軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

14、ジークの想い

その夜、茉莉花はベッドの上で考えた。

まだ転移して2日間だが、それなりに周囲を観察することができた。

日本でも良い人間もいれば悪い人間もいた。この世界も同じであろう。

相手が弱いからこそ虐げる者もいるだろう。

しかし茉莉花の場合は。

おそらく弱すぎて虐げるレベルではないのだ。

たとえるならば茉莉花はハムスター。

それも、ちまこいロボロフスキーハムスター。

ロボロフスキーハムスターを虐待する者は、日本でも距離をとられて後ろ指を指されること間違いない。

ロボロフスキーハムスターがちょろちょろしていたら、うっかり事故が怖くて自分の手足を動かすことにも慎重になる―――つまり壁に貼り付く冒険者たちの出来上がりである。

ジークの場合は。

番がロボロフスキーハムスターでどうなの? となるが茉莉花の姿形は人間であるから大丈夫なのだろう、と茉莉花は思った。

とりあえずロボロフスキーハムスターとして保護対象なので皆が優しくしてくれるのだ、と茉莉花は安堵して目を瞑った。

「おやすみ。小石ちゃん」

枕元には、灰色の丸い小石が入った鳥籠が置いてあった。ジークに魔力を注いでもらった鳥籠はほんのりと銀色に輝いていた。自分でも不思議であるが、鳥籠に小石を入れるべきだと感じたのだ。

「小石ちゃん。明日はね、ジークが冒険者の基本を教えてくれるの。森に連れて行ってくれるって。私、初級の冒険者になるのよ。うふ、楽しみ。ジークは優しいし、フローラさんは優しいし、冒険者の皆さんは優しいし、私、ヴァイリカスに転移ができてよかった」

誤解をしている面もあるが、見知らぬ世界で優しくされることは茉莉花にとっては暗夜の灯に等しい。ハードモードの異世界生活は辛い。安心安全安泰のロボロフスキーハムスター生活の方が千倍もいい。

茉莉花は、決断をする時は潔いのだ。

プライドは大事だがプライドだけで生きていけるほど世の中は甘くないことを茉莉花は知っている。

明日もちまっこいロボロフスキーハムスターとして生きていこう、と決意した茉莉花はすぅすぅと健やかな寝息をたてたのであった。

と、茉莉花の独り言は廊下に立っているジークに丸聴こえだった。ジークは五感が発達しているのだ。当然、耳もいい。

俺の番は可愛い、と喉の奥でクックッとジークは笑う。

キン。

微かに響く剣戟の音。

ジークは視線を窓に向けた。

今夜も冒険者たちが宿泊施設の周辺を警備している。

昨夜よりも冒険者の数は増加しており、時折、誰かが斬り合う剣の音が響いていた。どうやら人間の噂が広がりつつあるらしい。

ヴァイリカスは様々な種族が住んでいる。

本体のままの居住は不可で、人化できる者のみで成り立つ都市であった。

人化の利点は多く、かつ便利である。

だが、人間の姿をしていても人間ではない。

本物の人間は貴重であり、とびっきりの金になる。

茉莉花は歩く財産だ。

涎が出るような欲望の的である。

「誰にも渡さない。俺の、俺だけの番だ」

ジークは〈声の主〉を思い出していた。

あの絶大な強者の覇気を纏う声が忘れられない。

この世界においては番は唯一無二の一対である。比翼の鳥のように。連理の枝のごとく。お互いに固く結びあっているのが番である。

しかし茉莉花には複数の番候補がいる、と。

敵は多数いて、油断はできない。

「アウロラダンジョンで人化をしていてよかった……。ヴァイリカスの生活習慣に従ってダンジョン攻略をしていて本体ではなかった。本体だったらマリが悲鳴を上げていたかも……。マリに悲鳴を上げられるなんて耐えられない」

