軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第3話、霧の谷

誰だ? 我のテリトリーに入ってくる者は――?

深い霧の中に漂うよそ者の気配。白き竜は、目を細める。

邪悪な気をまとう気配。それとは別に……この匂いは――

その瞬間、竜は寝床から起き上がった。そして漂う白き霧に溶け込むように、その巨体を任せ、やがて霧となって消えた。

・ ・ ・

「どっせぇえいぃっ!」

振るわれた斬鉄が風を切り、巨大な角をもった、たくましき牛と肉食獣を掛け合わせたような姿の魔獣ベヒーモスの腹部を強打した。

厚い肉の鎧が切れて血が迸る。苦悶の声を漏らし、とっさに発達した前足を振るうベヒーモス。しかしソウヤは首を傾けて頭ひとつかわす。

「うらぁぁぁっ!!」

斬鉄を振り上げ、魔獣の首に断頭台の一撃を叩き込む。切れ味悪そうな鈍器のような斬鉄が、ベヒーモスの太い首の骨を砕き、さらにあまりの力に切り裂かれた。

濃厚な血の臭い。頭と胴がわかれた魔獣の巨躯が地面に崩れる。ソウヤは、ブンと斬鉄を振り、刀身の血を払うと右肩に担ぐ。

「ベヒーモスとは幸先いいな!」

勇者時代でもAランク魔獣として知られるベヒーモスだ。あまり姿を見かけないが、一般的には見たら逃げろと言われる凶暴な奴だから、仕留めた素材は高く売れるのではないか。

解体したいところだが、後回し。ソウヤは、動物の解体はこの世界で多少学んだが、プロを自称できるレベルではない。じっくりできる場所で、やっていきたい。

「ま、そういう時でもアイテムボックスがあればね」

時間経過無視で保存しておけば、どこか解体できる場所まで持っていっても、新鮮なまま解体できる。やってもらうなり、教わりながらかは、その時考えよう。

成人男性の数倍は巨大なベヒーモス。普通なら、解体もせずにひとりで運ぶのも無理なのだが、これもやはりアイテムボックスで解決である。

ソウヤが、軽く手でベヒーモスの身体に触れ、「収納」と念じれば、それはただちにアイテムボックス内に送られる。

たとえ、ベヒーモスクラスが何十、何百いたとしても、ソウヤ一人いれば全部運べるって寸法だ。

「しっかし、さすがは人の寄り付かないっていう霧の谷だ」

ベヒーモスなんてヤバイ魔獣がいるとは……。元勇者でなければ、ソウヤとて単独で戦おうなんて思わなかっただろう。本来なら、腕利き数人から十数人で相手をするような化け物なのだ。

ソウヤは、うっすら霧で覆われている谷を進む。案外、近くのものは見えるが、ちょっと離れると白い壁に覆われているようだ。

「何だか、雪が降った日みたいに、ワクワクするなぁ」

何故そう感じるのか、ソウヤにはわからなかった。元の世界にいた頃から、霧が発生している時に歩くと、そう感じていた。知っている場所なのに、どこか違う世界になってしまったような気分になるのだ。

もっとも、いまは異世界の住人になっているわけだが。

「……」

すっと、斬鉄の柄を握る。気配――しかし、動物や魔獣とは違うような。明確な敵意、しかし憎悪のようなものに、肌がチリチリとしてきた。

霧の中に潜むそれ、いやそれらは、わずかながらの足音と共に距離を詰めてきて――

「!」

襲いかかってきた。魚頭に、ヒレ付きの人型――サハギン!

「キィィェェエ! ニンゲンンン!!」

いや魔族だ! 三叉の槍を手に、サハギン亜種の魔族が背を低くしながら突進してくる。

「なんでお前ら――」

ソウヤは斬鉄を振りかぶりながら駆け出す。槍の突きをかわして、飛び込む勢いで鉄剣を叩き込む。

グエェ! と潰れた声と共に、本当に潰れて陥没したサハギン亜種が地面に叩きつけられ絶命する。

一体をハエを叩くがごとく沈めたソウヤは、続くサハギン亜種を横薙ぎに振り回した斬鉄で吹き飛ばし、さらにもう一体を両断した。

「いまので三体目ェ!」

さらに迫ってくるサハギン亜種。この程度の魔族なら、束になってきても大した脅威ではない。――勇者なめんなよ!

