軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

26 悪妻、退場できてませんでした⁉

会議が終わるなり私は席を立ち、「食堂の仕事がありますので!」と言い残してそそくさと詰所をあとにした。アドルファスから物言いたげな視線を感じたけれど、気付かないふりをして振り切った。

そうしてランチタイムのピーク直前にリコリス亭に戻り、いつものようにホールとキッチンを行き来したのだが、忙しく働きながらも頭の中では別のことを考え続けていた。

(まさかリリアナが聖女じゃないなんて……)

小説の設定では、リリアナが聖魔法に目覚める条件は、アドルファスと愛を交わすこと……つまり相思相愛になることだ。

てっきり、ハッピーエンドを迎えてラブラブ新婚状態でディウドにやって来たのだと思っていたけど、そうではない、ということになる。

いやまぁ、原作より展開早いなとは思ってたし、時期的にはハピエン前だとしても全然おかしくはないのだけど……。

(あれ? でもそうすると若様から聞いた噂は何だったわけ? 『デュアー将軍は奥方一筋』ってやつ……)

あれを聞いたから私は、アドルファスがリリアナと再婚したと信じて疑わなかったのだけど……。

リリアナとはまだ再婚まではしてないけど実質的に妻みたいなもので、アドルファスはそんなリリアナ一筋ということなんだろうか? だけどまだ相思相愛ではない??

よく分からないなと難しい顔をしていたら、ハンナさんに「ロジー、あんたちょっと疲れてるんじゃないのかい?」と心配されてしまった。

慌てて笑顔を作り、「大丈夫です! 昨日から慣れないこと続きでちょっと戸惑ってるだけで……」と答えたけれど、ハンナさんはまだ少し心配そうな顔をしていた。

接客中に暗い表情を見せてしまうなんて情けない。噂はあくまで噂。真実とは限らないということを、散々悪評を流された私は知っているではないか。これ以上気にしても仕方がない。

気合いを入れ直して接客スマイルを浮かべるけれど、アドルファス達のことは頭を離れてくれなかった。

あの二人がまだハッピーエンドを迎えていないというのは、私にとってはあまりいい状況ではない気がする。

とっくに離縁して悪妻は退場した身だけど、元妻の立場で、二人の恋を成就させるための当て馬として再登板、なんてこともありうるのでは……。

(当て馬になんてなりたくないし、まかり間違って断罪されるなんて展開にならないように気をつけなきゃ!)

本当はあの二人に一切関わらないのがベストなのだろうけど、聖女の仕事があるのでそうもいかない。今日も、夕方はいつものように救護室に詰めることになっている。

(うっかり恋路を邪魔しないよう、極力あの二人には近づかない! 特にアドルファスとは絶対に二人きりにならない!)

……と、拳を握り、固く決意したのだが。

数多のラノベを読んできた私は知っている。こういうのはたいてい、盛大なフラグだということを。

(いや、フラグ回収なんてするつもりなかったんですけど……⁉)

その日の夕方、聖女のお仕事で守備隊の詰所にいた私は、救護室近くの倉庫でアドルファスと二人きりになっていた。

ちょうど患者さんが途切れて手持無沙汰にしている時にアドルファスが一人で救護室に現れ、「聖女ロジー、少しいいだろうか」と声を掛けられたのだ。

(よ……よろしくないですが⁉)

などと答えるわけにもいかず。「他の者には聞かれない方がいいだろう。俺にとっても、あなたにとっても」と言われ、無人の倉庫で向かい合うことになった。

無言で私を見つめるアドルファスの表情は固い。とっくに離縁した元妻にいったい何の話だろうかと、不安と緊張が高まっていく。

「聖女ロジー……いや、ロザリンド」

低く艶のある声で本当の名前を呼ばれ、ドキリと心臓が跳ねた。

いつぶりだろうか、この声で名を呼ばれるのは。たったこれだけのことで、彼と過ごした時間が――結婚式から初夜にかけての思い出が鮮やかに甦り、きゅっと胸の奥が苦しくなってしまう。

だけど、そんな感傷に囚われているのはきっと私だけ。

「心配しなくても、あなたのことはナサニエルにしか話していない。他の者に明かすつもりもない」

アドルファスは小さくため息をつき、ぎゅっと眉根を寄せた。

「この三年、ずっとあなたを探していたんだ。ようやく会えた、ロザリンド」

「……っ」

思ってもみなかった言葉に、私は咄嗟に反応を返せない。

アドルファスが私を探していた?

