作品タイトル不明
後日談137話、捨て子
「オマエェー! オマエェー!」
魔王軍残党の魔術師インモルタルは、詠唱はせず、身振りだけで魔法を放った。炎の雨が、オダシューとニェーボに降り注ぎ、その肌を、装備を焼く。
炎の雨の威力は、一撃で人を殺すものではないが、じわじわと肌を焼き、火傷となる。これが酷くなれば、致命傷にもなり得る。始末が悪いのは、回避はほぼ不可能なことだろう。
「そんなにお顔を見られたのが、お冠らしいな……!」
腕で顔を守るオダシュー。
インモルタルは半ば発狂しているようだった。それまで被っていたフードを、ニェーボの炎噴射に焼かれて、素顔が露わになっている。
人間――それも中々可愛らしい中性的なそれ。少年にも、ボーイッシュな少女にも見える。
「お前、人間か……?」
「ウルサイ、ウルサイィっー! ボクは魔族だっ!」
インモルタルは腕を横に鋭く振った。回転する刃が出現し、オダシューを切り刻もうと飛んできた。
だが、それに当たってやるほど、お人好しではない。
「お前、人間だろ? な、そうだろう?」
オダシューは、相手のペースをかき乱す。その間に、左腕をやられたニェーボが、ポーションをかけて自身の応急手当をする。
インモルタルは強力な魔術師だ。室内戦闘だから、加減はしているだろう。していなければ、この通路もどうなっていたかわからない。それほどの術者であった。
「違う! チガウっ! ボクを人間と言うなぁーっ!」
インモルタルは怒髪天を衝く。オダシューは、円盤状のスライサーを、その巨躯に似合わない俊敏さで回避し続ける。
当たり所によっては、首や腕を切り落とされかねない凶器。それを紙一重のところで躱し続ける。
――挑発したものの、こいつは本当のところどうなんだ……?
オダシューは額を両断しかねない刃を避ける。インモルタルは、魔族の中にいる人間か、それとも人間の姿をしている魔族なのか。
――ああ、こいつはいけねえ。ガルなら関係ないとすっぱりなんだがなぁ。
「オダシュー、子供に弱い」
ニェーボが復帰した。何も言っていないのに指摘され、オダシューは口元を歪める。
「顔に出てたか?」
真面目に戦っていたのにも関わらず、仲間に何を考えているか見抜かれるとは。
ニェーボは、魔石を仕込んだ鉄球をインモルタルめがけて複数投擲。片手では同時に投げられないから治療したわけだが、腕が動けばこんなもの。
鉄球は小爆発を起こして、その破片をインモルタルに雨のように浴びせた。瞬時に腕で庇うインモルタル。ニェーボの鉄球には仕掛けがあるというのは、これまでで学習済みである。
――変なところで冷静なんだよな、
怒りで我を忘れているかと思いきや、まだ反応できるインモルタルである。
「それより、オダシュー、気づいているか?」
「あ? 何がだ? おれは、お前と違って察しが――」
炎の蛇がインモルタルから放たれ、オダシューとニェーボは左右に分かれた。
「――悪いんでな! はっきり言ってくれ」
「あいつ、怪我が再生してる」
「あ? ……ああ、そのようだな」
鉄球の破片をガードしたとはいえ、刺さったり、肌を切ったりはした。だがその傷もみるみる治っていく。
「やっぱ、人間じゃなくて、魔族なのか……?」
「っ、オマエっ! また、ボクを魔族とっ! 人間なのに、魔族だと――」
インモルタルが叫んだ。これにはオダシューは困惑する。
「おいおい、さっきと言っていることが真逆じゃねーか! お前は人間じゃなくて、魔族だって言っだだろうが!」
「うるさい! ウルサイ! ウルサーいっ!」
インモルタルの放った火球の威力が上がった。回避し壁に当たった途端、石材が吹き飛んだ。
「おいおい、マジで錯乱しちまったってか!?」
「オダシュー、これ以上は危ない。仕掛ける!」
ニェーボが煙玉をばらまいた。オダシューは舌打ちする。
――だから、お前は主語が抜けてるんだよ!
通路を破壊しかねないほどの状況だから危ないのか、普通に錯乱状態のインモルタルが危ないのか。単純にこれ以上は捌けそうにないから危ないのか。
だがニェーボは煙に紛れて前に出た。カリュプスメンバーで一番の巨体を持つニェーボだが、あれがインモルタルに肉薄はこれまで出来ていない。それをやって左腕をやられた。何か糸口でもなければ、おそらくまた手傷を負う。下手をすれば今度は命がないかもしれない。
――勝算はあるんだろうな……?
ニェーボが動いたが、オダシューも動いた。彼ひとりに任せるつもりはない。勝ち筋なく相打ち覚悟で突っ込んだのなら、その後始末をつけなければならない。
風が吹いた。
煙が流され、インモルタルに迫っているニェーボの背中が見えた。図体がデカいせいで、肝心の魔術師の姿は見えないが。
だがその巨体が突然、静止した。壁にぶちあたった音と、肉がぐしゃりと潰れる嫌な音も。
――あ、これは駄目だ。
オダシューは、ニェーボがやられたのを察した。どうしてわかったのかは、感覚としか言いようがない。
だが、オダシューはこの僅かな間を逃すわけにはいかなかった。敵を倒した直後というのが、一番隙ができる。倒したと察するまでの間。使った武器を引く、あるいは捨てるまでの間。そしてまだ敵がいるとその視線を合わせるまでの間。
どれもほんの瞬きの間だが、その積み重ねの一秒に満たない間が、致命傷を生むことがある。
インモルタルがオダシューを見た。あっという間だ。オダシューの右のナイフが、インモルタルの首をすっと裂き、接近している間に抜いた左のダガーで心臓を貫いた。
――お前が人間だって言うなら、心臓はマズいよなぁ……!
お父さん。
「!?」
ふっと耳に聞こえた掠れ声。喉を裂かれて、インモルタルは声も出ない、はずだった。
どうしてボクを捨てた、の……? ボク、人間だ、よ――
涙が浮かんだ少年だか少女の顔。声もほとんど聞き取れないが、確かに、そう言った。
インモルタルは、オダシューに父親の幻を見たのか。
おと、う――
伸ばした腕。そこから鉄のスパイクが伸びて、オダシューの胸を貫いた。
――ああ、ふざけやがって。
これは助からない。オダシューは察した。
――これは、言ってほしくなかったなァ……。