軽量なろうリーダー

作品タイトル不明

第31話 虎人族の温泉と公爵の抵抗

酒宴を終えたあと、あれよという間にミラルカとリコの二人と同じテントで休むことになってしまったが、客人用のテントが広く、間が幕で仕切られて男女別になっていたことで、それほど寝つきが悪い夜を過ごすことにはならなかった。

「いや……寝るわけにはいかないだろ。どれだけ飲ませたんだ、ミラルカのやつ」

そう、ゆっくり寝て明日の朝を迎えるわけにはいかない。空が白む前には、この村を発たなければ。

俺の読みでは、明け方までにコーディがベルベキア軍を撃退するだろう。その一報が、王都に伝わればどうなるか――ヴィンスブルクト家が取る行動には、幾つかのパターンが考えられる。

一つは、謀反を企んだことが露見する前に、王都から逃げ出す。

もう一つは――露見しないとタカをくくり、隠蔽工作を行う。ラーグやその手下たちを捕らえている以上、完全に悪事の証拠を消すことはできないので、それは意味がない。

最後は、権力を持つ者が、追い詰められたときに取る方法。誰かに罪を背負わせ、王都に出頭させる……あるいは。考えるだけでも唾棄すべき思いだが、王位を簒奪しようとした人間ならば、手段を選ばないという可能性も否定できない。

酔いが抜けず、少し身体がふらつく。俺は思い出したように腹に手を当て、酒の解毒を始めた。

虎人族の酒はなかなかの味ではあるが、製法の問題で不純物が入ってしまい、悪酔いしやすい。その野趣あふれる味がいいという客もいるから、虎人族のどぶろく酒はぜひ店に置きたいところだ。

「……あれ?」

幕の向こうで寝ていたはずのミラルカ、リコの気配がしない。

この時間に外に出歩くとは、『可憐なる災厄』といえど少し心配だ。リコと一緒なら、案内してもらってどこかに行っているのかもしれないが。

俺はテントを出て、ミラルカとリコの無事を確認するべく、魔力を辿って捜索することにした。

ミラルカは特に魔力が特徴的なので、通った場所に痕跡が残りやすい。どうやらミラルカは、リコと共に、村はずれの森の中へと向かったようだ。

「これは……」

森に入ってしばらく進んでいくと、正面から霧が出てきた。温かく湿ったこの感じと、特徴的な匂い――これは、なんだっただろうか。

ますます白い霧が濃くなり、まだ早朝で辺りは暗く、まばらにしか明かりが設置されていないので、前方がよく見えない。魔力を辿ることも困難になるが、引き返すわけにもいかずに進んでいく。

――すると、目の前に背の高い竹を横一列に組み合わせた壁が出現した。その竹の隙間から、白い霧があふれてきている。

「……この向こうにいるのか? おーい、ミラル……」

呼びかけつつ、竹の隙間からその向こうを覗いて――俺は、ちゃぷん、という水音が聞こえてきていることとその意味にようやく気が付いた。

「ふぅ……やっぱりお風呂に入らないと落ち着かないわ。案内してくれてありがとう、リコ」

「私も入りたかったから、一緒に来てくれてうれしい! 仮面の女の人、大好き♪」

「……あなた、彼になついていたんじゃなかったの?」

「仮面の人たち、ふたりとも私の恩人。同じくらい、大事な人。みんなの人間嫌いも、ちょっとなおった」

「そう簡単に心を許すのも危険よ。私たちは例外的なんだから」

――なぜ、ミラルカは仮面をつけたままで風呂に入っているのか。

そんなことはいいとして、俺の視界に飛び込んできたのは、岩で形作られた風呂――いわゆる露天風呂というやつで、リコに背中を流してもらっているミラルカの姿だった。

湯気で絶妙に隠れているが、湯気とは流れるものである――じっと見ているうちに見えてはいけないものが見えた気がして、頭に血が上ってしまう。

(昔討伐隊で旅をしてたとき、三人で水浴びをしてたこともあったな……これは覗きじゃないぞ。温泉の匂いだと気が付くのが遅れただけだ)

声を発したにも関わらず、耳がいいはずのリコが気づかないとは――こんな時に天が味方してしまう、自分の運が恐ろしい。

「……ねえ、リコは本当に彼と結婚したいの?」

「にゃっ……う、うん。仮面の男の人、素敵な人。すごく強くて、優しい」

ミラルカがそんな意見を聞かされても、素直に肯定することはないだろう。

そう、思っていたのだが……。

「ふふっ……あの人、周りが気が付かないと思っているのよね。機転が利くし、顔もそんなに悪くないし、男性としては他に彼以上の人を見つけるのは大変だから、リコの気持ちもわからないでもないわ」

