軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

4 記憶を見る魔女

お昼になったのでベーコンを焼き、溶け出た脂でゆでたジャガイモをこんがりと焼いた。スープも温め直した。

私は料理しながらずっと(本当に私の分だけでいいのか。どこで食べればいいのか)と悩んでいる。

悩んだ結果、台所の小さなテーブルで食べることにした。

今までは食事室で食べていたけど、レクスさんが食べないなら、そこで食べるのは気が引ける。

台所で昼食を食べていると、少しだけドアを開けて、レクスさんがヒョイと顔を覗かせた。

「どうして台所で食べているの?」

「一人なので」

「僕に気を遣っているなら、そんな必要はないよ。僕も食事にするから、一緒に食事室で食べる?」

「はい」

レクスさんは紙袋を抱えていた。食事室に座ると、袋からワックスペーパーの包みを取り出して広げた。入っていたのは骨付きの豚肉だ。

包みを破って広げてそのまま皿代わりにして食べようとしているから、お皿を持ってきた。ついでに野草茶も。

「ありがとう。じゃ、いただきます」

そう言って淡々と肉を食べている。いつもそんな食事なのかな。それとも引っ越し当日だからかな。特別美味しいと思っている顔ではない。

「あのぅ、料理をするときはいつもまとめて作るのでスープがまだあるんです。もしよかったらいかがですか?」

「いや、結構」

レクスさんが即答した瞬間、彼の背後にザンッ! と音を立てるような勢いで半透明の歪んだ円が現れた。色と形からして、レクスさんの負の感情と記憶で、私が相手に触れることなく見えるということは、相当強い感情だ。

縁がギザギザの歪んだ薄い灰色の円の中には、大小さまざまな濃い灰色の文字が詰め込まれている。この手の記憶はたいてい文字と映像なのに、文字だけなのは珍しい。おそらく言葉の呪縛だ。

一番大きく太い文字の言葉は『全部食べなさい』だ。他にもいろんな言葉があるけれど、食事や食べ物に関する言葉が多い。どれも命令か禁止。『食べ終わるまで見ています』『残してはいけません』なども結構文字が大きい。

レクスさんにとって食事は強制される苦痛な行為だったらしい。そういうことなら食べ物を勧めるのはやめておこう。

私は「わかりました」と返事をして、レクスさんの背後から視線を逸らして食事を続けた。そのうち灰色の円は薄くなって消えた。

師匠がつけてくれた私の二つ名は、『記憶を見る魔女』だ。

古(いにしえ) の魔女の中には、相手の体から出る光の色で相手の心の内を推し量れる魔女がいたらしい。だが文字で読み取るのは、師匠の知る限り私だけだという。

「絶滅寸前の魔法使いの中でも、ニナはとびきりの変わり種だねえ」と師匠は言っていた。

私は師匠が使う一般的な魔法を使えない。逆に師匠は私の使える技を使えない。

だから師匠は私に大都会パロムシティに住んで人と触れ合いなさいと言ったのだ。

しかし、私はこの能力で他人の心の中を勝手に知ってしまうわけで。それは相手にとって不快で 不躾(ぶしつけ) なことだ。

だから私は何を見たとしても、相手に「こんなものが見えました」とは言わないでいる。

他人の記憶を見るのは求められた場合だけ。

その能力を磨くために師匠は人々の中で暮らせと言ったわけだけど……。

今の時代、ほとんどの人は魔女を空想上の存在と思っている。だから私は占いと失せ物探しという表現を使っている。魔女とは名乗らず魔法という言葉も使っていない。

食事を終えて食器を洗った。

今日は雨だから畑の作業も芝刈りもできず、ひたすら掃除をして過ごした。

レクスさんがシャワーを浴びて、「ニナもシャワーをどうぞ。体が温まるまで、たっぷり使って」と言ってくれた。

実は私、シャワーを使うのは初めてだ。お湯の蛇口と水の蛇口をいい感じに調節できるまで「冷たい!」とか「熱い!」とか一人でジタバタした。それから遠慮なく好きなだけ熱めのシャワーを浴びた。

なんという贅沢。なんという快適さ。

ホカホカした体で階段を上がっていたらレクスさんとすれ違った。

「そうだ、いいものをあげる。待ってて」

そう言ってレクスさんが部屋から持ってきたのは丸くて半透明の石鹸だった。私が使っている安い石鹸とは見た目から違う。

「あげる。いい香りだよ」

「これは……なんという香りですか? いい匂い」

「シダーウッド。この石鹸は肌が潤うんだ」

「ありがとうございます。大切に使います」

部屋に戻ってじっくり石鹸の匂いを嗅いだ。レクスさんが動くたびに柔らかくていい香りがするなと思っていたけど、この石鹸の香りだったんだね。もったいなくて使えないな。

ベッドの枕元に石鹸を置いて早々と眠ろうとした。だけど外で再び車のエンジン音がした。続いてドアを強めにノックする音。

レクスさんの知り合いだろう。私は顔を出して挨拶をすべきかどうか、迷った。

そのうち階下でレクスさんの声がした。

「ウィリアム、研究で忙しいから当分は無理だって言っているじゃないか」

「レクス、勢いがあるときに突っ走るべきなんだよ」

「今は本当に無理だ。今日は帰ってくれ」

「帰らないよ」

名前を呼び合う親しい間柄か。じゃあ、私は顔を出さなくていいかな。

そう思ってドアを閉めようとしたら、レクスさんの恐怖を滲ませた声が聞こえた。

「おい! どうした! しっかりしろ! ウィリアム!」

寝間着のまま、階段を一段飛ばしで駆け下りた。スーツ姿の大柄な男性が玄関ホールでうつぶせに倒れている。

「ニナ、僕は医者を連れてくる! ウィリアムに付き添っていてくれるか?」

「は、はい。任せてください」

レクスさんは車の鍵を持って飛び出した。

私は倒れているウィリアムさんの首に指先を当てて脈を診た。うん、心臓はしっかり動いている。

とりあえずは気付け薬だ。自分の部屋へと階段を駆け上がり、トランクから紫の小瓶と白い小瓶を取り出した。私の中指くらいの紫色のガラス瓶には、師匠直伝の気付け薬が入っている。

大理石の床は冷えるから、早く動かさないと。だけど意識を失っている大人の男性は重い。仰向けにするのにひと苦労した。

仰向けにしたウィリアムさんの首の下に手を差し込み、顎を上げた。自然に口が半開きになったから、そこに気付け薬を一滴、また一滴と滴らせる。

途中でゴクリと音がして喉が動いた。口の端から少しこぼれちゃったけど、まあいい。

すぐにウィリアムさんが薄く目を開けた。

「気がつきましたね。起き上がれますか? 肩を貸しますからつかまって立ってください。居間のソファーで横になりましょう」

ウィリアムさんが私の肩につかまって上半身を起こし、私は彼を担ぐようにして居間の長椅子まで運んだ。

「すまない。不眠症でね。限界が来るとこうなるんだ。ここ数年はこんなことなかったのになあ。君は?」

「掃除を担当しているニナです」

「そうか、掃除の……ニナ」

「このお薬を飲めますか? よく眠れるお薬です」

「ああ、飲むよ。さっきの薬はずいぶん効くね。めまいと頭痛が一気に楽になった」

「あれはよく効くんです。さあ、この白い丸薬を口に入れてくださいな。これで気持ちよく眠れます。今夜はここでお休みください、毛布を持ってきますね」

まだ目の焦点がしっかり定まっていない男性は睡眠不足で判断力が鈍っているらしく、渡された丸薬を微塵も疑うことなく素直に飲んだ。