作品タイトル不明
34 モヤモヤしてます(物理)
アドルファス達がリコリス亭にご来店した翌日、私はいつものように朝から昼過ぎまで食堂で働き、二の刻からは守備隊の救護室に詰めていた。
「暇ですね……」
救護室の隅で丸椅子に腰掛け、ずずずっとお茶を啜る。
「まぁ、喜ばしいことですよ」
私の向かいで同じようにお茶を啜り、救護班の班長さんが応えた。
班長さんというのは、ロウェルが魔獣の毒を受けて倒れた時、救護しようとしてくれていた男性だ。
「ロジーさんが来てくれるまでは戦場でしたからねぇ。おやつ休憩なんて考えられませんでしたよ」
他の救護班の皆さんもウンウンと頷いている。
元からいた怪我人はあらかた聖魔法で治癒してしまい、救護室のベッドは空っぽだ。
新たに怪我を負った守備隊員がちらほらやって来るくらいで、救護室には珍しくのんびりとした空気が流れている。
このときとばかりに、後回しになっていた道具の整理や薬の調合に勤しみ、みんなでホッと一息入れているところだ。
ちなみにお茶は班長さん特製の薬草茶。お茶請けは私が今朝店で手作りしてきたさつまいもチップスだ。
先日私の聖魔法で治療した守備隊員のご家族が、お礼にと甘芋――いわゆるさつまいもをどっさり届けてくれたのである。
ロウェルのおやつに、まずは定番のスイートポテトを作り、次に作ったのがさつまいもチップス。
味付けはシンプルにバターとお塩のみ。ローちゃんにも食べてほしいので、油で揚げるのではなく、オーブンをイメージした炎魔法でパリッと焼き上げた。
無心で薄切りして焼いていたらうっかり大量にできてしまったので、救護班の皆さんにもお裾分けしようと思って持ってきたのだ。
結果、「パリッとした食感と塩気がクセになる!」と好評で、私もニッコニコだ。
(ふむ……。今度ジャガイモでも作ってみようかな? この世界にポテチ、爆誕させちゃいますか!?)
油と塩と炭水化物! 完全無欠の罪な味! 一枚食べたらやめられない止まらない!
リコリス亭は飲み屋ではないけどお酒も出すので、おつまみとして人気が出そうだ。ローちゃん用には塩分を控えめにして、油で揚げずにレンチン魔法で……。
「とはいえ日暮れ前には忙しくなるかもしれませんよ。魔獣討伐隊の皆さんが帰ってきますからね」
班長さんの言葉に、私の意識はポテチの妄想から現実に引き戻された。「魔獣討伐隊」と聞いただけで、不覚にも心臓がドキリと跳ねてしまう。
今日から街周辺の警護は若様率いる守備隊のみで担当し、アドルファス率いる魔獣討伐隊は『魔の森』に日帰りで討伐に出かけているらしい。魔獣の数を減らすのと、『核』と呼ばれる魔獣の親玉を探すのが目的だ。
そういうわけで、今日はまだ魔獣討伐隊の皆さんには……もちろんアドルファスにも、全く会っていない。
(だけど夕方、討伐隊が帰ってきたら、どうせまた顔合わせちゃうんだろうなぁ……)
リコリス亭にやってきたアドルファスに離縁届を手渡したのは、昨日の昼間のこと。
今度こそ悪妻ロザリンドは物語から退場し、私はアドルファスとは無関係に――ディウドの街に住むただの平民ロジーになる。
……いや、なぜか聖女になってしまったので、「ただの」ではないか。聖女と騎士として、少なくともあと数日はアドルファスとも無関係ではいられない。
とはいえあくまで仕事上のお付き合いだ。同担拒否のリリアナに睨まれたくもないし、アドルファスと関わるのは必要最小限に留めたい。
……と思っていても、なんだかんだ関わってしまう気がして仕方がない。
だって、三日前にアドルファスと再会して以来、どんなに避けようとしてもフラグ回収とばかりに遭遇しまくっていたし……。
(あ~、離縁届を渡して昨日の今日で、どんな顔して会えばいいんだろう? 普通の顔で挨拶? いや普通って何だ⁉)
などと、密かに頭を抱えていたのだが。
結局この日は一度もアドルファスに会うことはなく、私の心配は杞憂で終わった。
なんだか拍子抜けだ。
だけど……よくよく考えてみれば、それも当然のことかもしれない。
だってアドルファスは、離縁の話がしたくて私に接触してきていたのだから。離縁届を手に入れた以上、私にはもう用がないということなのだろう。
(それに、救護室に来なかったということは怪我もしてないということだもんね。喜ばしいことだよね、うん)
アドルファスはとても強いらしいから、遠征が終わるまであと数日、怪我をせずに乗り切れるかもしれない。怪我がなければ救護室にも聖女にも用はない。もしそうなれば、推しの姿を拝む機会もなくなってしまう。
それはちょっと残念かも……と思っていたら、翌日、アドルファスが救護室に姿を現した。
どこか怪我をしたのだろうかと一瞬緊張したけれど、どうやら彼は無傷で、怪我を負った隊員達の付き添いで来たらしい。
(よし、普通の顔で挨拶だ!)
結局「普通の顔」が何だかいまいちよく分からないまま、アドルファスが救護班の班長と言葉を交わしている間に、口元と目元をもにゅもにゅと動かしてみた。
班長さんとの短い会話を終えたアドルファスが、私の方に顔を巡らせた。ドキリとしながら背筋をのばす。
けれど、深い青の瞳は、私と視線が合う直前にふいっと逸らされた。そのまま踵を返し、アドルファスは救護室を出ていった。
「……」
挨拶をしようと口を開きかけたまま、私はぽかんと固まる。
……今、あからさまに目逸らされた、よね?
私に用事はなかったんだろうし、だから話しかけなかっただけかもだけど、挨拶くらいしてもよくない??
分かりますよ、まもなく離婚予定の妻とか気まずさしかないだろうってことは。でも、視界にも入れたくないみたいな勢いで顔背けなくてもよくない⁉
なんだかモヤモヤしてしまう。
いや、私だって今まで散々アドルファスを避けようとしていたわけで、いざ向こうから避けられたからってモヤッとするのは自分勝手かもしれないけども!
「ロジーさん、こちらお願いします!」
「あ、はーい!」
呼ばれてハッと我に返り、患者さんのもとに急ぐ。怪我をした魔獣討伐隊の皆さんが数人、治療を受けに来ているのだ。
パッと見たところ重傷者はいないみたいだけど、仕事に集中しなければ。モヤモヤと余計なことを考えている場合ではない。
と、頭では思うのだけど、胸のモヤモヤはそう簡単に晴れてはくれない。
そんな私の心を映すかのように、視界にも靄がかかり……。
「ん?」
パチパチと目を瞬く。
「んん?」
ゴシゴシと目をこする。
やっぱり気のせいじゃない。
「なにこのモヤモヤ……⁉」
私は唖然と呟く。
目の前の患者さんが……いや、救護室にいる魔獣討伐隊全員が、謎の黒い靄に覆われていた。