作品タイトル不明
61話 男同士の話し合い
南条さんに案内され、北條家の屋敷の中にお邪魔する。
分かってはいたが門を超えてからも北條家には何度も驚かされた。門の中には大庭園が広がっており、まるで大自然の中に迷い込んだと錯覚させるほど雄大だった。大きな池には高級そうな鯉が泳いでおり、改めて星良の実家の太さに緊張がより大きなる。
屋敷内の内装も凄く、まるで文化遺産指定されている場所を歩いている気分になる。廊下に飾ってある高価そうな壺や絵画など、いかにも高級そうな骨董品が目に入る。
屋敷の奥へ奥へと歩を進める程に、喉の奥が乾いていき、心臓の鼓動音が大きくなる。
「ねえ大丈夫なの誠也君?」
俺の隣を歩いていた星良が不安げに見つめていた。
正直に言えば緊張で胸が張り裂けそうではあったが、それでも『大丈夫』だと俺はぎこちなく笑う。
ここで弱気になってどうすんだ。星良との仲を認めてもらうんだろ大道誠也!
挫けそうな自分の心に叱咤して、俺は怯える心に活を入れてやる。
それに星良がこうして隣を歩いている事が、俺の不安を和らげてくれた。
彼女の傍にこの先も居続けるんだと、星良の存在が内気になりがちな自分を奮い立たせてくれた。
「大道さん、こちらです。この部屋の中で親父がお待ちしてます」
数多くある1つ襖の前で南条さんは立ち止まる。
この襖の先に星良のお父さんが控えている。その事実にゴクリと唾をのむ。
「では、我々はこれで。お嬢もこの先の同行はご遠慮を」
「ど、どうして? お付き合いの報告なら私だって一緒に……」
「これも親父からのご命令です。男同士、一対一で話をしたいそうです」
そう言いながら南条さんは星良の意見を突っぱねる。
だがやはり俺が独りでは不安も大きいのだろう。彼女はどうにか南条さんを説得してついて来ようとしていた。
「ありがとう星良。でも大丈夫、星良のお父さんが望んでいるなら俺は一人で行くから」
「で、でも……」
「君が不安や心配することなんて起きないよ。だって俺はあくまで星良のお父さんと話をするだけだからさ。きっと男同士で積もる話もあるのかも」
あえて明るく振舞って彼女に言い聞かせる。
その後もしばしごねる星良だったが、やがては諦めて南条さんと一緒に部屋の前から離れて行く。
ポツンと独り残された俺は、小さく深呼吸をして襖に手を伸ばす。
だが俺が手を掛けるよりも早く、室内から男性の声が届いてきた。
『入って来なさい』
まるで襖を通して俺の姿が見えているかの様に促され、一瞬だけ足が竦む。だがすぐに今日一日の星良との時間を思い返す。この先の人生も彼女とあの幸せな時間を歩むなら、ここを乗り越えなくてどうするのだ? それとも星良のお父さんにビクビクして交際を続ける? なんて馬鹿馬鹿しい……。
さあ、踏ん張りどころだぞ誠也。
自らを鼓舞し、意を決して俺は襖を開き中に足を踏み込む。
「失礼しま……っ!」
待ち構えていた相手は想像通り、いや想像以上の覇気を纏った男性だった。
凄まじいほどの貫禄、そして何より放たれる圧力は一般人の自分など足下に及ばないほど強烈だった。それは時折見せるあの冷酷な星良より上で、嫌な汗まで滲みだす。
「君が大道誠也君か。まぁ、まずは座りなさい」
「はい。失礼します……」
だがそれでも、その強烈な圧を前にしても俺はゆっくり足を動かし、そして向かい合う形で用意された座布団の上に座った。
「急にこんな場を設けてすまないな。ただ、娘の彼氏が屋敷前まで来てると知って我慢できなかった」
「いえ……」
「ではまずは自己紹介から。ワシが星良の父にして、この北條組の組長の北條源五郎だ」
「初めまして。自分は大道誠也です。星良と…娘さんと交際させてもらっています」
俺が交際と口にした瞬間、この部屋の温度が下がった気がした。
そう感じた理由、それは彼が向ける視線がどこか冷ややかになったからだ。
まずい、何か失言でもしてしまったか?
いや、今の短いやり取りで怒らせることなど言った記憶はない。
あるとするなら俺が言った〝交際〟と言うワード、それがこの人の琴線に触れたのかもしれない。
「娘から君という幼馴染の話は事前に訊いていた」
顎下に生えている立派な髭を撫でながら、源五郎さんは続ける。
「私は娘の人を見る目を信じている。だから君が誠実な人間だとは理解しているし、私自身も直接顔を合わせて判断している」
「ありがとうございます」
言葉こそは肯定的だが、むしろ俺の中の不安感は大きくなった。
その予想通りと言わんばかり、次の源五郎さんの言葉はこれだった。
「なあ大道君。申し訳ないんだが、娘とは別れてはくれないだろうか?」