軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

49 蝶々の羽の人

公園で仕事をひとつ終えてボーッとしていたとき、十数人の集団が公園にやってきた。カメラマンがいてお付きの人が何人も付いているのは、黒髪の少女だ。

隣のベンチでお昼を食べていた女性二人がヒソヒソ声で噂し始めた。

「あれ、モデルのアン・シャーレイじゃない?」

「あっ! 本当だわ。彗星のように現れた大型新人よね」

「あのう……」

思わず隣の二人に近づいて声をかけてしまった。

だって、アン・シャーレイという少女が師匠の弟子になったあの少女にそっくりだったのだ。

「彼女はモデルさんなんですか? それとも女優さん? とてもきれいな方ですね」

「彼女はアン・シャーレイ。人気モデルよ。自動車の広告で登場して、あっという間に有名になったの」

「あなた、あの子を知らないの?」

「ええ。知りませんでした。広告ですか」

「バスの車体にも描かれているし、雑誌でもたくさん取り上げられているモデルさんよ」

そうなんだ? 私は毎日同じ時刻のバスにしか乗らない。

朝のバスには家具と石鹸、帰りのバスには不動産会社の広告しかない。雑誌は買ったことがないから知らなかった。

お礼を言ってベンチに戻り、アンが撮影されている様子を眺めた。

アンはカメラマンの注文に応じてポーズを取り、笑ったり澄ました表情になったりしている。

華やかで美しい仕事だけど、魔法使いの修行を投げ捨ててまでこの仕事を選んだのかと思うと、胸の中に重い感情が湧いてくる。

(だめだめ。彼女には彼女の人生がある。私が口を出すことじゃない)

そう自分を抑えているうちに、アンはたくさんの人を引き連れて去った。

その日は一日中モヤモヤしていて、(なんで私はこんなに嫌な気分なのだろう)と自分を持て余していた。

いつもの時刻にバスに乗り、アシャール城に帰った。エントランスにウィリアムさんの車が停まっていて、ジェシカさんとフレッド君は草むしりをしていた。

「ニーナーァ!」

フレッド君が駆け寄って来て抱きついた。

「おかえり、ニナ」

「ただいま、フレッド君。ジェシカさん、ありがとうございました」

「おかえりなさい。ニナ、どうかした? なんだか元気がないわね」

「んー、なんだか今日はモヤモヤしているの。自分でも持て余しているわ」

「あるわよね。そういうこと。私はそういう時、誰かに聞いてもらって気持ちをすっきりさせるけど」

「とりあえず、レクスさんとウィリアムさんに挨拶をしてきますね」

そう言ってお城に入り、開け放たれた居間のドアから声をかけた。

レクスさんとウィリアムさんは雑誌を広げて談笑しているところだった。

「おかえりニナ。お邪魔しているよ」

「いらっしゃいませ、ウィリアムさん。今、お茶とお菓子をお持ちしますね」

「いや、もうそろそろ帰るところなんだ。レクスの新作をうちの社の雑誌に載せることになってね。雑誌のどこに載るか確認してもらっただけだから。今度ゆっくりお邪魔するよ」

