作品タイトル不明
第358話、ザンダーの正体
その人物は、闘技場外周の通路をふらついていた。
行き来する観客たちの間をぬって動く灰色ローブの男。すっぽり被ったフードのせいで、顔はわからない。
ソウヤは奇妙な違和感を抱く。こちらは行き交う客とぶつかりそうになったりしたが、その人物は、ひらりひらりと避けていく。
「あれがザンダーか?」
「あのローブは、彼で間違いない」
ジンは断言した。
「この人混みじゃあ、追いつくのも大変だな」
ソウヤがそう口にした時、チリンと鈴によく似た音がした。
「気をつけろ」
老魔術師は警告した。周囲のものがすべて白と灰色に変わった。
「魔法を使われた」
ソウヤとジンの色はそのままだった。そしてザンダーも。
「私に何かご用かな? ご両人」
どこか貴族的優雅さを感じさせる男性の声がした。
振り返ったザンダーが、ソウヤとジンを見つめる。どうやら彼が喋ったようだった。
「何をした?」
「一種の人払いの魔法というやつだ。周りの人間には、私たちが認識できなくなった」
「何故、そんなことを……?」
「君たちが私を追いかけてきたからだ。何か話があったのだろう?」
それはそうなのだが――ソウヤは眉をひそめる。そのためにわざわざ、こんな魔法を使うのか。
「追いかけた、というか話がしたかっただけなんだが……。周りが認識しないのなら、ちょうどいい」
ソウヤは単刀直入に切り出した。
「あんたは魔族か?」
「いかにも、魔族だ」
あっさり、そしてはっきりとザンダーは認めた。何もやましいことはないと言わんばかりに、堂々と。
――てっきり正体を隠そうとするもんだと思った。
こうもあっさり答えられると、敵なのか疑わしくなる。
ジンがゆっくりとした調子で言った。
「気に障ることを言うが……魔族である君がここで何をしている?」
「大会に出場している、という答えでは納得してくれないのだろうな」
ザンダーは小さく肩をすくめた。
「私が魔族というだけで疑わしく思われるのは仕方がない。逆の立場ならば、私だってきっと疑うだろう。だが答える前に、こちらからも質問がある」
魔術師は言った。
「君たちは何者だ? 王国の騎士には見えないが」
「商人だ」
「魔術師だ」
ソウヤ、そしてジンは答えた。ザンダーは頷く。
「なるほど、私の偽装を見破ったのは、そちらの魔術師だな」
「……」
「君たちは、魔族だからと問答無用で攻撃してくる輩ではないようだ。ならば、ひとつ、私も正直に答えようではないか。もっとも、おそらく信じられない話だろうがね」
ザンダーは鷹揚に言った。
「魔王軍が、かつて勇者に敗れた魔王を復活させようとしている」
「魔王を、復活……?」
ソウヤは眉をひそめた。十年前に、勇者であるソウヤによって倒された魔王。魔族はそれを復活させようとしているという。
「具体的には、どのように復活させるんだ?」
「ほう、信じるのか?」
挑むように言うザンダー。ジンが口を開いた。
「最後まで話してくれ。信じる信じないはその後だ」
「聞く耳を持ってくれてうれしいよ。魔王を復活させるためには、冥界の底に沈んだとされる魂を連れ戻す必要があるのだそうだ。そのために、莫大な魔力を必要とする」
「ひょっとして魔王軍の残党が魂を集めていたのは……?」
「知っていたのか。そうだ。魔王復活のための魂を稼ぐために各地で騒動を引き起こしたのだ」
行商して移動する中、小規模集落が魔族に襲われる事件に遭遇した銀の翼商会である。ソウヤにも心当たりがあった。
「そして、その魔力収集の一環として、この王都の人間が集まる魔法大会を利用しようと魔王軍は考えた」
「ここ?」
「そうだ。魔力と魂を吸い上げる魔法装置を、連中はこの闘技場に持ち込んだ」
この数万規模の闘技場の客全員から魂を奪う――ソウヤは驚愕した。
「何てことを考えるんだ!」
「だが狙う条件に見事に合致しているな」
「おい、爺さん、感心している場合じゃ――」
「ザンダー。その装置があるとして、何故、まだ使われないんだ?」
ジンは指摘した。
「大会は三日ある。一昨日でも昨日でも、もちろん昼前にだって実行できたはずだ」
ザンダーの話を鵜呑みにできない、とばかりに、ジンは言った。まだ彼が嘘をついている可能性はあるのだ。
「理由はそう難しくない。装置がまだ完成していないからだ」
ザンダーは答えた。
「会場全体の人間に作用するような大規模装置だ。人間たちの目がある中、素直に持ち込めるはずがない」
「なるほど、つまりバラして、この闘技場のどこかで装置とやらを作っているわけだな?」
「ご名答。おそらく、今回の昼休憩で、人が大きく出入りする隙をついて、最後の部品類を中に持ち込んだはずだ」
「完成は近い……?」
「そういうことだ」
「あんたは――何故、それをオレたちにバラした?」
ソウヤは疑問をぶつけた。この手の事を話せば、ソウヤたちは黙っていない。立ち所に警備や王国騎士に通報され、企みが阻まれるのがわかるだろうに。
「理由は簡単だ。私は、魔族ではあるが、魔王軍の者ではないのだ」
ザンダーは、低い声を出した。
「人間にも国や宗教、民族の違いで争うこともあるだろう? 魔族も同じだ。様々な種族が寄り集まっているが、現体制に反発したり批判的な勢力は存在している」
「つまり、あんたは、魔王軍と敵対している勢力か?」
「単刀直入に言えば、そうなる」
灰色魔術師は、穏やかな声で言った。
「魔王に復活されたら困る者が魔族にもいるということだ。すでに会場内には魔王軍の手の者が入っているが、同様に私の仲間も潜入して、装置の所在を探っている」