軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

90 残ったのは三人だけ

翌朝、侯爵様の許可を得て、スパイクさんがホールに全使用人を集めた。

何事かと不安そうな使用人たちを、ベンジャミン君が端から端までじっくり眺めている。やがて一人一人の脇を歩きながら使用人を凝視し始めた。

かなりの長い時間を使ってからベンジャミン君は首を傾げながら元の位置に戻り、「いません」と答えた。

ベンジャミン君は魔法をかけられている人や物、魔力持ちや私のような特殊な力を持っている人を見抜ける。つまり、使用人の中にはその手の人間がいないということだ。

じゃあ、アレは誰の仕業なんだろう。

スパイクさんが集まっていた人たちに丁寧に礼を言って、それぞれの持ち場に帰した。

「困りましたね。誰かの仕業なのは間違いないのに」

そうつぶやいたスパイクさんにレクスさんが話しかけ、ベンジャミン君も同調する。

「侯爵夫妻には、三人のお子さんがいます。その子たちを調べるべきでは?」

「僕が見ていないのはその子たちだけです。侯爵ご夫妻に特別な力はありませんでした。僕がお子様を見るなら、外がいいです」

「全ての使用人が無関係なら、お子様方を確認しないわけにはいきませんね。やれやれ、厄介なことになりそうです」

スパイクさんとクローディアさんは互いに顔を見合わせて渋い顔をしている。スパイクさんが侯爵様に面会に行き、しばらく戻ってこなかった。そしてやっと戻ってきたときには眉間にシワが寄っていた。

「侯爵様の了承をいただきました。さ、行きましょう」

(どういうこと?)とレクスさんを見上げると、私の耳に口を近づけてヒソヒソと教えてくれた。

「とても古い価値観ですが、高位貴族の子供が魔力持ちなのは歓迎される話ではないんです。特にご令嬢の場合、婚姻に差し障りが出ます」

「なんで?」

「婚姻して子を産む。それ以外の秀でた能力、それも魔法に関するような異質な力は有難迷惑なのですよ」

うわ、納得できない。魔法を使える妻や母でもいいじゃないか。何がダメなんだろう。魔法が使えたって母親にはなれるでしょうに。

そんな私の気持ちを見透かしたように、スパイクさんが口を開いた。

「ニナならそのうちわかりますよ」

ヴェルマイア侯爵家には長男ジュリアン様十七歳、長女アナベル様十三歳、次男レジナンド様十歳の三人のお子様がいらっしゃるそうだ。スパイクさんが「年齢的にどなたでもありえるな」とつぶやくと、クラウディアさんが「そうね。三人とも、まさにって年齢よね」と答えた。私に羽が生えたのは十三歳。心身の成長と共に、内な能力も強くなる年頃という意味だと思う。

メイドさんが「準備ができました」と呼びに来て、皆で移動した。場所は外。さっき聞いたのだけど、ベンジャミン君の「能力を見る力」は、明るい場所、特に自然光の下が最もよく見えるそうだ。

場所は大きな池の近くに置いてあるテーブル席。パラソルが九月の日差しを遮っている。湖と言ってもいいほど大きな池から、そよそよと冷たい風が吹いてくる。桟橋にはボートも係留されていて、こんな用事じゃなかったらさぞかし心癒される景色だ。

侯爵様ご夫妻は二階のお部屋から様子をご覧になっているとクローディアさんが教えてくれた。

私たちとお子様方の全員が席に座り、スパイクさんが挨拶をした。

「お時間をいただき恐縮です。使用人全員を調べましたが、特別な能力を持っている人はいませんでした。侯爵様ご夫妻もその手の能力はお持ちではなかったので、最後にジュリアン様、アナベル様、レジナンド様のお力を拝見いたします」

するとアナベル様が突然立ち上がった。

「なぜ呼び出されたのかと思ったら、そういうことなの? 私たちを疑うの? 何をするつもりか知らないけれど、私は嫌よ。絶対に嫌。黒い子供が屋敷の中をうろついていると聞いたわ。私、そんなものと関係ないもの! 帰ります!」

「アナベル、わがままを言うなよ」

「そうだよ姉さま、見てもらうだけじゃないか」

ご令息のお二人は金色の髪に青い瞳だけれど、アナベル様は夫人の黒髪と黒い瞳を受け継いでいる。スパイクさんのように凄腕でも銀髪の魔法使いはいるし、モデルになった黒髪のアンのような例もある。髪の色だけでは何とも言えないけれど、この拒否っぷりだ。これはもう、ベンジャミン君が見るまでもなく、彼女は何かしらの自覚があるのではないか。

案の定、ベンジャミン君がスパイクさんに短く耳打ちして、スパイクさんがうなずいた。

「アナベル様、申し訳ありませんが、この者がお手に触れてよろしいでしょうか。ニナ、準備を」

スパイクさんがそう言うと、アナベル様は「絶対に嫌!」と叫んで逃げ出そうとした。だがクローディアさんがさりげなく立って移動し、屋敷へ戻ろうとするアナベル様の前を塞ぐ。クローディアさんは駄々っ子に言い聞かせるような口調で語りかけた。

「アナベル様、ニナがお手に触れるだけでございます。どうか席にお戻りください」

「嫌よっ!」

アナベル様が方向を変えて、立ち上がっていたベンジャミン君の脇をすり抜けた。ベンジャミン君はご令嬢に触れていいのか迷っていたようで、動けずにいた。その間にアナベル様はベンジャミン君の脇をすり抜けた。

アナベル様は池の桟橋に向かって走り、勢いを落とさずに足先から水に飛び込んだ。追いかけようとした全員が「は?」という顔になった。

アナベル様はもがく様子もなくそのまま沈んでいく。沈みながらこっちを振り返った表情がすごく冷静で、私はゾッとして足が震えた。

レクスさんが走り出し、スパイクさんとベンジャミン君が続く。レクスさんは走りながら上着を脱いで頭から水に飛び込んだ。私は桟橋に向かおうとするフレッド君の腕を強くつかみ、「ダメ! ここにいなさい!」と叫んで行かせなかった。

池の水は澄んでいて、動かずに沈んでいくアナベル様と彼女に腕を差し伸べながら深く潜っていくレクスさんがはっきり見える。なんでこの池は岸の近くからこんなに深いのか。

スパイクさんが呪文を唱えながら池の淵にしゃがみこみ、水に両手を差し込んだ。そして「クローディア!」と叫ぶ。クローディアさんは「任せて!」と叫び返した。

クローディアさんが声を出さずに口を動かしながら両手で大きく円を描いた。

魔法のせいなのかレクスさんたちが池の底に触れたのか。池の中で泥がブワッと舞い上がって二人の姿がかき消された。

私とフレッド君、ベンジャミン君が茫然として見ていると、巨大な水の球が水面を割ってせり上がってきた。