心臓――もとい、ハートをつかまれる思いだった。

いや、こんなふうにミラルカの本音を聞かされたところで、俺は知らないふりをしなくてはならないし、不誠実なことをしていると分かっているが。

「あの人のこと、もっと知りたい。本当にもう一回、村に来てくれる?」

「ええ、訪問させてもらうわ。その時は、仲間も連れてくるかもしれないけれど、いいかしら?」

「仮面の人の友達なら、歓迎する! すごく楽しみ♪」

「私たちも、お休みの日に遊びに来られる場所が増えてうれしいわ。このあたりは珍しい動物が多いし……それに、あなたのこの尻尾も……」

「えへへ、くすぐったい。リコのしっぽ、あの人より先に、あなたに触ってもらった。女の人に触ってもらうのは、友だちのしるし」

「そうなの? じゃあ、これで私とリコも友達になれたのね」

ミラルカはリコの尻尾の先のモフモフとした部分を触る。リコはそのお礼というように、さらに丁寧にミラルカの体を流し始めた。

俺は竹で出来た目隠しの仕切りを離れ、テントに戻っていく。何も心配することはなかったし、このまま見ていたことが知られたら、後が怖いでは済まされない。

「……仮面の男のひと、仕切りの向こうまできてた。リコ、見られた?」

「っ……ど、どうして言わないの? どこから聞かれていたのかしら……場合によっては殲滅……」

「だ、だいじょうぶ、そんなに近づいてない。人間の耳、虎人族と違って、この距離なら声は聞こえない」

「そ、そう……それならいいのだけど。もし聞かれていたら、私も身の振り方を考えないと……」

「一緒に仮面の人と結婚する? あなたが一番目、リコは二番目♪」

「……本当に素直ね、あなた。見ていると、何だか怒る気もなくなってしまうわ」

今のミラルカは昔のとがっていた時期からすると、想像もできないほどに人当たりが優しくなった。

昔のように簡単に他人を寄せつけなかったミラルカも、それはそれでポリシーを貫いていて格好いいじゃないかと思うことはあったが、今の柔らかい雰囲気はさらに魅力的だ。

しかし魔王討伐隊は俺にとって、男女の関係を意識してはならない存在だ。

たとえミラルカの姿を見てのぼせてしまい、自分に『癒しの光』を使う事態になったとしても。

◆◇◆

そして夜が明ける前に、俺たちは火竜に乗って、王都へと帰還した。

ミラルカはもうすっかり俺を背もたれにして騎乗することに慣れ、空から見える景色を楽しんでいた――しかし。

「……ん? 王都のほうから、何か飛んでくるぞ。あれは、ミラルカの……」

「フェアリーバード……動きがあったら知らせるようにとお願いしていたから、来てくれたのね。シャルロット、何があったの?」

フェアリーバードはミラルカの肩に止まる。やたらと可愛らしい名前に見合う美しい姿をしている――その羽毛はサファイアのような色で、翼の先に行くほどグラデーションがかかっており、見る者の目を楽しませる。

フェアリーバードは周囲の風景と一体化し、完全に気配を消す能力を持っている。ミラルカは独断で、俺のギルド員とは別に偵察を出していたのだ。

ミラルカの耳元で、フェアリーバードがくるくると鳴く。ミラルカ教授は動物の言葉を話すことができるのである――攻撃魔法学科I類の教授としての功績より、現時点では動物言語の研究のほうが有名だったりする。

「ディック、ゼビアス前公爵は自分のしたことを部下……キルシュたちに着せて、切り捨てようとしている。このままでは、彼女たちは処刑されてしまうわ」

怒りも何もない。それを通り越して、俺の胸はただひたすらに静かだった。

そうなる可能性もある、と考えてはいた。ギルド員を急行させることもできるが、俺はもう、王都の上空にいる。

「……ジャンのほうはどうした?」

「彼は王都から逃げ出そうとしているわ。父親とは袂を分かつということね……私が捕縛するわ。あとで、応援のギルド員をこちらに回してちょうだい。捕まえたら、然るべき裁きの場に連行してもらわなくてはね」

火竜に乗ってからは仮面を外していたミラルカだが、再び装着する。その瞳には、燃えるような強い意志が宿っている。

ジャンのことは彼女に任せれば問題ないだろう。指示通りに応援のギルド員も急行させる――そして俺はどうするか。

ゼビアス・ヴィンスブルクト。公爵の座を息子に譲ってから、この国を奪うために暗躍し続けた男。

その野望は、俺が完全に絶つ。王都の人々は何も知らないままに平穏を享受し続ける、そうでなくてはならない。

「……『忘却のディック』。その存在を知らなかったことを、ゼビアスたちに後悔させてあげて」

「俺は忘れられたままでいいさ。これから俺のすることは、大したことでも何でもないからな」

俺もミラルカにならい、仮面を着ける。ギルドマスター自らが動くというのは、相談役に徹するという俺の主義には反している……しかし。

『仮面の救い手』となった魔王討伐隊の仲間たちを見ているうちに、俺も彼らとともに、魔王を倒すために旅をしていたことを思い出していた。

あくまでも目立たぬように。しかし決して負けることなどないように、パーティを見ていた。

あのとき俺は、ただ冷静に仲間たちを見ていたわけではなかった。

コーディ、ミラルカ、アイリーン、ユマ。四人が持つ華に少なからず憧れ、戦いに胸を躍らせた。彼らの仲間であることを誇りに思い、同じパーティに加われたことを喜んでいたのだ。

「全部終わったら、まず私たちをどうやって労ってくれるの? 仮面の執事さん」

「楽しみにしておいてくれ。『銀の水瓶亭』のフルコースでもてなすよ、お嬢さん」

火竜に隠密ザクロを与え、王都北西部目がけて急降下する――ヴィンスブルクトの屋敷は、すでに前方に見えていた。