「え、なぜ……?」

つい漏れてしまった心の声に、アドルファスが目元を険しくした。

「なぜ、だと……? 逆になぜ探されないと思ったんだ? 俺は突然姿を消した妻を探しもしない、薄情な男だと?」

ひぇっ……! な、なんか怒ってる??

アドルファスが纏う怒りの(?)オーラに圧倒され、思わず一歩後ずさる。開いた隙間を埋めるように、アドルファスが一歩近づいた。

「え、で、でも、妻と言ってもとっくに離縁してるわけだし……」

「していない」

「へ……?」

「離縁はしていない。あなたは今も俺の妻だ」

ヒュッと私は息をのむ。

唖然として固まり、アドルファスの言葉を頭の中で反芻した。

離縁、していない……?

(う……うそうそうそ⁉ それじゃ私、まだ退場できてないってこと……⁉)

つまり、ヒーローとヒロインの恋の障害として、悪妻ロザリンドとして、断罪される可能性が普通にあるということだ。

とんでもない事実を知り、サーッと血の気が引いていく。

「な、な、なんで……。だって私は退場するつもりで……ちゃんと離縁届も、それから置き手紙だって……」

「離縁届は即刻破り捨てた」

「捨て……」

アドルファスの表情がますます険しくなる。

私は一歩、また一歩と追い詰められ、ついに背中が壁にぶつかった。

「あなたと俺の結婚は王命で結ばれたものだ。それを、あんな紙切れ一つで反故にできるとでも?」

「あんな王命、守る必要なんてないのに……」

低い声で呟き、アドルファスの視線から逃れるように顔を俯けた。

だって王命と言っても、政略的な意味なんて何もないのだ。悪評まみれの不出来な王女を押し付けただけ。私がアドルファスに片想いなんてしてしまったばかりに。

それなのにアドルファスは、そんな無意味な王命を律儀に守り、離縁もできずに三年も私を探し続けていたなんて……。

あまりに申し訳なくて彼の顔が見られない。

(改めて離縁の提案を……。早く彼を解放してあげなきゃ。リリアナとハッピーエンドになれるように……)

断罪を回避するためというのもあるけど、そうでないとアドルファスが気の毒すぎる。

私は意を決して顔を上げた。

「あの、離縁――ひゃっ!?」

言いかけた私の顔の両側すぐ横の壁に、ドンとアドルファスが両手をついた。

壁際に囲い込まれ、至近距離で見つめられて、ギュインッと心臓が跳ね上がる。

(ぎゃー! ちょ、これ、まさか壁ドン!? 私、推しに壁ドンされてるー!?)

まずいまずいまずい! 心拍数がやばいことになっとる!

さっきとは別の意味でアドルファスの顔が見られない! だって怒った顔すらめちゃくちゃ格好いいんだもん! こんなの心臓がもたないって!

たいへん失礼ながらグリンっと顔を背けると、アドルファスがますます眉間の皺を深くした。

「……王命で縛れないなら、いったい何であなたを縛ればいい?」

「な……? いや、だから、縛られる必要なんてなくて、離縁すればいいと……」

どうせ意味なんてない王命なのだ。離縁したとしてもアドルファスが国王から罰を受ける可能性なんてないはずだ。

「離縁……やはりあなたの考えはそうなのか」

アドルファスの口から地を這うような低い声が漏れた。アドルファスが私の顎に指を沿わせる。

(ひえっ……まさかの壁ドンからの顎クイコンボですかー!?)

その手は決して強引なわけではないのに私はなぜか抗えず、再びおずおずとアドルファスに顔を向ける。

「俺の目を見て答えてくれ、ロザリンド」

囁くように言われ、どこか憂いを帯びた青の瞳と至近距離で視線が絡んだ瞬間、私の情緒が限界を迎えた。

「無理……しんどい……」

推しが尊すぎて無理……。供給過多でもはやしんどいです……。

私のオタクなうめき声に反応するように、顎に触れるアドルファスの指が小さく震えた。

「……そう、か」

アドルファスの声は掠れていて、その表情はなぜか苦しげで……。

「それでも、俺はあなたを――」

その時、キィと小さな音を立てて倉庫の扉が開いた。

するりと流れ込む風に乗って、鈴を転がすような声が響く。

「ここにいたんですね、アドルファス様」