地の盾”を率いている人だと言っても過言ではないだろう。

そんな彼から“礼がしたい”と言われて連れてこられたのは、貴族街に半分足突っ込んでる場所にある高級料理店だった。

高い金を取られる割にそこまで好みでもない味付けの飯が出てくる店が多いからほとんど寄ったことはないんだが、まぁ確かに出される料理はどれも丁寧な気がする。

「僕からもお礼を言わせてください。ありがとうございます。……今回の一件はさすがに僕でも肝が冷えましたよ。まさかログテールさんとラダムさんが仲違いするなんて思ってもいませんでしたからね……」

食事には今回仲違いしかけた二人と一緒にいたアレックスも同席している。

帰還後は色々な所に報告をしに行ったりやらでとても忙しかったらしい。……サイクロプスたちと死闘してから急いで帰還して走り回って……すげー大変だっただろうな。ストレスがマッハってレベルじゃねえだろうよ……。

「まぁ、サイクロプスとイビルフライの組み合わせなんてそうそうお目にかかれるもんでもねえからな……逆に全員大きな怪我がなくて良かったよ。災難だったな、アレックス」

「いえ……退却中に少しでもサイクロプスについての情報を書き残しておくべきでした。モングレルさんに尻拭いしていただく形となって、申し訳ない……」

「気にすんなよ。お前はよくやったさ。サイクロプスに“風刃剣”っぽい良いダメージが入ってたしな。あれ多分アレックスのだろ?」

「ですかねぇ……見てないのでなんとも……記憶が飛んだ後で剣に残っていた血も、ゴブリンや討伐した動物のものかと思ってましたから……」

今日の晩飯はなんかジュレみたいなタレが乗ってる慎ましやかな肉料理と、野菜たっぷりのシチュー。こっちは美味そうだ。シチューに入れてくれれば苦い野菜でも美味しくいただけるから嬉しいね。

「……モングレルも二人とは何度か話したことはあるだろうが、あいつらは昔から仲が良くてな。同じ村の隣同士で、家族ぐるみで助け合ってたそうだ。パーティーでもずっと仲良く組んでいたんだ。少しお調子者なところはあるが、うちの雰囲気を明るくしてくれる気の良い奴らでな……」

マシュバルさんは気持ち上品そうな手付きで肉を食っている。

副団長ともなれば依頼主とのやり取りでちょっとお高い店を利用する機会も多いんだろうな。

「モングレルのおかげで、“大地の盾”にヒビが入らずに済んだ」

「いいですって、そんな。こっちは死にかけのサイクロプスを討伐できただけでも儲けもんでしたから」

「ふ、そうか」

「モングレルさん、お酒新しいの頼みますか?」

「お、良いかい? じゃあもう一杯だけもらおうかな。ここのは美味いね」

「ですよねぇ。どこの蔵で作っているんでしょうか」

それから俺はもう一杯だけエールをいただき、ちょくちょく話をしながらそこそこ美味い飯をいただいた。

味付けはまぁ、やっぱり好みではなかったが……なんでこの国はシンプルな塩味を貧乏扱いするんだろうなぁ……塩がアホみたいに安いってわけでもないくせに……。

「ところでモングレル。お前は一時期、あのアーレントという外交官と一緒だったな?」

飯もほぼ全てを食った頃になって、マシュバルさんはそこそこ突っ込んだ話をしてきた。

いや、世間話のつもりなのかもしれないが、俺からすると突っ込んだ話だった。

「あー、あの人ですか。まぁちょっとした縁があったんで、少し前はレゴールの案内とかしてましたね。今じゃ他の奴らもやってますよ」

「ああ、そうだな。“若木の杖”とも時々行動しているのは知ってる。……こういうことを聞くのは少々あれだが、モングレル。あの外交官は大丈夫なのか? 後から“白頭鷲”アーレントと聞いて私は驚いたぞ。私の世代にとっては悪名高い御仁だったからな……」

「僕はそういう世代じゃないですが、名前だけなら軍でも聞きましたねぇ。格闘訓練で檄が飛ぶ時にはよく引き合いに出されますよ」

やっぱ“大地の盾”は軍と近いだけあって、アーレントさんには複雑な心境か。

まぁ無理もねえわな。年老いているとはいえ敵国のエースだしな。

「何が大丈夫かっていうのはよくわからないですけど、少なくとも普段話している時はただの穏やかでマッチョなおっさんですよ。今はなんとか騎士ってのもやめたそうですし、外交官なんですから下手な手出しはダメですよ、マジで」

