軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

11.新婚

使用人たちが動き始めてからしばらくした頃。

いつものように目覚めたオパールは何とも言えない違和感を覚えた。

そして頭が完全に覚醒する前に目にした光景に思わず悲鳴を上げそうになってどうにか抑える。

すぐ間近にあるクロードの寝顔に驚いたオパールは、次いで羞恥に悶えた。

幸いクロードは目を覚ます気配はない。

(びっびっくりした……)

飛び出しそうなほどに激しく打つ心臓を押さえ、息を潜めてクロードの顔をじっと見つめる。

長い付き合いではあるが、こんなに近くで観察するのは初めてだった。

(……あら? 頬にうっすら傷があるけど、いつから?)

鋭い刃物で傷ついたような痕にオパールは眉を寄せた。

学生時代までの怪我ならオパールは知っているはずだ。

そこでこの傷が内乱の時に負ったものではないかと気付いた。

クロードは大したことはなかったと言っていたが、もちろんそれを信じたわけではない。

今はまだ話を聞けなくても、近いうちに聞かせてほしいと思いながらオパールはその傷に手を伸ばしかけて止めた。

せっかくリラックスして寝ているのだからもっとゆっくりしてほしい。

そう思ったオパールは、しばらくクロードの寝顔を見つめて幸せを噛みしめてから、そっとベッドを抜け出した。

* * *

「――オパール」

朝の支度を整え、紅茶を飲みながら書類に目を通していたオパールは、呼びかけられて振り向いた。

寝室側の扉からはクロードが顔を覗かせている。

オパールは慌てて立ち上がると、恥ずかしさを誤魔化すように微笑んだ。

「おはよう、クロード」

「……おはよう」

にこやかに朝の挨拶をしたのだが、クロードはぎこちない。

オパールは何か失敗しただろうかとの不安を押し隠し、妻らしく振る舞うことにした。

「朝食はお部屋まで運ぶ? それとも朝食室で?」

「……朝食室で」

クロードは素っ気なく答えると扉を閉めたが、オパールはすぐに後を追った。

問題があったのなら教えてほしい。できる限り努力して直したいと思ったのだ。

「クロード」

「オパール、どうした?」

「どうしたっていうか……」

オパールが声をかけると、自室に戻ろうとしていたクロードは足を止め、いつもと変わらない笑顔を向けた。

途端にオパールの気持ちが萎える。

クロードが不機嫌に見えたのは、ひょっとして気のせいだったのかもしれない。

だが、自分の直感を信じるべきだと、このまま誤解があったり我慢をさせてしまったりはしたくなかった。

「もし私が……何か失敗をしていたなら、教えてほしいの」

「失敗? オパールが?」

「ええ。その……昨夜のこととか……花嫁として何か間違っていた?」

「花嫁として……」

オパールの言葉を呑み込むように繰り返したクロードは、一拍置いてはっとした。

「まさか! 違う、違う。オパールは何も悪くない! 俺の問題なんだ!」

「クロードの?」

「俺、朝が苦手なんだ」

「そうなの?」

長い付き合いで初めて知る事実に驚きはしたが、朝が弱い者は貴族には多いので、オパールはそれが問題だとは思わなかった。

どちらかというと、オパールが早すぎるのだ。

そのため、オパールはさらなるクロードの説明を待った。

だが続かない。

「えっと……それのどこが問題なのかわからないわ」

「あー、うん。だから俺の問題っていうか……。せっかくオパールが隣にいるのに寝てたのがもったいないというか、かっこ悪いというか……」

「クロードはいつでもかっこいいわよ? 今もとても」

「……ありがとう。それじゃ、もっとかっこよくなるために着替えてくるよ」

「ええ、朝食室で待っているわ」

クロードを笑顔で見送って居間に戻ったオパールはその場にしゃがみ込んだ。

そして深く息を吐いて、どきどきする胸を押さえる。

(緊張した……。普通にできていたわよね? どこもおかしいところはなかったわよね?)

自分が失敗したわけではないと知って安心したものの、クロードの言葉に思わず顔がにやけそうになってしまったのだ。

どうにか平静を装ったが、顔は熱い。

オパールは片手で顔をあおぎながら立ち上がると、ベルを鳴らしてから鏡の前に立って身だしなみを軽く整えた。

「奥様、いかがなさいましたか?」

「――旦那様と朝食室で食事にするから、用意してくれるように伝えてくれるかしら?」

「かしこまりました」

ベルに応じて現れたメイドに「奥様」と呼ばれてくすぐったい気持ちを抑え、またクロードのことを「旦那様」と呼ぶ照れを隠したために少々きつい口調になってしまった。

それを補うように笑顔を向けると、メイドはほっとした様子で下がる。

この屋敷にはまだ滞在して二日なので、使用人たちも新しい女主人に対して様子を窺っているところがあるのだ。

雇用主としてけじめはつけなければならないが、使用人とは良好な関係を築きたい。

もう二度と、マクラウド公爵邸でのようなことは避けたかった。

(そういえば、マクラウド公爵のこともどうにかしないと……)

朝食室に向かいかけていたオパールは手紙のことを思い出してため息を吐いた。

ヒューバートを無視することもできるが、そうすると謎は解けないままでずっともやもやするだろう。

だがヒューバートの希望を叶えるかどうかは、クロードに相談してから決めるつもりだった。

そのため、朝食の席に着いたクロードに、オパールはタイミングを見計らって切り出した。

「――マクラウドが会いに来る?」

「そうなの。もっと早くに断るか、手紙を開封せずに返送すればよかったんだけど、うっかりしていて……。おそらく今頃は船に乗っていると思うわ。だけど、会わない選択もあるから……」

ヒューバートから会いに来るつもりだとの手紙が届いていたことを伝えると、クロードは訝しげに眉を寄せた。

そのため、ついオパールは言い訳めいたことを口にしていた。

すると、オパールが緊張していることに気付いてか、クロードはふっと表情を緩める。

「オパールはどうしたいんだ?」

「私? 私は……正直に言えば、いったいどういうつもりなのか興味はあるの」

「確かにね」

穏やかな口調のクロードの問いかけに、オパールは肩から力が抜けた。

そして素直な気持ちを答えると、クロードは励ますようににっこり笑って同意してくれる。

「きっとこのまま会わなければ、ずっと何だったのか気になるよな。だから会うべきだと思う。ただし、二日後に王都に戻ってからで、俺も同席させてほしい」

「それはもちろんよ。ありがとう、クロード。一緒にいてくれると心強いわ」

オパールがほっとして微笑むと、クロードは悪戯っぽい笑顔になった。

「本音を言えば、俺も気になるんだよ。完全に野次馬だな。そうじゃなければ、嫉妬のあまりオパールを屋根裏部屋に閉じ込めて、マクラウドには絶対に会わせない」

「……でも、そうされると私は抜け出すわよ。どんな手を使っても」

「知ってるよ。だから俺はオパールが大好きなんだ。頑固で負けず嫌いで、曲がったことが大嫌いなオパールがね」

「う、嬉しくなんてないから! 褒められていないもの!」

思いがけない告白に、オパールは頬を赤くしてぷいっとそっぽを向いた。

途端にクロードは声を出して笑い、結局はオパールも耐えられなくなって一緒に笑ったのだった。