軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

44.砦

「やあ、昨晩はよく眠れたかい?」

「……ジュリアン、あなた暇なの?」

「暇ではないよ。何せ大切な人質の見張りを任されているんだからね」

「暇なのね」

朝食を運んできたジュリアンに、オパールは皮肉を口にした。

もちろんそれでジュリアンが怒るとも思わなかったが、楽しげな笑顔が返ってくるとは予想外だった。

オパールは答えながらも、警戒してジュリアンをまじまじと見つめた。

ナージャはさっそく朝食の毒味をしている。

「何だかご機嫌なのね? 気持ち悪いわ」

「好きに言えよ。俺はお前の挑発には乗らないからな。だが敢えて教えてやるよ。反国王派の者たちが武器を持って王都周辺に集まりつつあるんだ。間抜けな連中は気付きもしていないってさ」

ジュリアンの言葉に驚いて、ナージャの手からスプーンが落ちる。

だがオパールは小さく肩を竦めただけだった。

「それは気の毒ね。それで、一斉蜂起する兵の数は? 王都には陛下直属の騎士や王国軍がいるのよ? 生半可な人数じゃ失敗に終わるだけよ」

「人数を聞き出して、どうするつもりだ? 手紙でも送るか? かまわないぞ。どうせ今からじゃあ、間に合わないさ」

「あら、私は駆け落ち中なのよ。間に合わないとしても、そんな手紙を送った事実が残ると不自然じゃない? 私をこんな辺鄙な地に閉じ込めておくより、よっぽど王都に連れていって盾にしたほうがよかったんじゃないかしら」

「王都での――アレッサンドロに対してお前の価値はほとんどないだろ。お前はクロードに対しての人質なんだよ」

「……なるほど。ここは――ボッツェリ公爵領はいざとなったときの反国王派の砦になるわけね。ということは、王都の港に万が一のことを考えて撤退用の船でも用意しているのかしら? パスマ港はとても便利よね。私の財産を――軍資金を調達することも、ソシーユ王国から支援を受け入れることもできるんだもの」

「……そろそろ黙れよ。お喋りなやつは馬鹿に見えるぞ」

「馬鹿でけっこうよ。だから勉強のためにまた本を持ってきてくれないかしら?」

「面倒なやつだな」

「無駄ではないでしょう?」

オパールの生意気な口調に、ジュリアンはふんっと鼻を鳴らして部屋から出ていった。

同時に鍵のかかる音がする。

深く息を吐き出したオパールは、そこでナージャが青ざめていることに気付いた。

「ごめんなさい、ナージャ。怖がらせてしまったわね。でも心配しないで、大丈夫だから」

「ですが、王都に兵が集まっているって……。それも心配ですが、もしその兵がこの土地になだれ込んできたら奥様はいったいどうなるんですか!? やはり旦那様とお二人ででも、ソシーユ王国に戻られるべきです!」

「……ナージャ、もし身の危険を感じたら、私にはかまわず一番に自分の安全を確保してほしいの」

「そんなことしません!」

不安そうにしていたナージャは、オパールの言葉で奮起したらしく、強く拒否した。

しかし、オパールは静かに首を振る。

「もし何か危険が迫ったとき、私を助けてくれる人はたくさんいるわ。クロードがここに潜入しているように、多くの味方がこの地にはいるようだから。でも酷なことを言うけれど、その人たちにとってナージャは二の次になってしまうと思うの」

「それは当然です」

「当然でも私は嫌なの。私にとってナージャはとても大切な存在だから。巻き込んでしまってごめんね」

「いいえ、いいえ。奥様がお気になさる必要はありません。私は何の不満もありませんから。むしろ今、奥様のお側にいることができてよかったと思ってます。遠くから心配するのはもう嫌です」

ナージャは涙目になって訴えた。

ヒューバートと結婚している間、きっと心配をかけていたのだろう。

だからこそクロードと結婚してからはずっと傍で仕えてくれているのだ。

「それじゃ、私のために約束して。何かあったら絶対に自分を優先して逃げるって」

「……わかりました」

しぶしぶではあったが、ナージャが了承してくれたことでオパールは安堵した。

近いうちに何かが起こることは確実で、オパールはこの屋根裏部屋から引っ張り出されることになるだろう。

クロードが危険を冒してまで昨夜会いに来てくれたこと、ジュリアンが意気揚々と話していたことから、この先の動きは予想できる。

オパールは急ぎ机に向かい、ジュリアンが勝手に持ち出した便箋を使って手紙を書いた。

「奥様?」

オパールの突然の行動に戸惑ったナージャだったが、すぐに邪魔になると声をかけるのをやめた。

見直す時間も惜しく、手紙に封をしたとき、ジュリアンが新しい本を持ってやってきた。

「ジュリアン、この手紙を出してくれるかしら?」

「おいおい、まさか本当に書いたのか?」

「お言葉に甘えたわ」

ふてぶてしいオパールの態度にジュリアンは苛立ったようだが、手紙を引ったくるようにして受け取った。

自分から言ったことを反故にする気はないらしい。

「では、奥様はこの本にてせいぜいお暇をお潰しください」

「ええ、ありがとう。助かるわ」

ジュリアンの嫌みも気にせず、オパールは数冊の本からタイトルを見て一冊選び出した。

そんなオパールを睨みつけてから、ジュリアンは空になった朝食の器などをトレイに載せ、手紙を持って屋根裏部屋から出ていった。

もちろん鍵をかけることは忘れなかったようだ。

その扉をナージャは不安そうに見つめていた。

「……ナージャ、勝算もないのにクロードが私をこの屋根裏部屋に残していくと思う?」

オパールの問いかけにナージャは目を丸くし、次いで笑みを浮かべた。

どうやら少しは不安を軽くすることができたようだ。

「そうですよね。旦那様なら奥様に危険があるのなら、絶対に離れたりなんてなさらないですよね?」

「そこまでではないわよ」

婚約してから結婚するまで、過保護すぎるほどにクロードはオパールの傍にいた。

その姿を見ていたナージャの言葉に、オパールは照れ笑いしながら否定した。

この国にやってきてから――アレッサンドロに謁見してからは、お互いやるべきことを優先させて離れていることも多い。

だがそれはオパールの選択であり、クロードも尊重してくれているのだ。

オパールはこの国のために、何よりクロードのために、自分の役割をしっかり果たそうと決意を新たにした。