「いや当然だ、それはわかっている。我々ギルドマンが国際問題を起こすなど以ての外だ。……だが、それなんだ。昔聞いていた“白頭鷲”のイメージとは随分と違うもんでな」

「そんな違うんですか」

「違うさ」

マシュバルさんは残っていたエールを一気に飲み干した。

「ひとたび戦場に立てば、綺羅びやかな白銀の毛皮を靡かせ、軽やかに生者の上を跳び回る。拳は剣をも折り砕き、蹴りは鎧をも鋭く穿つ。獰猛かつ凶暴。誰にも抑えられない虐殺の猛禽。……それが、私達の世代が持つアーレントの印象さ」

誰だよそれ……ってレベルで今とは印象ちげぇなぁ。

俺の知ってるアーレントさんは火の消えた焚き火の側でスタイリッシュに凍えながら立ちすくむ頭の寂しいマッチョだよ。

まあ、敵国の将だからこそ大げさに凶悪そうに伝わっているところはあるだろうが……多少誇張があるとはいえ、本当にブイブイいわせてたんだなぁあの人……。

「私はエルミートの上官からさんざんそういう話を聞かされて育ってきたからな。正直最近までは、アーレントは人の言葉が通じない化け物だと思っていたくらいだ」

「まあ僕の上官も似たように話してましたねぇ……大げさだなとは思っていましたけど……」

「いやいや、ちゃんと話通じますよアーレントさん」

時々無言でポージング決めたり肉体言語使い始めることはあるけどな。ちゃんと必要な時は言葉を尽くす人だよ彼は。

「……せっかくアーレントさんもギルドの見学をしてるんですから、“大地の盾”も少しくらい彼と関わる機会でも持ってみたらどうです?」

「機会、か」

「なんでもいいんですよ、そういうのは。一緒に飯食うなり、任務に連れて行ってみるなり。修練場で格闘の指導を受けてみるのだって良いんじゃないですか」

「ほう、格闘の……それはなかなか面白そうだな」

いや最後のそれは半分冗談ではあったんだけども。

なんか思いの外マシュバルさんが楽しそうな表情を浮かべているな……。

「うちのパーティーも彼に隔意を持っているものは多いからな。かといって、関わらないまま放置しておけばいつか……すれ違いで彼と問題を起こすかもしれん」

「まあ……そうですねぇ。無いとは言えないのが、ちょっと怖いところです」

今回のイビルフライの一件もあってか、突発的なトラブルが起きないかどうかを気にしているらしい。

……まあ無理もない。実際、酒を飲んで酔った勢いでってのは、人間有り得る話だもんな。

「クランハウスに戻ったらちょっと考えてみるか、アレックス。皆の意見も聞いてみよう」

「はい、副団長」

「すまないなモングレル。また一つ相談に乗ってもらう形になってしまった」

「いやいや」

こっちとしてもアーレントさんとは変な問題起こして欲しくなかったから願ったりよ。

ハルペリアとサングレールの融和。できるもんなら是非とも実現させて欲しいからな。どうやってそういう方向に持っていくのか俺からするとさっぱりではあるが……。

「また改めて俺に礼がしたかったら、そん時はなんか格好良い武器でもくださいよ。マシュバルさん」

「ははは、モングレルの言う格好良い武器か。うちのパーティーではそういった装備は取り扱わないからな。ま、レゴールの店で見かけたら教えるさ」

ありがてぇ。イカす武器はいくら部屋に飾っても良いからな。

「モングレルさん……そんなに宿の部屋に武器とか装備品を置いてたら怒られません?」

「怒られねえよ、もう何年もずっと部屋代払い続けてるからな。掃除も自分でやってるし」

「えぇ……」

「ははは。まるで自分の部屋のようだな」

女将さんの許可を得て色々と部屋を改造してるから間違ってはいない。もう今じゃ俺の城よ。

「ではまた、モングレルさん」

「ありがとうモングレル。またギルドで」

「うぃー、ごっそさんです。また奢ってくださいよ!」

「世話になることがあれば、喜んでな!」

二人と別れ、暗くなった街をさっさと歩く。

人助けをして奢ってもらう飯は、口に合わない味付けでもなかなか美味かった。やっぱ自動でお出ししてくれる飯ってのは最高だな。自分好みの味を再現しようとすると手間暇もかかるし油の後処理が面倒だし……やっぱ店って最高だわ。

けど店通いを続けていると、段々とまたアウトドアの自作飯を食いたい欲が湧いてくるんだ。不思議だよな……。

「アーレントさんか……そろそろギルド全体が馴染む頃かねぇ」

人種間に横たわる溝はあまりにも深い。勘違いから始まる仲違いなど目でもないレベルの深い渓谷のようなものだ。

それが元軍人。しかも敵国の英雄ともなれば、溝は到底埋めきれるものではない。

「アーレントさんは橋をかけてくれるのか、それとも鳥のように飛び越えてみせるのか……」

レゴール伯爵に宛てた書簡。融和。さて、偉い人達はどうやって実現してみせるのかね。

俺は国民の一人として、しっかりと見守らせてもらうぜ。

後方で腕組みしながらな。