軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

3・3 推しの好みは把握済み

総務課以外でも、私への反応は似たり寄ったりだった。

仕方ないわね。原因は彼の人気の高さだけではないもの。

この国において、貴族の女性が仕事に就くことはあまりない。唯一の例外が王宮の侍女。王族に頼まれるか、もしくは近づきたい野心がある女性が自ら立候補するかして、採用される。

それ以外の仕事となると実家がお金に困っているとか、嫁ぎ遅れて自立する必要があるとかの訳アリのケースがほとんどなのよね。

だからたとえ王太子妃教育の一環だとしても、不満に思う人は一定数出てしまう。

でも、周囲の反応なんて、どうだっていいの。

私の目的は、最推しシルヴァン筆頭魔術師様を愛でることだもの!

「ただ今戻りました」

執務室に入ると、机に向かって書き物をしていたシルヴァン様は目だけを上げて私を確認し、無言でうなずいた。

つれない感じがとてもいいわ!

「書類を各部署からたくさん預かってきたので、仕分けしてからお渡ししますね」

――というか。手の中の書類の束を見る。緊急度も用途も異なるものが、雑多に重なっている。

魔法省のトップは魔法大臣だけど、実質的なそれは筆頭魔術師なのよね。魔法に関するあらゆる権限を持っている。

となると当然、筆頭魔術師のもとに集まる書類の量は膨大になるのだけど――

「もしかして今まで、仕分けもご自分でされていたんですか?」

「そうだが?」

「人に頼らないのが徹底していますね。それではカルリエ様が案ずるのも当然かも」

「なんのことだ」と、シルヴァン様がペンを持つ手を止めて、私を見た。

「カルリエ様に、『彼は人に仕事を任せられない性格だから。もし困ったことがあったら、いつでも相談してくれ』て言われたんです」

「それはいい。ぜひあいつの部屋に行ってくれ。戻って来なくていいぞ」

「シルヴァン様は彼をどう思います? 仲間? 友人? お付き合いは長いですよね?」

確か小説には、魔法省に入省するずっと以前から、共に魔法の勉強を通じて交流があったと書いてあった気がする。

「ただの知人」

と、シルヴァン様は素っ気なく答えて、目を書類に落とした。すぐにペンも動き始める。

「そうですか」と、答えて自席についた。

アロイス・カルリエは小説ではシルヴァン様の計画を察知して敵にまわり、彼の死の原因をつくる。

本当ならばシルヴァン様にそれを伝えるべきよね。警戒心を持ってもらいたいもの。

だけど、もしかしたらアロイスはシルヴァン様にとって、それなりに大切な人かもしれない。

シルヴァン様は邪魔な高位魔術師を、裏から手を回してクビにしているのよね。小説によれば、だけど。

そんな彼が、アロイスのことは最後まで追放しなかった。

本人は『ただの知人』と言っているけれど、もう少しふたりの関係性を見てから対応を決めるほうがいい気がする。

アロイスは私が警戒をすればいいわ。

手早く書類を分類すると、それを持ってシルヴァン様のもとへ行く。私の机は彼の机からもっとも遠いところにある。執務室は広くて、スペースはたくさん余っているのに。

ほんと、他人への警戒心が強いわ。

彼の隣に立って、

「シルヴァン様。部署ごとに閲覧のみ、要承認、要返信をそれぞれ緊急度順に分けてあります」と、声をかける。

「ご苦労」

シルヴァン様は顔も上げない。

残念だわ。彼が私を見上げる顔を堪能したかったのに。でも、いいの。

斜め上から見下ろすのも、素敵だもの。

つるつるの陶器のような頬や、完璧な形をした鼻、憂いを帯びた伏目と銀髪をかけた綺麗な耳。

すべてが美の極致!

ああ。シルヴァン様は世界の至宝だわ!

と、シルヴァン様が手を止めて私を睨み上げた。

「見つめるな。落ち着かない。その気持ち悪い笑顔もやめろ」

ラスボスの眉間にはしわが寄り、目つきは獲物を狙う鷹の目のよう。口は不機嫌そうにへの字になっている

最高すぎるわ!

「だから気持ち悪いって言っているだろう!」

はあっとため息を吐くシルヴァン殿下。

「好きなひとを前に、顔を保てるはずがないではありませんか。早く慣れてくださいな」

「『氷の令嬢』はどこへ行ったんだ」

「おりますよ。あなたの前以外ならば」

「ここでもそうしてくれ」

「不可能です」

シルヴァン様が額を押さえる。

「雑用係なんてほしくないんだ。全部俺だけでできる」

「でも私がいると、いいこともありますよ」

執務机から離れて、壁際のチェストに向かう。そこにはティーセットが置いてある。

「書類に集中している間に、美味しいお茶がはいってしまうのです!」

「……まあ、お前がいれたお茶は美味しかったな」

「でしょう?」

私の唯一の特技が、お茶を美味しくいれられることなのよね。お茶好きが高じてのことだけど、そのへんの侍女や侍従よりずっと上手なんだから。

そのせいでよく、オラスにも命じられてよくお茶をいれていた。その折にシルヴァン様にも一度か二度、差し上げたことがある。

でも、私のお茶が美味しかったと覚えていてくれるとは、思わなかったわ。

すごく嬉しい。

「しかも片づけ魔法も不必要ですよ」と、シルヴァン様に微笑みかける。

「だが騒がしくて、集中できない」

「まあ。失礼しました」

推しの邪魔をするのはよくないものね。お姿を堪能するのをやめるつもりはないけど、口は閉じましょう。

黙ってお茶をいれて、シルヴァン様のもとへ運ぶ。

そっと机の隅に置くと、彼は一瞬だけ表情を和らげた。彼の好きなアップルティーだもの。当然ね。だけど彼はすぐに私をにらみつけた。

「どうして俺の好きなフレーバーを知っている! 誰にも話したことはないんだぞ!」

「見たから?」

予知夢設定にのっとってそう答えると、シルヴァン様は薄気味悪そうな表情になった。眉を寄せて湯気の立つカップを見つめている。

心外だわ。

「おかしなものは入っていませんよ?」

ラスボスはうろんな目で私を見て、次に雑務係用の机を見た。

「お前のがないではないか。やはりまずいものが――」

「違います。バラ科の植物にアレルギーがありますの。軽度ですけど、特にリンゴがダメですから」

「……初耳だが」

「喉がかゆくなる程度ですので、隠しておりますの。『王妃たるもの、弱みは見せてはいけない』と厳しく習いましたから。簡単な自己治癒はできますし。――では仕事に戻りますね」

お盆をチェストに戻してから自席にすわると、シルヴァン殿下がカップに口をつけている姿が目に入った。

よかった。

ラスボスといえども真面目な性格の殿下は、筆頭魔術師に就任して以降、その地位に早く慣れようとして無理をしているのだと思う。だって書類整理すら自分でやっているのよ?

以前に比べて美しい目の下にはうっすらとクマがあるし、絹糸のような髪の輝きが鈍くなっている。きっとお手入れをする時間がないのだわ。

推しには辛い思いはさせたくないもの。

雑用係になったのは自分の欲望のためだけど、いい案だったわ。

彼の負担を減らせるお手伝いが、多少はできるものね。

そのついでに、彼が私を好きになってくれたら最高なのだけど。