軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

27. 選択する者

頬を伝って流れる涙が、音もなく手甲へと落ちていった。決して口にしてはならない本心、しかし思わず溢れ出てしまった本心に、ユフィは両目を閉じた。

このままここに留まったところで、何一つ解決しないことはよく分かっていた。

彼を連れて村へ戻らねばならないことも分かっていた。村へ連れて行ったとしても、彼は助からないということも。

結局、ユフィはまたしても彼を失うことになるのだ。それを知っているからだろうか。ユフィには何もすることができなかった。

一度崩れ始めた心は、彼女の理性をも奪い去っていった。

包み込むように強く握っていた彼の手が、するりと彼女の手から抜けていくのが感じられた。これが彼の答えなのだろうか。

(ああ、言ってはならなかったのに)

彼に必要なのはユフィの心ではなく、ただ罪悪感を吐き出す場所を求めているだけだと分かっていたはずなのに。

空っぽになった心が深く沈んでいった。それと同時に、崩れ落ちていた理性が少しずつ戻ってくるのを感じた。

むしろ、この方がいい。彼と彼女の関係は砂の城のようなものだったのだから。一見すると形を保っているように見えても、小さな波一つで崩れてしまう、儚い関係に過ぎない。

(大丈夫。何も望まない。ただ、今までと同じに戻るだけ。何も変わりはしないわ。私にはシフがいるもの。それだけでいい。それだけで……)

微かに震える冷たい手が、ユフィの頬に触れた。反射的に顔を上げると、ハルが唯一残された片手を伸ばしていた。

マメのできた、傷だらけの手が、彼女の頬を伝い落ちる涙をゆっくりと拭い去った。

「ユフィ。私が、君の傍に……いてもいいのだろうか?」

「傍にいてくれるのですか?」

ユフィの問いに、ハルは薄い笑みを浮かべた。

「君が望むなら、この命が尽きる、その日まで。傍にいると誓おう」

「……」

低く紡がれた誓いの言葉。しかし、その言葉が終わるや否や、ハルが激しく血を吐いた。口元から流れる血は赤かった。

息をするのさえ苦しいはずなのに、ハルの表情は平穏そのものだった。まるで痛みを感じていないかのようなその姿に、彼の命が残り少ないことが伝わってきた。

(傍にいると誓ってくれたのに)

人間とは、これほどまでに儚く死にゆく存在なのだろうか。

(生きていてほしい)

彼に生きていてほしい。永遠の誓いも、果てしない献身もいらない。遠すぎることも、近すぎることもなく、今のように彼女の目が届く場所で生きていてほしい。笑っていてほしい。けれど、それは叶わない。

――本当に?

脳裏の誰かが、ユフィに囁いた。

――本当に、何も手立てはないの?

「……」

リベリカに引き取られ、魔女という存在について学んだあの日。

彼女から聞かされた言葉が、一つ、また一つと脳裏に浮かんできた。魔女とは永遠に近い命を生き、人知を超越した存在である。しかし、魔女もまた一人の人間であった。

『魔女にとって最も大切なのは人間性だよ。だからこそ、かつての魔女たちは自分が人間であり続けるために、弱くなることを選んだんだ』

使い魔には、人知を超えた魔女の力を半分に分け与え、魔女の代わりに戦わせる。

伴侶には、永遠に近い命の半分を分け与え、彼女と生涯を共にさせる。

魔女が人間として存在できるように。世界を脅かす怪物に成り果ててしまわぬように。

「……」

ユフィの視線がハルへと注がれた。かつて、永遠を約束した人。別れたあの日、消え去った心は決して取り戻せない。

しかし、そうだとしても。彼女の伴侶は、この世界にただ一人。

彼女が心を捧げられる者は、この世界でただ一人だけ。

ユフィは両手を持ち上げ、ハルの頬を包み込んだ。以前とは違う、冷たい包帯に覆われた彼の頬。しかし彼女にとっては、以前よりもずっと馴染み深い姿。

ユフィは問いかけた。

「命が尽きるその日まで、本当に私の傍にいてくださるのですか?」

「君が、許してくれるのなら」

「二度と私を捨てないと、誓ってくださいますか?」

ユフィの問いに、ハルの顔が切なげに歪んだ。涙は流れていないというのに、まるで彼が泣いているかのように見えた。ハルは彼女の頬を愛おしげに撫でながら答えた。

「ユフィ。選択するのは、君だ」

「私……が、ですか?」

「ああ。君はもう、あの日の、無力な少女ではない。捨てることも、手放すことも。これからは君が、選択できるのだから」

すべては私が選択できる。それなら。

それなら、ハル。

「ハル。私の許しなしに死ぬことも、遠ざかることも許さないわ。それでもあなたは、私の選択を受け入れてくれる?」

「君が望むなら。何なりと」

彼の言葉が終わると同時に、ユフィの唇が彼の唇へと重なった。重なり合った口内から、生臭い血の味がした。

再び巡り会った彼との口づけは、いつも生臭い血の味がする。以前とは全く違う味。けれど、それが愛おしかった。

それでよかった。彼の血の一滴、肉の一片までもが、彼女のものだという意味なのだから。

決して逃れられぬよう、執拗に彼の口内を貪る。ユフィの口づけに、ハルは優しく彼女の肩を包み込んだ。

まるで彼女のすべてを肯定するかのように、重なり合う唇は温かかった。

永遠に近い生命の半分を、口づけを通じて彼へと注ぎ込む。ハルは当然のように、彼女のすべてを受け入れた。

ねえ。

もうあなたは、永遠に私のものよ。

だから、もう傷つくことも、悲しむこともなく、ただ私の傍で笑っていて。

そのためなら、私は何だってできる。

何だって、ね。