軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

47 ウィリアムさんが持ってきた話

七月に入った。告白されてから十日が過ぎたけれど、私とレクスさんの関係は今までとあまり変わっていない。

変わっていないのは、おそらく私が「ゆっくりで」とお願いしたからだと思う。

少し変わったのは、レクスさんが私と目を合わせるたびに嬉しそうに微笑むことだ。

朝夕の食事で顔を合わせるとき、二人で食器を洗うとき、行ってきますのとき、ただいまのとき。

王子様みたいな外見のレクスさんが王子の微笑みを浮かべる。それはそれは嬉しそうな顔で。そんな顔を日に何度も向けられて、これが両想いになるってことなのねと、私は妙に冷静に納得している。

そんな変化にフレッド君が気づかないわけがない。朝食の目玉焼きを食べながら、とんでもないことを言い出した。

「なあなあ、レクスとニナはアツアツになったのか?」

パンを食べていたレクスさんは顎の動きを止め、私は視線を泳がせてしまった。

「僕とニナは今までも仲良しだったし、これからも仲良しだよ?」

「そうそう。私とレクスさんは、ずっと仲良しだから」

「ふうん。オレ、アツアツはわかるぜ。おもしろくないのにわらうからな」

す、鋭いよフレッド君。確かにレクスさんの笑顔率は八割増しになってるけど。よく気づくね。

若干アタフタしながら食事を終えて、私は仕事に出た。

今日は恋占いを三件、探し物の相談を二件。順調に稼いで帰宅したら、ウィリアムさんの車が停まっていた。最近よくここに来ているのは、出版の打ち合わせだそうだ。

お茶でも、とお茶と買ってきたビスコッティをトレイに載せて二階へ行くと、風を通すためにドアが開いていた。

「本当に申し訳ないと思ってるよ。俺も困ってるんだ。だけどバサースト家はうちの社の大株主だからさ。俺ごときじゃ邪険に断れないんだ」

「僕はニナと交際中だよ? 彼女にそう伝えればいいじゃないか」

「伝えたよ。返事は『それがどうかしたのかしら?』なんだ。『ただお話がしたいだけなのよ』って言われたら、俺ではどうしようもないだろう。ほんと、申し訳ないが俺を助けると思って、一回だけ会ってやってくれないか?」

「俺を冷酷鈍感人間と言ったお前が、それを言うかね?」

立ち聞きしたくないから、開いたままのドアをノックした。

ピタリと会話が止まって、二人がぎょっとした顔で私を振り返った。レクスさんの顔が凍りついているところを見ると、私に聞かれたくない話だったらしい。

「お茶をお持ちしました」

「あ、うん、ありがとう。気を遣わせたね」

「やあニナ。レクスと交際することにしたんだってね。おめでとう」

「ありがとうございます」

それだけを言って部屋を出た。我ながら可愛げがない態度だとは思ったけど、ここで愛想笑いする理由を見つけられなかった。

お茶を出してわりとすぐにウィリアムさんは帰り、レクスさんがトレイを手に階段を下りてきた。

「ニナ、さっきの話の説明をさせてほしいんだけど」

「いえ、別に大丈夫ですよ。あれだけのお話で出て行くなんて言いませんから、安心してください」

「どうかしたのか? ニナ」

「なんでもないですよ。フレッド君は絵がますます上手になりましたね」

「えへへえ」

レクスさんはいったん台所へ行ったけれど、また居間に戻って来た。

「説明不足は良くないから、やっぱり説明させて」

「はい。どうぞ」

フレッド君に聞かせる話ではない気がして、二人でレクスさんの部屋に移動した。

「ウィリアムの会社の大株主の家の女性が、僕に会って話をしたいらしくて、ウィルが困っているんだ。僕が断り続けると、ウィルが困る。ウィルも上司から頼まれたらしくて」

「私に遠慮しないで会ってください。お話をするだけなんでしょう?」

「そう言っているらしいけど、その、彼女は独身時代に僕に好意を持っていたらしくて。それは最近知ったんだけど」

「既婚者なんですね。ならますます会って旧交を温めればいいのでは」

「それが……」

レクスさんの説明によると、ジュリエッタ・バサースト侯爵令嬢は一度結婚したものの、離婚して今は『レディ・バサースト』となって実家に戻っているらしい。その彼女が以前想いを寄せていたレクスさんに会いたいと、わざわざウィリアムさんの会社の上司を通して面会を希望し、ウィリアムさんに告げたそうな。

上司は当然「なんのお話だったんだ?」と聞くわけで。結果、ウィリアムさんは自分のところでこの話を止めるという逃げ道がなくなったわけだ。

ずいぶんと手間をかけるんだね。なるほどなるほど。これが貴族のやり方か。

「お話してきたらいいですよ。何か言われたら断ればいいのでは? このご時世ですもの、レクスさんのご実家に圧をかけたりしないでしょう?」

「僕の実家はもう義姉の実家の支援で息をしている状態だから、侯爵家から圧をかけられて困ることはないと思う。義姉の実家は平民といっても貴族の圧力なんて歯牙にもかけないくらいの力があるし」

「だったらなおさらお会いすればいいですよ。ウィリアムさんが困るのは気の毒なような」

「うん。わかった。ニナがそう言ってくれるなら会って、世間話だけして帰るよ」

「そうしてください」

そう言って送り出したのだが。

私はレディ・バサーストを甘く見ていた。

その日の夜、アシャール城に二台の車が来た。一台はレクスさんの車で、もう一台は初めて見る車だ。白い手袋をした男性が運転していて、レクスさんの車とは違って屋根がある。見るからに高級な車だった。

運転手に手を差し出されて車から降りてきたのは、優雅に髪を結い上げた華奢な女性だ。豪華なドレスを着ていて、ハンカチしか入らないような小さなバッグを手にしている。

女性はアシャール城を見上げて、微笑みながらレクスさんに何かを話しかけている。

レクスさんが固い表情だ。

「ニナ、あれ、だれだ?」

「レクスさんの大学時代のお知り合いで、たぶん、厄介な話を持ってきたと思われます」

「ふうん。レクスのてきか?」

「どうですかね」