そう言って歩き出したウィリアムさんが「そうだ」と言ってくるりと振り返った。

「レクスは恋愛初心者だからね。優しくしてやってくれると、親友としては嬉しいよ。ジェシカは僕が連れて帰る」

私とレクスさんは苦笑するだけにしてウィリアムさんとジェシカさんを見送った。

ウィリアムさんの言葉で気恥しい思いをしていると、フレッド君が入ってきた。

「ねえ、ニナ。ジェシカがちょうちょのはねのひとのはなしをしてくれた」

「蝶々の羽の人のことを、なんて言ってたんですか?」

「ジェシカはてんしさまじゃないかっていってた」

天使ではない。

「オレはまほうつかいだとおもう。だれかがしらせのとりみたいのをだしたんじゃないかな」

前半だけ当たってます。

「どうなんだろうな。フレッドは蝶々の羽の人に会ってみたいかい?」

「あえるの? オレ、あいたいよ! そんで、そらをとんでみたい」

「僕もだ。会ってみたい。いい子にしていたら、いつか会えるかもしれないな」

「なんだよ。いいこだけかよ。オレ、オレがいいこかどうかわかんないよ」

私とレクスさんが笑ってしまって、話はそこで終わった。

私がオーブンで豚肉を焼いていると、レクスさんが台所に入ってきた。私の隣に立って何か言いたそうだ。

「なんでしょう」

「さっきのは本音です。蝶々の羽の人に、僕も会ってみたい」

言うと思ったぁ。

「ニナの気が向かないなら無理にとは言わないけれど、僕は美しいと思った。それだけは伝えておくよ」

「それ、見たいって言っているじゃないですか」

「バレたか」

「学者の血が騒ぐんですか?」

「違う……と思う。好きな人の羽を見たいと思っているだけ。それと……フレッドに心の準備も必要かなと思うんだ。ロルフさんの目のこともあるし、フレッドにだって何かしらの変化が出るかもしれないんでしょう?」

「ああ、そうですよね。師匠みたいに魔力が多くても何も出ない人もいるんですけどね」

そう。世の中は不公平が基本だ。文句を言っても何も生まれない。

私の羽だって、「使い道がない、なんで私だけ」なんて恨みがましく思っていたけれど、あの羽であれだけの人の命を救った。何が良くて何が悪いかなんて、人生が終わるまでわからないのかもね。

ときどきオーブンの扉を開けて、豚肉の様子を見ながら考えた。

「師匠に相談してみます。早いうちに『そういうこともある』と知らせた方がいいのか、もっと分別がついてからの方がいいのか、私では判断がつきかねるので。私は十三歳で羽が生えたとき、何の覚悟も知識もなかったから、恐怖で失神しそうでした」

「そうだね。聞いてみようよ。今夜にでもどう?」

「そうします」

焼きあがった豚肉は、切り分けると肉汁がじんわり出てきて美味しそう。一緒に焼いたニンジンとジャガイモ、ブロッコリーは歯ごたえを残しつつも、塩だけで十分甘くて美味しい。

フレッド君が「にくがうまい。やさいもうまい」と言いながらモリモリ食べている。

「僕もそう思う。畑から採ってすぐの野菜は全てが甘みを感じるよ」

「豚の脂で焼かれている野菜って、いくらでも食べられますよね」

なんていう穏やかな会話をして、夕食後にフレッド君にしらせのペンギンを出してもらった。

フレッド君は「オレのペンギンはきょうもかっこいい!」とはしゃいでいる。

ペンギンが師匠のところに飛ぶと、すぐに師匠の小鳥も現れた。

「師匠、ニナです。今日は質問があります。魔力の影響で変化が出る人と出ない人がいますよね」

『いるね』

「それについて詳しく説明する時期は、いつぐらいがいいでしょうか」

フレッド君が理解できないよう、わざとぼかした言い方をした。

『今でいいだろ? 早いうちに知らせておけば、ニナに羽が生えたときみたいに恐怖で漏らすほど怯えることもないだろうさ』

師匠……。デリカシーに欠けてます。それに私は漏らしそうになったけど漏らしてはいませんから。

「ニナにはね? ニナ、はねがはえたのか? えええ!」

「フレッド君落ち着いて。師匠! 相談は以上です。ではまた!」

『ああ、わかったよ。ニナ、隠し事はよくない。それだけは言っておくよ。じゃあね。おやすみ』

フレッド君は「ペンギン、おわりだよ」と上を向いて知らせのペンギンを終わらせ、私に飛びついた。

「ニナにもはね、あるの? みたい!」

「ニナにも、じゃないんです。蝶々の羽が生えている人は、私なんです」

「うえっ? そうなのか? なんだよ、すっげえな! すっげえよ! オレにみせてくれよ!」

「じゃあ、見せますか……」

フレッド君にそう言ってからレクスさんを見たら、両手を握りしめてものすごくワクワクしているじゃないの。

羽を師匠以外の人に見せるのはすごく気が重いことだったはずなのに、二人の興奮した様子を見たら力が抜けた。その上、ゆるい笑いも込み上げてきた。

「ふふふっ。わかりました。ではお見せしましょう」