軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第66話、醤油とタルボット

バロールの町は海に面しているが、北側へと向かえば、船の種類は大中の貿易船から、小ぶりな漁船へと変わっていく。

潮の香りだ。ソウヤは岸壁に沿って歩く。係留された漁船が無数にあって、午前の漁から戻ってきた漁師たちが、明日の漁の準備をしている。船の清掃など、とかく手入れは欠かせない。

ミストは、それとなく視線を彷徨わせて、様子を見る。

「ほんと、男ばかりね、ここ」

海と漁で鍛えられた屈強な男たち。

「船で仕事するってのは、とかく体力勝負だからな。細く見える奴も、脱げば相当引き締まってるぜ」

「見るからに丸太みたいな腕しているのもいるわ」

何やら獲物を見つけた蛇のような目をするミスト。セイジが苦笑した。

「強そうですよね……。腕相撲なんかしたら、腕を折られちゃいそう」

「煽って賭けをしたら、儲けられるかしら?」

「やめとけよ、ミスト。漁師さんたちの腕をへし折るつもりか」

ソウヤは首を振った。

野郎ばかりの場所を、ミストという竜、もとい美少女を連れて歩けば、注目もされる。

が、彼女に見とれた者は、直後に職人気質のベテラン漁師に、手が止まっているとどやされた。

と、岸壁で料理をしている三人の男を発見。自分の船の近くで休憩兼昼食のようだ。漁でとれた魚を焼いたようだが――おや、この匂いは……。

「漁師の食事って普通に魚なのね」

ミストが不思議そうな顔をする。

「売り物として出すには、落ちるやつだろうよ」

漁で取れる魚の状態は千差万別。極力値が付きそうなものならいいが、大きさや形などでそれに見合わないものも当然でてくるものだ。

「そんなことよりもだ……」

ソウヤは漁師たちに近づく。彼らも気づいた。

「何か用かい、ニイさん」

上半身マッシブな漁師が声をかけた。ソウヤは彼らの持っている串に刺さった魚を指さした。

「つかぬ事を聞くが、その魚、 醤油(しょうゆ) につけた?」

「おう、よくわかったな」

男たちの脇に、壺があって、そこから特有の匂いがしている。

「地元でも最近流行り出したばかりなのに、ショーユを知ってるなんて、ニイさん、タダモンじゃあないね」

「これでも商人でね」

にっこりとソウヤがスマイルを浮かべると、漁師たちは顔を見合わせて笑った。

「てっきり、戦士か冒険者だと思ったのに、商人か!」

「さすが、商人。もうショーユを聞きつけたか」

男たちをよそに、ミストがくんくんと鼻をならした。

「……独特の匂いね。ステーキタレとは違うけれど、近いような」

彼女の視線が、醤油付けの魚と、壺を行き交う。

「でもステーキにも合うかもしれないわね」

――それはどうかな。

ソウヤは首を捻る。ミストが自然に醤油壺に近づくので、座っていた男たちが少々動揺する。

「おいおい、お嬢ちゃん?」

「近い、近い!」

場違い過ぎる美少女に免疫がないのだろうか。それかミストみたいなタイプが知り合いにいないのかもしれない。

それはともかく――

「もうひとつ質問なんだけど、この醤油ってタルボット君が作ったやつかな?」

「タルボット! ああ、ニイさん、あいつの知り合い?」

そこからは話が早かった。

十年前、ソウヤが醤油作りを託したタルボット少年は、蔵を建ててそこに住んでいるという。醤油を作っていて、つい最近それを地元の漁師に配っていた。

「そうか、完成させたんだなぁ」

物思いにふけるソウヤ。だが漁師は顔をしかめた。

「だけど、あいつ借金あって、色々ヤバイらしい。もしショーユを買いたいってんなら、早いほうがいいかもしれんぞ」

「お、おう、そうなのか。そりゃ急がなきゃ。ありがとよ」

親切な漁師さんたちに礼をいい、ソウヤは足早に離れる。セイジとミストもついてきた。

「ソウヤさん、タルボットさん? という方が、ショーユ製造を頼んだ――」

「おう。オレより二つ年下で……ああ、もう二十八かよ。そりゃ歳もとるわな」

――十年も経てば、そりゃあ色々あるよなぁ……。借金だって? 醤油作りに没頭し過ぎたのか?

「醤油を完成させたのは収穫だ。だが、借金とはなぁ」

根は真面目な男だったから、どうにも金で失敗するようなイメージがない。これはすぐに会って、必要なら問題解決に協力も辞さない。

せっかく手に入るところにきた醤油だ。これを逃すわけにはいかないのだ。

・ ・ ・

タルボットの実家は、バロールの町に拠点を置く貿易商である。

十年前、勇者時代のソウヤが調味料開拓のために、彼の家の店を訪れたのが、出会いのきっかけだ。

現在、ミストが好物としているステーキにかける秘蔵のタレの開発もその時のもので、当時のタルボット少年は、その味にいたく感動した。

ソウヤは調味料の話をいくつかしたのだが、タルボットは、その中で『醤油』をぜひ作ってみたいと言い出し、醤油作りがスタートした。

魔王討伐の旅の途中だったソウヤは、いつかの再会を約束し旅に戻ったが……。戻ってくるまでに十年も経ってしまった。

漁師の話で、きちんと醤油作りを続け、完成させたと聞いて、嬉しく思ったソウヤだったが……。

現地についたら、とんでもないことになっていた。蔵が襲撃されていたのだ。

「……で、オマエは、何てことをしてくれたんだ? あぁ?」

いかにも強面の男を血まみれ半殺しにして激怒しているのは、我らがミストさん。

床にぶちまけられたのは赤黒い血……ではなく、醤油。

美少女なのに、ドラゴンが飛び出してきそうな怒気を漲らせた彼女は、その細腕で男を締め上げる。

「何とか言ったらどうだ、ニンゲン?」

「……」

男から返事はない。――というか意識あるのかな、あれ。

訝るソウヤ。セイジなどは、ミストのあまりの剣幕に脇で震えている。ドラゴンの怒気を当てられて、正気を保つほうが難しいというものだ。

……食べ物を粗末にする奴に慈悲などない。