作品タイトル不明
4.謁見
「エリクに何を言われたんだ?」
「大したことじゃないわ」
「オパール……」
「実はあまり聞いていなかったの」
「……それで、オパールは大丈夫なのか?」
部屋を出てしばらくすると、何も言わないオパールに痺れを切らしたのか、クロードが問いかけてきた。
そこでオパールは素直に答えたのだが、納得できなかったらしい。
顔をしかめて心配するクロードに、オパールは笑いかけた。
「大丈夫よ。予想の範囲内だもの。それよりクロードは大丈夫だったの?」
「ああ、それか……」
「大丈夫じゃなさそうね?」
明らかに声の調子が変わったクロードを、今度はオパールが心配した。
ところが続いたクロードの言葉に唖然とする。
「バルバ卿の執務室に入ると、陛下がいらっしゃったんだ」
「え?」
「俺をわざわざ呼ぶなんて、バルバ卿らしくないとは思ったんだけどね。騙されたよ」
ため息交じりのクロードの話を聞いて、オパールは不安になった。
国王とはこれから会うというのに、先にクロードだけを呼びつけたなど、理由は明白である。
「ねえ、クロード。陛下はこの結婚に反対なさっているんじゃない? だとしたら――」
「違うよ。反対なさっているんじゃなくて、ただの嫌がらせだよ」
「……どう違うのかがわからないわ」
「俺が辞職を申し出たことに未だに拗ねていらっしゃるんだ。『私とその幼馴染とどちらが大切なんだ』っておっしゃっていたからね。そんなの幼馴染に――オパールに決まっているじゃないか」
「陛下は……男性だったわよね?」
「ああ、今年四十のおっさんだよ」
「クロード」
「心配いらないよ。俺と陛下の言い争いはよくあることだから」
誰かに聞かれなかったかと焦って周囲を見回すオパールに、クロードは笑いもせず真面目に言う。
どうやらクロードは怒っているらしい。
「秘書長官なんてただの雑用係なんだよ。その雑用係がいなくなって自分の仕事が増えたと嫌がらせをしてくるなんて、どれだけ子供なんだか。そもそもオパールのことだって、ちゃんと結婚してから紹介したかったのに、舞踏会に出席しろだなんて、自分が式に呼ばれていないから、これも嫌がらせなんだ」
「そうなの?」
「ああ。今日だってそうだ。俺とオパールを引き離したいがために呼び出して、そのせいでオパールはエリクに不快な思いをさせられてしまった。そうだろ?」
「え? いえ……それほどは……」
常ならぬクロードの様子にオパールは驚いていた。
最近のクロードは大人でいつでも余裕があるように見えたのに、これでは兄たちの愚痴を言っていた子供の頃のようだ。
思わずおかしくなって、オパールは噴き出した。
「オパール? 笑い事じゃないよ」
「笑い事よ。クロードが楽しそうなんだもの」
「楽しそう?」
「ええ。そうよ」
クロードのこの八年のことを心配していたオパールは、心を許せる相手がいたらしいと知って嬉しくなった。
エリクに対しても腹は立つが、それでも彼なりにクロードのことを心配しているのだ。
(まあ、クロードが現れなかったら、反論していたかもしれないけれど……)
今のオパールは少し前までの緊張が嘘のように、国王に謁見するのが楽しみになっていた。
クロードの「拗ねている」という言葉がどれほどのものなのか確かめてみたくなる。
オパールの知らないクロードの八年間を知っている人なのだ。
やがてクロードはある部屋の前――衛兵が立つ扉の前で立ち止まった。
そしてオパールの心情を窺うように見つめる。
「ここだよ」
「……予想外だわ」
「そうだろうね」
国王との謁見にはどこか広間のような場所で行われると思っていたが、ここは私室のようだ。
それだけクロードと国王は親しいということで、また堅苦しいことが嫌いらしい国王の性格が窺える。
オパールは衛兵の興味深げな視線を感じながら、クロードに促されて部屋へと足を踏み入れた。
すると、中にいた壮年の男性が立ち上がり、オパールに向けて両手を広げる。
「ようこそ、我が王国、我が王宮へ。クロードの婚約者殿、歓迎するぞ」
「陛下、彼女はオパール・ホロウェイ。おっしゃる通り、私の婚約者です。――オパール、この方がアレッサンドロ国王陛下だよ」
もちろん腕の中に飛び込むこともなく、オパールは立ち止まったクロードの隣に立って紹介を受けた。
心なしか通常の挨拶時より国王との距離が遠い気がする。
「お初にお目にかかります。オパール・ホロウェイと申します」
「話にはよく聞いているからか、初めてという気はしないな。よければオパールと呼ばせてもらってもよいかな?」
「はい、陛下」
膝を折って挨拶をしたオパールは姿勢を正し、遠慮がちにではあるがアレッサンドロを観察した。
アレッサンドロはそんなオパールの視線に気付いてにっこり笑う。
途端に親しみやすい表情になったが、オパールは騙されなかった。
(一見した雰囲気は違うけど、お父様に似ているわ……)
オパールの父であるホロウェイ伯爵は、よく知らない者が見ればとても穏やかな人物に思える。
だがその性格は穏やかとはほど遠く、厳しく抜け目がない。
世情を見極め相場を読み取り、誰よりも早く動いて財産を増やす。
その財産と地位を利用して王宮での発言力を強め、さらに財産と地位を築いているのだ。
アレッサンドロもまた王位に就いてからの数年で、疫病と王位争いで荒んだこのタイセイ王国をここまで発展させたのだから、その手腕は確かである。
オパールが勧められたソファにクロードと並んで座ると、さっそく小さな棘のある言葉が飛んできた。
「オパール、貴女にようやく会うことができて嬉しく思っている。クロードには私の姪と結婚してほしいとの声もあったのだが、クロードは興味がないと言うではないか。だが、結婚に興味がないのではなく、貴女以外に興味がなかったんだな」
「――そのようにおっしゃっていただけて、大変光栄に存じます。クロードは頑固ですから、陛下もお困りになることが多いのではございませんか?」
柔和な笑みを浮かべるアレッサンドロの言葉に、オパールは穏やかな笑みを浮かべて答えた。
クロードはオパールの気持ちを察したようで、しばらく口を挟まないことにしたらしい。
笑みは浮かべているが、目が笑っていない。
「確かにクロードの頑固さにはたびたび閉口させられるな。この国にも美しい女性たちは大勢いる。そんな女性たちから何度誘いを受けても、クロードは首を縦には振らず、ついには貴女に求婚すると言ってソシーユ王国へ行ってしまったのだから。無事に戻ってくれてどれだけ安堵しているか……」
「そのようなお話を伺うことができて、嬉しく思います。ますますクロードへの愛情が深まりましたもの。ありがとうございます、陛下」
「それはよかった。この国をここまで立て直すことができたのも、クロードの助けがあってこそだったからな。私はクロードにとても感謝しているんだ」
「――もったいないお言葉をありがとうございます」
これ以上は黙っていられなかったのか、クロードはお礼を口にしてアレッサンドロを睨みつけた。
しかし、アレッサンドロはにやりと笑って右手を軽く振る。
「ああ、礼には及ばん。まだまだこれからもこき使うつもりでいるからな。よって、私は本当に貴女を歓迎しているんだ、オパール。貴女はきっとクロードを力強く支えてくれるだろうからな。以前、夫であるマクラウド公爵の財産を詐欺まがいに手に入れたように」