作品タイトル不明
第548話、遥か彼方の異世界で
ニーウ帝国の領空を、サフィロ号が単独で航行していた。
深夜、うっすらと雲が漂う中。新たな雲――霧を発生させながら、青き飛空艇は飛ぶ。
ソウヤはサフィロ号のブリッジにいた。操舵輪を持つサフィーの横に立つ船長のエイタは口を開く。
「霧の海を見慣れていると、案外地表が見えるってのはおぞましいもんだ」
「あんたのいた異世界じゃ、見え方が違ったのかい?」
「ああ、月明かりが反射して、うっすら白いんだよ。それが見渡す限り広がっている。……ほら、あそこに漂っている雲が見えるだろう。あれを上から見ると、たぶんわかる」
「なるほどね」
ソウヤは頷いた。飛空艇から地表を見下ろせば、墨を溶かしたように黒く塗りつぶされているように見える。
「真っ暗だ」
「日本にいた頃は、テレビとかで光で満たされた映像を見たから、夜でも光がないってのは違和感なんだけどな」
「都市の夜景は明るいもんな」
ソウヤとエイタは、遠き日本の思い出に浸る。
二度と帰れない故郷――そう考えた時、ソウヤはふと気づいた。
「なあ、エイタ。あんたは霧の海世界へはどう行ったんだっけ。渦に飲み込まれたんだっけか?」
「こっちの世界には渦だが、霧の海世界へは召喚されたんだよ」
「召喚か。オレも同じだ」
「お前さんは勇者召喚だろ? 俺のは、あのリムに引きずり込まれたってところだから、待遇には天と地ほどの差があっただろうけど」
自嘲するエイタ。召喚された後、勇者として指導を受けたソウヤに対して、エイタはリムによって人体改造された。
「で、何でその話を?」
「いや。あんたがこっちの世界へ来たものと同じような渦を探しているって聞いてさ。そういう異世界へ通じている渦の中には、ひょっとしたら地球に……日本に帰る渦もあるんじゃないかって思ってさ……」
ソウヤは顔を上げた。そこにある月は、地球でのそれに似ているが、違う。
「日本が恋しい?」
「まあ、そりゃあな……」
ソウヤは照れたように鼻の頭をかいた。
「オレは勇者召喚されたけど、元の世界に帰る方法はない。いや、わからないって言われてさ」
エンネア王国のアルガンテ王――当時、王子だった彼の父、つまりは前王に、召喚直後にそう説明された。
「オレはこの世界で骨を埋めることになるんだなって、半ば諦めていたんだがな。ふと、異世界を移動する渦って存在を知っちまったから、もしかしたらって」
「なるほどね」
エイタは頷いた。
「思い出しついでに、聞いてもいいか? ソウヤ、お前さん、家族は?」
「両親がいて、弟が二人いる」
「弟か。お兄ちゃん?」
「ああ、三兄弟の長男だ」
ソウヤは苦笑した。
「次男が中二、三男が小学六年……いや、違うな」
「ソウヤ……?」
「次男が26。三男が24だ」
勇者召喚されて2年ほど戦い、そこで魔王討伐からの10年昏睡である。ソウヤの年齢が30なのだから、弟たちも10年は年を重ねているはずである。
「えぇ……。ふたりとも社会人になってる?」
ソウヤは首を横に振る。
10代半ばの姿しか想像できないソウヤからすると、弟ふたりが成人しているなど微妙にショックを受けた。
「仲はよかったのかい? 家族とはさ」
「うーん、まあ、悪くはなかった。両親とも特に病気もなく健康だったし、ただ……」
「ただ……?」
「次男がな。登校拒否って引きこもりになってたから、大丈夫なのかなってのはある」
「引きこもりか……。いじめ?」
「たぶんな。あんま話してくれなくてな」
ソウヤは船の縁に肘を置く。
学生時代というのは、微妙なお年頃である。家族よりも友人関係を重視する頃合いでもあるが、それで周囲と上手くやれないと、関係を断とうしたり距離感が難しいのだ。
「あいつが社会人なんて、ほんと想像できないな。ニート街道まっしぐらで、家族に迷惑かけてないといいんだが……」
三男は三男で、引きこもりな次男を見てどう育ったのか。
「一番迷惑かけていたのは、お前さんのほうじゃないのかい、ソウヤ」
エイタは肩をすくめた。
「そうかな。オレは普通だったと思うが……ああ、そうか」
そこでソウヤは思い至る。自分が異世界へ召喚されてしまったという事実を。
「家族はめちゃくちゃ心配したんだろうな……。オレは召喚だってわかってるけど、家族からしたら突然蒸発して行方不明なんだもんな」
オヤジもオフクロも、心配しまくっているのではないか――それを思うと、ソウヤは無意識に頭を抱えた。
「あー、心配になってきた。行方不明のオレのために家庭崩壊とかしてないよな……?」
うわぁ、と思い切りへこむソウヤである。エイタは苦笑した。
「そうは言っても、俺たちには何もできないからな。無事を伝える手段もないわけだし、そもそも帰れない」
「……」
「それに、原因を辿れば、お前さんには何の罪も落ち度もない。何が悪いって根本を辿れば、召喚したほうだろう。お前さんは被害者だぜ」
そうだとしても、日本にいる家族はそれを知らない。事件に巻き込まれた、あるいは家出――不安や心配が残された家族の生活を蝕んでいるのだろう。
――10年も経てば、諦めもつくのか……。
ソウヤは割り切った。もう帰れないのだから覚悟を決めた。そうでなければ前を向いて生きていけなかっただろうから。
「なあ、エイタ。あんたんとこの家族は大丈夫なのか?」
ソウヤが聞けば、エイタは闇夜に視線を向けた。
「さあな、それを知る術はない。家族は心配してくれていたんじゃないかな、とは思う。うちも共働きだけど、まあ普通な家庭だったし」
「兄弟は?」
「一人っ子でね」
エイタは答えた。
「まあ、両親もまさか、息子が異世界で海賊やって、傭兵やってるなんて思っていないだろうな」
「違いない。オレなんか勇者だぜ」
わからないものだ。本人でさえそうなのだから。
操舵輪から、サフィーが顔を上げた。ブリッジにミストがやってくる。
「ソウヤ、そろそろ、魔王軍の拠点も近いわ」
魔力眼で見ているミストの目が光っている。ソウヤとエイタは顔を見合わせた。
「じゃ、始めるか」