作品タイトル不明
第480話、ゼロ歳ドラゴンの説教
リアハにとって、エルフたちに降りかかった災厄は、祖国グレースランドを見舞った悪夢を思い起こさせるに充分だった。
王国民すべてを魔物に変えて、他国に解き放つ。支配され他国民に襲いかかり、また他国民も人間と知らず魔物と化したグレースランドの民を討つ。
悪夢以外のなにものでもない。
リアハは、最悪の夢を何度も見た。その最悪の夢は、魔王軍の企みを知るたびに増えていった。
平穏だった王都が、町が一瞬のうちに光に包まれて、人々から魂を奪われて、魔王が復活する悪夢。
心臓など臓器を抜かれていく悪夢。
おそらく、今回のエルフ同様、装置のパーツとして解体されていく夢も見るようになるだろう。
冗談じゃない、と思った。
すっと剣を抜く。魔断剣ソラス・ナ・ガリー。魔を断つ剣。グレースランド王国に伝わる聖剣のひとつ。
この剣を扱えるように、幼少の頃から技を磨いた。魔王を討伐し世界を救った勇者や、聖女として共に旅立った姉に負けないように。
しかし現実はどうだ? 勇者はやはり偉大であり、聖女の力は人を救った。剣を振り回したところで、悪夢ひとつ払うこともできない。
『……魂が揺らいだ』
寝ていると思われたヴィテスが、唐突に言った。
『リアハは、何を不安がっている?』
「不安……?」
このドラゴンの子供は何を言っているのだろう? リアハは剣を鞘に収めた。
「私が不安がっている? まさかあなたに言われるとは思わなかった」
『あなたより後から生まれたから?』
ヴィテスは片目を開けた。
『人間とドラゴンの成長速度は異なる。わたしもフォルスもゼロ歳児だけど、もう人間で言うところの幼少期に差し掛かっている』
フォルスなどは、人に化けると人間の子供であり、その言動も外見相応である。対するヴィテスも人型では幼女だが、口数が少ないこともあって大人びて見える。
くい、とヴィテスは尻尾を動かして、手招きのように動かした。
『リアハを見ていると不安になる。銀の翼商会にいる者たちの中で、一番揺らいでいる』
「揺らいでいる?」
『不安、恐れ……その他、色々な感情が』
子供の直感だろうか。時に大人より真実に近いものを察することがあるとも聞く。
リアハはヴィテスに誘われるまま近づく。尻尾に巻かれるように、ヴィテスに寄り掛かる形で座る。
『銀の翼商会にいる者たちは、皆、向上心がある』
ヴィテスは淡々と言った。
『未来への希望、なりたいものがはっきりしている。それぞれが夢や目的を持っていて、それに向かって日々を過ごしている』
「希望……夢」
私の夢は?――リアハは自問する。しかし、すぐには浮かばなかった。
『ライヤーは世界中を飛空艇で見て回りたいという願望を持っている。ティスは世界最強の魔法格闘士、ソフィアは世界一の魔術師を目指している。彼女の父イリクも、世界にあるあらゆる魔法を知りたいと思っている』
魔法大会以後、銀の翼商会にやってきた魔術師や戦士たちは、ソフィアやセイジの活躍を目の当たりにし、そうなりたい、もっと強くなりたいと憧れと共にやってきた。
「よく見ているのね……」
この寡黙な子供ドラゴンの意外な一面に、リアハは苦笑する。
『もちろん、皆が夢や希望を思い描けているわけじゃない。カエデは偏見に苦しんでいた。でも、銀の翼商会で友を得たことで自信を取り戻している』
シノビの少女。暗殺者の家系に生まれ、銀の翼商会にやってきた頃は、目が死んでいた。しかし商会には暗殺者組がいたし、ソウヤやセイジは優しく、ティスは偏見を持たず接している。
『魔王を討伐した勇者パーティーの面々……。あの人たちも、また影が濃い』
ヴィテスはそう評した。
メリンダなどはわかりやすい。恋人を失い、カップルに対して拒否反応を示す。
『いやいや、そうではない。あの人たちはまだ、魔王との戦いの中にいる』
だから復活した後も勇者であるソウヤと行動を共にしている。それぞれが気持ちの整理をつけつつ、10年のブランクを乗り越えようとしている。
『あの中で一番早そうなのがコレル。彼は元々、人間より獣魔たちと関係が深かった。信頼できる仲間がいるから、たぶん自立するのが一番早いと思う』
「……」
リアハは俯く。勇者パーティーの仲間たち。当事者もそれぞれの闇を抱えながら生きている。
「その人たちと比べても、まだ私が一番揺らいでいる、と」
『あなたは、どうして銀の翼商会にいる?』
ヴィテスの何気ないような質問が、リアハの心にナイフのように突き刺さった。どうして――それに対する答えを考えつく前に、ヴィテスは言った。
『魔王軍への復讐。祖国や、ここでの魔王軍の所業……それが許せない。いやいや、それもあるが、そうではない。もっと根本的な問題。リアハ、あなたはソウヤを愛している』
「っ……!」
グサリと槍が刺さったような衝撃を食らった。ゼロ歳児に指摘されるのは何ともショックである。
「な、何を馬鹿な――」
子供に何がわかるのか。いきり立つリアハだが、ヴィテスは冷静だった。
『ソウヤが好き。彼と一緒にいたい。後からきた姉に対抗するために同行を志願したけど、今ではそれが正しかったのか自信が持てない。だから揺らいでいる』
ヴィテスは、ここにきてひどくお喋りだった。
『レーラは、ソウヤと共に勇者パーティーにいた。自分よりも遥かに付き合いが長く親しい。それを目の当たりにして、自分に自信がなくなった』
「……」
『ここにいる理由が揺らいでいる。根本がグラついているからそうなる』
「じゃあ、どうすればいいの!?」
リアハは立ってヴィテスを睨んだ。好きという気持ち。けれど姉が彼に好意を抱いているという事実。10年の壁。共有している思いと、部外者である自分。
「あなたに私の何がわかるというの!?」
『わかる。要するに踏ん切りがつかない。身を引こうと思いながらも、もしかしたらと思っている。未練タラタラ』
「……ッ」
図星だった。そんなリアハにヴィテスはやんわりと告げた
『素直になればいい。真に強き男であるなら、リアハの気持ちにも応えてくれる』
「でも――姉さんが」
『リアハはリアハ。レーラは関係ない』
きっぱりとヴィテスは口元を歪めた。
『いいじゃない。姉ともども愛してもらえば』
「あなたは、いったい……」
リアハは絶句した。本当にヴィテスなのだろうか? いくらドラゴンの成長が早いと言っても、ゼロ歳児の言葉とはとても思えなかった。