軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

93 あの日の私たちへ

アナベル様はすっかり落ち着き、侯爵夫人のエレオノーラ様は「アナベルの今後のことは、魔法協会と相談してみる」とおっしゃった。あれから今日まで黒い子供は現れていない。それがアナベル様とご両親を安心させていた。

私たちはアシャール城に帰ることになり、侯爵様が大変な金額を書き込んだ小切手をくださった。

「スパイクさんに必ずお渡ししますが、これでは金額が多すぎるのでは……」

「いや、これは君とフレッドへの個人的なお礼だ。魔法協会には別に支払うよ。それはこちらだ」

「えっ……」

「私たちの娘をあんなに明るく立ち直らせてくれたお礼なの。これはあなたの分よ。受け取って」

エレオノーラ様がそうおっしゃって小切手を私の手に握らせる。お礼を言って受け取ったけれど、魔法協会の分の小切手もある。帰り道の間ずっと緊張してしまいそうだから、小切手はレクスさんに預けた。

「私が受け取ったお金の半分はフレッド君の口座を作って入れたいです」

「わかった。やっておくよ」

「ずいぶん長いことレクスさんを休ませてしまいましたね。すみません」

「何を言っているの。あんなに刺激的で心温まる経験ができて、僕は感動しているのに。ニナとフレッドはあの子の命を救ったんだよ?」

「真っ先に池に飛び込んだのはレクスさんですよ」

私たちのやり取りを聞いていたフレッド君が「あのさ」と言葉を挟んだ。

「ん? なあに?」

「アナベルさまがぶんつうをしましょうねっていってた。ぶんつうってなんだ?」

「ああ、それは……手紙のやり取りをしましょうねってことだ」

「えええ。オレ、てがみなんてかいたことない」

「言葉を覚えるいい機会だよ。頑張れ」

無自覚モテ少年が「オレ、かけんのかなあ」と遠くを見るような眼差しをしていて笑える。

長距離を移動し、首都に着いた。魔法協会に立ち寄って小切手を渡した。結果を報告すると、スパイクさんは「ああ、よかった。ニナとフレッドがいてくれて助かりました」と安堵の表情になった。

「魔法協会の資料を調べたのですが、侯爵の母親の実家は確かに魔法使いに騙された過去がありました。日照りで領民が苦しんでいる領地に協会所属の魔法使いが派遣されたのですが、あれこれと難癖をつけて協会が決めた報酬の何倍も要求したのです。大金を受け取ったのにたいした雨を降らせなかったと記録がありました」

スパイクさんが「フゥ」と息を吐いた。

「その魔法使いの腕はそこそこだったようですが、魔法が失敗することもゼロではありませんから。思ったほど雨が降らないことに気づいて魔法使いはお金を持って逃げ出しました。せめてその場で返金していれば救いがあったのですがね……。魔法の腕と人間性は別とはいえ、その魔法使いは領主や領民に、魔法への酷く悪い印象を残したのです。その魔法使いは協会から除名されています」

「そうでしたか……」

「今回は逆です。ニナとフレッドはとてもいい仕事をしました。王家からも厚く礼を言われましたよ。魔法協会の会長として、君たち二人に深く感謝します」

魔法協会宛ての小切手の額から私の分を現金で受け取り、私たちはアシャール城に帰った。

芝生はヨーゼフさんによって青々と美しく管理されていたし、畑の作物もきちんと世話をされていた。

荷物を置いたレクスさんが「懐かしの我が家だ」と言って微笑む。フレッド君は「はたけをみてくる!」と言って飛び出した。

レクスさんはポストに詰め込まれていた郵便物をひとつひとつ点検している。私はお茶を淹れてそっとレクスさんの前に置いた。レクスさんは一通の手紙を読んでいたが、「ニナ……」とつぶやいた。

「どうしました?」

「僕の本がエルノーブル国文学協会の『今年の一冊』にノミネートされてる」

「おめでとうございます。すごいことなのね?」

「うん……。子供のころから憧れていた賞だよ。まさか自分がノミネートされるなんて、思っても……」

レクスさんの言葉が途切れ、メガネの下の目が潤んでいる。

「父に何度も怒鳴られて、みっともないと言われた。まだ未成年だったから、何を言われても耐えるしかなかった。あの頃の僕に教えてやりたいよ。お前はその道を進め、大丈夫だって」

レクスさんはメガネを外し、右手で目元を覆った。私はレクスさんの背後に立ち、後ろからそっと震える肩に腕を回した。

「おめでとうございます。今のレクスさんも少年時代のレクスさんも、頑張りましたね」

「そうだね。ありがとう。ニナがいたから書けた作品だ。ノミネートされただけで、もう十分嬉しい」

「今夜はお祝いですね」

レクスさんが立ち上がった。電話機に歩み寄り、ウィリアムさんの会社に繋ぐよう、交換手に伝えている。

「ウィリアム、手紙を読んだ。お前が諦めずに執筆を勧めてくれたおかげだな。うん? いや違う。お前がいなかったらあの本は生まれなかったよ。ありがとう。お前だけはずっと僕を信じてくれていたな。感謝している。本当にありがとう」

受話器の向こうでウィリアムさんが大きな声でしゃべっている。レクスさんは送話機を手にして「うん。うん。そうだな。書くよ。これでやっと僕は小説家を名乗ることができる」と答えた。

電話を切って、「はああ。こんなに泣けると思わなかった」と言ってレクスさんが照れ笑いをした。

そこへフレッド君が駆け込んできた。

「ニナ! はたけのカボチャがすごいぜ! オレ、カボチャのパイがたべたい!」

「ではバターを買ってこなくては」

「車を出すよ」

「みんなで買いに行きましょうか」

三人でまた車に乗って街に向かった。

後部座席で車に揺られながら、アシャール城で暮らした濃い半年間を思い出した。

一人で暮らし始めたアシャール城にレクスさんが現れ、フレッド君が加わり、私は魔法使いに認定された。

『人が多い首都パロムシティにこそ、ニナを成長させる機会がたくさんあるよ』

『できるだけたくさんの人と触れ合いなさい』

『物語は意外なところで繋がるものだよ。諦めないで物語を読み進めなさい』

師匠の言葉は、いつも私を励ましてくれた。

師匠、私、少しは成長しましたよ。たくさんの人と触れ合いました。

あの日、心細さを隠して村の駅に向かっていた自分に、私も教えてあげたい。「大丈夫。そのまま前を向いて歩けばいいの」って。

その夜はカボチャのパイ、ベーコン入りマッシュポテト、青菜とナッツのサラダ、骨付き羊肉のグリルでレクスさんのノミネートを祝った。レクスさんが嬉しそうで、私までじんわり泣けた。

明日は家具店に行って、私の店の 体裁(ていさい) を整えよう。そう思いながら食器を洗っていたら電話が鳴った。

「僕が出るよ」

レクスさんが電話を取って、私を振り返った。

「ニナ、スパイクさんからだ。君に仕事の依頼が入ったらしい」

送話機を受け取って「はい、代わりました」と話しかけた。

「帰ったばかりで申し訳ないが、グランデル伯爵から紹介されたという貴族から依頼が入った。君を指名している」

依頼主はとある伯爵で、失せ物探しの依頼だった。

「お任せください」

私はやる気に満ちた返事をして電話を切った。

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第1部 完。