結果的に、九体のサハギン亜種と戦い返り討ちにした。少し息が荒い。ソウヤは首を捻る。――このくらいで息が上がるとは、相当鈍ってるなオレ。

ともあれ、敵は排除した。魔族の武器なども商品になるだろうか、と考え、ソウヤは三叉の槍や爪系の武器、腕輪や宝玉付きの首飾りなどを回収。さすがに魚頭とはいえ、人に近いので、ちょっとその死体を持っていくのは遠慮した。……需要があるなら、その時に判断しよう。

「何だって、魔族がこんなところに?」

魔族――魔王の眷属にして、悪魔や怪物、それらの血を引く種族だ。人間やその他種族と敵対し、度々世界を支配しようとしてきた過去がある。

その魔族を率いる魔王を倒したことで、人類やその他種族は魔族への攻勢を強め、打ち倒したとされている。

しかし、完全に滅びたわけではない。虎視眈々と、侵略のための牙を磨いでいるだろう。

ソウヤは先を急ぐ。前来た時は、魔獣はいたが、魔族はいなかった。霧竜ミストドラゴンのテリトリーに連中が入っているというのは、どうにも嫌な予感しかしない。

上位のドラゴンは、この世界では基本的に独立した勢力であり、魔族に与するものは一部のみ。だから、それ以外のドラゴンのテリトリーを侵すことは、死を意味した。

「ギッ!?」

またも、サハギン亜種と遭遇した。どれだけ入り込んでいるのか。向かってくる魔族に、ソウヤも斬鉄で応戦する。

まだ本調子ではないが、所詮は雑兵。元勇者の敵ではない。

「……こいつら、狙いはミストドラゴンか……?」

だが疑問も残る。サハギン亜種がいくら集まろうが、霧竜には到底太刀打ちできない。それにも拘わらず、魔族がここにいる理由とは?

「……とか思ってたらこれかよ!」

のそのそと大型魔獣が現れる。先ほどぶっ倒したベヒーモス、それが二体。

――こいつら、野良じゃなくて、魔族が使役してるのか?

まあいい、と思った。歯を剥き出し、臨戦態勢になるベヒーモスだが、やる気というなら叩き潰すまでだ。

「手早く済ませっぞ!」

ソウヤは駆ける。一頭のベヒーモスが四肢を蹴って向かってきた。一騎討ち。

「――鬼斬り!」

斬鉄がベヒーモスの脳天を叩き割った。腕に凄まじい力と衝撃がかかるが、そのままソウヤは剛腕で振り切る。

――まず一頭! 次!

視線を瞬時に次のベヒーモスに向けたその時、思いがけない音――いや声が聞こえた。

「ええーいっ!」

女の声。ゾクリ、とソウヤの背筋に悪寒が走った。強大な力の気配。

次の瞬間、ソウヤの視界にそれが映った。

ふわりとした漆黒のスカートが舞う。いやそれは鎧を身につけた漆黒の戦乙女ヴァルキリーのようだった。

黒い騎兵槍のような穂先を持つ武器が、ベヒーモスの頭蓋を貫いた。

長い黒髪が風に揺れる。ソウヤにはスローモーションの如く、ゆっくりとその戦乙女――少女の横顔が見えた。

赤い瞳に、人形じみた整った顔。その唇は妖艶に微笑んでいた。

目が合った。戦乙女の赤い瞳はソウヤを見つめている。

時間が戻った。突き刺した槍を持ったまま、勢いよく一回転して、戦乙女はソウヤに向き直った。

「久しいわね、ソウヤ!」

彼女は言ったが、当のソウヤは目を丸くする。

――はて、どちらさんだったかな?