故郷のライドルドに帰るべきか。

それが茉莉花の安全のために最適だがライドルドでは、ほとんどの者が本体で暮らしている。その環境を茉莉花が恐怖する可能性があった。

茉莉花に好意的な者が多くいるヴァイリカスに残るべきか。

ヴァイリカスならば人化している者ばかりなので、茉莉花も気持ち的に安心はするだろう。

ギルド長も味方の立場をとってくれている。何か因縁があるのか、〈声の主〉の話には身を乗りだしていた。

悩むジークは立ったまま壁に体重を預けて、茉莉花の安全のために思案するのであった。

翌朝。

いつものようにジークと茉莉花は冒険者ギルドに手を繋いで現れた。

「おはようございます」

「「「「「おはよう、マリちゃん」」」」」

壁や天井に貼り付いている冒険者たちに茉莉花が挨拶をする。

ジークは眉根を寄せた。

冒険者たちのポケットが揃って膨らんでいたのである。

ポケットに物が入っている冒険者は珍しくはないが、それが全員であるとジークも違和感で引っかかるのだ。

しかもポケットの上から撫でてはデレデレと頬をゆるめているので不自然さマシマシであった。

口を開こうとしたジークであったが、ポテポテと茉莉花が依頼板の方に歩いていくので後を追った。

「ジーク、これを持って行くのね?」

茉莉花がウキウキと依頼書を手にとる。常時依頼の薬草採取であった。

「そうだよ。カウンターで手続きをするんだ」

茉莉花の服は、腰辺りまでのチェニックにズボン、ショートブーツ。武器を下げるための腰巻きをしているが武器はない。鞄は布製だ。

店の開店を待ってジークが買ってくれたもので、茉莉花は動きやすくて気に入っていた。

「フローラさん、お願いします」

にこやかにフローラが受け取った。

「マリ様。都市の近場の森ならば、東門の森がお勧めです」

「はい。東門の森ですね。ジークも薬草が多い森だと言っていました。行ってみます」

「お気をつけて。いってらっしゃいませ」

ヴァイリカスでは、ギルド長の手配によって兵士の巡回が増やされていた。幾人か違法な奴隷商も摘発され、茉莉花が歩く道は冒険者たちだけではなく兵士たちも目を配り警戒を怠らない体制となっている。

東門の森にも冒険者たちが配置されて、準備万端であった。

もちろんジークは気づいていたが、茉莉花は何も知らない。

にこにこして茉莉花はヴァイリカスの花びらが降る町並みに心を躍らせ、東門を出た。

東門の周辺は畑が続き、30分ほど歩いて森に到着した。

鬱蒼と生い茂る木々からは濃厚な緑の匂いが漂い、細い枝先を透かして青い空が広がっていた。風が鳥の囀りを運ぶ。

木々の梢には陽の光が燦めいていたが、木の下は少し薄暗い。

下生えが途切れて、乾いた土の細い道が露出しており、茉莉花とジークは並んで歩いた。

茉莉花は鑑定を使って薬草を探して丁寧に採取をしていた。拾得のスキルが反応することもあり、半ば土に埋もれた落とし物を小さなスコップで掘り出してはジークに見せる。

「ジーク、また発見!」

「へぇ。森の浅い場所だけど色々と落ちているもんなんだな」

拾得は、ここ掘れワンワンみたいに反応するので凄く茉莉花は楽しい。ザクザクと掘ることに夢中になった。掘れば必ず何かが出てくるのだ。宝探しのようで熱中してしまう茉莉花であった。

冒険者ギルドでは箱入りになって何もさせてもらえないが、ジークは茉莉花を自由にさせてくれた。全方位への警戒はジークがするので、茉莉花は薬草を見つけてはアチラコチラへと歩き回る。

遠くから冒険者たちがハラハラと心配をしていたが、ジークは茉莉花の行動の制限をしなかった。

人間といえども弱いだけではないことをジークは理解していた。

特に、番の望みを優先するジークは茉莉花を決して束縛しない。茉莉花に嫌われないように細心の注意を払っていた。

ギルド長からも、番の意思を尊重して心を大切にするように、と忠告をされた。安全の名目での監禁など以ての外である、と。

「ジーク〜! 見て! 見て!」

手を振る茉莉花が可愛い。

笑っている茉莉花を命よりも大事にしよう、とジークは想うのだった。