作品タイトル不明
15、危機
「マリちゃんがダイレスの木の方に行ったぞ。虫除けは散布済みだろうな?」
「とっくに終わっている。おい、そっち。角兎の群れがいるぞ。散らせ」
「狩るなよ。血で大物が寄って来たら困るからな」
「あの木にデカい蜘蛛の巣がある。取ってしまえ」
「その草も。草の縁が鋸歯になっているからマリちゃんの肌が切れちまう。むしっちまえ」
茉莉花に察知されないように冒険者たちが気配を消してコソコソと動く。
「あ! おまえのちびマリちゃん、猫耳じゃんよ」
「いーだろ。このピンとした黒い猫耳が可愛いんだな」
「ふーん。でも俺のちびマリちゃんは、見よ! エプロンドレスだぜ!」
「いやいや。俺のちびマリちゃんの方がキュートでラブリーだ。見よ! うさ耳にイヤリングして超〜可愛い!」
「俺のちびマリちゃんが一番だ! キラキラティアラのお姫様バージョンなんだぜ!」
見せっこのために別の意味でコソコソしてお互いに披露し合う冒険者たちもいた。
ちびマリちゃんは職人が趣向を凝らしての手作りのため、一点一点が微妙に異なる出来上がりとなっていたのだ。
東門の森は古い森だった。
太古の地層の化石を食らって成長したような大樹に草木が拝跪するみたいに過去が沈澱した森であった。
茉莉花は落とし物を拾い、薬草を探し歩いているうちに小川を発見した。細い流れは底の石がはっきりと見えるくらいに浅い。
チャプチャプと指を入れると水流は思っていたよりも強く茉莉花の指を押した。小川の脇の草も流れに長い葉先を捕られて斜めになっている。
「ジーク、魚がいる!」
銀色の小魚の群れに茉莉花がはしゃぐ。
「魚をすくってみる?」
ジークの手には小さなタモ網があった。森の冒険者が忍者のごとく忍びやかにジークに渡したのだ。
「え? いいの?」
「時間はたっぷりあるし、小川で休憩を兼ねて遊ぶのもいいんじゃないかな」
タモ網を受け取って喜ぶ茉莉花に、タモ網を用意した冒険者が遠くで両手を組んで感涙している。
パチャ、とタモ網を水に入れるが当然のごとく小魚の方が素速い。
まったく魚を掬えない。
「むぅ」
茉莉花が水草に逃げ込む小魚を追いかける。目を凝らしていると、揺れる水草の間をスルリと小魚が泳ぐ。水草に宿っていた水泡が浮いた。
「チャンス!」
そ~、と茉莉花が網を水の中に入れた。
遠くで冒険者たちがもどかしげに気を揉むが、茉莉花の網は空っぽのままである。
「おしい、もうちょっとだったのに」
「うーん、下手くそすぎる……」
「マリちゃん、反射速度がなぁ……」
その時。
空気が軋んだ。
一斉に冒険者たちが剣の鞘を払った。
魔法の発動態勢をとる者もいる。
額に冷たい汗が噴き出す。
空気を揺らす―――何か。
殺気では、ない。
原始の恐怖のようなものに冒険者たちは襲われていた。
「マリッ!」
ジークが茉莉花に飛びつく。
あの〈声〉だ、と激しい衝撃がジークの胸を突きあげた。
大気を押し退ける魔力に満ちた〈声〉が響いた。
『つまンない〜。せっかくダンジョンの100階に捨てたのにピンピンしているし〜。なンでホンワカと魚取りをしているのさ〜』
背筋を走る神経を逆立たせるような苛立った〈声〉だった。
『それに〜、君をお気に入り登録をしたのは僕なのに、なンで僕以外の他人が君にお気に入りの矢印をいっぱい向けているのさ〜』
呼吸が詰まりそうなほどの圧力のある〈声〉は不満げだった。
『気にいらない』
魔力の塊のような手が空中から茉莉花に伸びる。
「「「「「させるか!!」」」」」
ドッ!
瞬時に冒険者たちが身体に纏わりつく恐怖を振り切って空へと跳ね上がった。
空中で人化がとける。
それぞれの本体へと。
巨人に。
狼に。
グリフォンに。
一角獣に。
キメラに。
様々な種族が咆哮をあげて牙を剥く。
あるいは半獣化して身体能力をあげて、武器を持ったままのヒト形の者たちも多い。
「火よ、炎よ。俺に従え!」
「猛る水よ。我が敵を滅ぼせ!」
「電雷よ。稲妻を走らせろ!」
「風よ。アイツを骨まで切り裂け!」
姿を消して見えないはずの敵に、なだれを打って冒険者たちが襲いかかった。
ガガガガガガッッ!!!
冒険者たちの強烈な剣の斬撃と魔法の打ち込みに火花が散った。
異様な金属音と爆音が響く中心には、見えていなかった人物がぼんやりと姿を現しつつあった。
『うっとうしい羽虫どもめ』
ぼんやりと光る人物が手を振った。
グワッ、と冒険者たちが嵐の渦に巻き込まれたかのように弾き飛ばされる。が、瞬時に態勢を整えて不屈の闘志で再び反撃した。
「ちくしょう! 強い!」
「立て! マリちゃんを守るんだ!」
「俺たちのマリちゃんだ! 渡さない!」
『おいで〜。別の番の所へ連れていってあげるよ〜。その方がおもしろそうだからね〜』
魔力の手が茉莉花を攫もうとうねった。
ジークの剣がうなりを生じて魔力の手を薙ぎ払う。機敏で柔軟な身のこなし。ジークは茉莉花を庇いつつ前後左右に正確に剣を撃ち込む。
しかし魔力の手は斬れば切るほど増えてゆき、瞬く間に百に、千に、万に、増加していった。
茉莉花も必死に結界を張るが魔力の手には効果がない。魔力の手はたやすく結界をすり抜けてしまう。
「風刃!」
ジークの魔法と剣の斬撃だけが頼りであった。
冒険者たちはぼんやりと光る人物を。
ジークは茉莉花を拐おうとする魔力の手を。
閃光の滝のごとく激烈に攻撃するが、劣勢なのは明らかであった。
そして。
とうとう茉莉花は魔力の手の一つに掴まれてしまった。